復讐心を手放して、相手と自分を許す方法~自作自演と復讐心と許しのワーク~



「自分が幸せにならないことで自分を傷つけた人を苦しめようとする」という復讐心。誰もが持っているものですが、その思いがあるうちは自分が幸せになることを許せません。
だから、それを受け入れた上で相手や自分を許すワークを具体的にお伝えします。

いつもお世話になっております。
根本さんのブログ読者の方たちとはまた違う傾向のお話かも?ですが。
パートナーシップに問題を抱えており、悲しいことばがりが続く時間を過ごした結果、悲しくても泣けなくなりました。
悲しみや怒りなど辛さを感じるのがいやなあまり「起きていることは自作自演、ならばすべて自分のせい、自分が変われば現実も変わるはず」と、その度に気持ちを切り替えたつもりでしたが、ちょっと早めにモードを切り替えすぎてきたのかな…とも。
ちなみに問題の根源には大きめの罪悪感があるのだろうとは、ご相談すると言われることです。
感情とのつながりを取り戻すことをテーマに教えていただいたワークや瞑想など取り組んでいたところ、悲しみや怒りや弱い自分が出できたのはよかったのかもしれないのですが、
その自分が「もしわたしになっかあったら、苦しみを与えた人はこの苦しみをわかってくれるのかな、反省してくれるのかな」と考えていることに気付きました。
現在の状況を作り出した原因に、罪悪感もですが、両親への恨みやパートナーシップで傷つけられた人たちへの、わたしが幸せにならないことによる復讐もありそうと言われたことがあり、これがそうかな?と思ったのですが、これって必要なのは許しですか?
両親への恨みと書きましたが虐待などがあった訳ではなく、ただ父母とも感情的で安心感はなかった家庭だった気がします。そんな中でわたしも感じやすい子どもだったのだろうと頭では理解しています。一方で別にその環境を嫌っておらず、愛していた部分もあるのですが…
(Oさん)

許しが必要ですか?と聞かれたら元気にイエーッス!と答える私です。
けど、いきなり許しに持って行けるかと言うとそうでもなくて、いろんな手続きを踏んだ方が安全です。

というわけで文面からもOさんはよく自分と向き合って来られたし、よく自分のことを分かってらっしゃるので余計な話も出てくるかと思いますけどご了承くださいまし。

さて、ふだんから何かと「自作自演やで~」と口癖のように申している私ですから、Oさんがそのように今の状況を解釈されたのはありがたいし、いいことだと思います。

けど、ちょっと厳しいんすよねー。笑

>「起きていることは自作自演、ならばすべて自分のせい、自分が変われば現実も変わるはず」

揚げ足取りになっちゃうかもしれませんけど、自作自演ってあくまで「前向きに今の状況を捉えるための見方」なので、それで自分を責めちゃったらしんどいっすよね?

Oさんのこの表現は罪悪感の匂いもぷんぷんしますし、かえって感情の抑圧になっちゃってるかもしれないんです。

「自分のせい」って自分を責める言葉じゃないですか。

そして、このセリフには悲壮感というか力業というか「ほんとは望んでないけど、そういう風に解釈しなきゃ」という思いが隠れてると思うのです。

「起きてることは自作自演」なんですが、そこから「だから、この状況は自分が望んだこと」と受け止めます。

誰かのせいでもなく、自分が悪いのでもなく、「自分が望んだことが今現実に起きている」と受け止めるんです。

私たちは何か思い通りにいかないとき、自分や他の誰かに原因を求めて、それを責めようとします。

「彼氏ができないのは自分に魅力がないせい」
「ダイエットに失敗するのは意志が弱いせい」
「婚活がうまくいかないのは男たちが女を見る目がないせい」
「給料が上がらないのは会社のせい」
「いつもお金がなくて困るのは親のせい」

これは他人軸なあり方で「その人(モノ)が悪いんだから、相手が変わるべき。私は変わらなくてもいい!」という大義名分を自分に与えちゃいますね。

自分自身に対して他人軸という表現を使うのもちょっと違和感があるかと思いますが、「自分に魅力がないせい」と自分を責めたところで魅力が見つかるわけでも、魅力的になるわけでもありませんから、あんまり変化はありません。

むしろそこから「魅力的になる努力をすべきなのにしてない」とか「意志が弱いと思ったらメンタル鍛えればいいのに」などと更なる自己攻撃を繰り出すわけで、これは自分いじめに他なりません。

「自分が望んだことが現実になっている」とまず客観的に受け止めることが大事なんです。
まあ、そこで自分を責める気持ちが出てきちゃうものですけど、それに付いては「待った!」をかけて「いやいや、自分を責めるのはちゃうで。自分のせいでも誰のせいでもないんやで」と自分に言うてあげます。

その上で自分に問うわけです。

「なんで、こういう現実を望んでいるのだろう?」と。

あるいは、その現実を手放して、違う道を選択することを決めます。

「No!No!No!いやいや、この現実はもういらないよ!○○を手に入れるよ!」

こんな流れが自作自演のおすすめな流れです。

そうすれば「自分が変われば現実も変わる」ということを“期待”ではなく“実感”として得られるようになるもんです。

だから、自分の意識を変える、前向きに今の状況と向き合うために自作自演を使ってほしいな、と願ってるんです。

>その自分が「もしわたしになっかあったら、苦しみを与えた人はこの苦しみをわかってくれるのかな、反省してくれるのかな」と考えていることに気付きました。

この気づきはめちゃくちゃデカく、また、それを復讐心であることに気づいたOさんはさすがというか聡いというかよく分かってらっしゃるというか、手間が省けます。笑

復讐心って「やられたらやり返す」という分かりやすいものもあるんですけど、その多くは「自分が幸せにならないことで、自分を傷つけた人に罪悪感を植え付けようとする心理」です。

例えば、またもや男に逃げられて意気消沈しているPちゃんがいるとしましょう。
日々その男のことを思い出し、悲しく、苦しく、寂しく、また、恨みや屈辱感を感じまくっています。

そんな彼女が来ているTシャツには背中の部分にこんな文字が墨痕鮮やかに書かれてるんです。

「あたしが不幸なのはあんたのせい」

そしてPちゃんはことあるごとに彼の現れそうなところに出没してさっと背中を向けてうずくまるわけです。

そして、その文字を見た彼が罪悪感を覚え、「Pちゃんごめん。俺のせいでPちゃんを不幸にしてもうた」と言わせたいのです。

なんなら「やっぱりやり直そ。俺、こんどこそPちゃんを幸せにするわ」と言わせようとしているのです。

しかし、そこである問題が浮上するのです。

それは彼がその文字を見てほんとに罪悪感を覚えるか?という問題です。

むしろ「うわっ!きもっ!あんな女とは別れて正解だわ」なんて思われたり、「わー、なんか重いわー。めちゃくちゃ重いわー。ありえへんわー」とドン引きされたりすること。

また、いちいち時間や交通費を使って彼が出現しそうなところに出向いたところで、彼がほんとに現れるかどうかは分かりませんし、現れたところで気づいてもらえるかどうか、背中を向けてる自分としては分かりませんよね。

しかも通行人が多いところでそんな姿をさらすのはマスクをしているとはいえ、相当恥ずかしいと思いません?

さらに、逃げられちゃったわけですから、彼がどこにいるのかを探ることもなかなか難易度が高く、何日もそのTシャツを着て歩いてたらさすがにクサくなりますよね。

もちろん細かい話をすればネットで注文できるとは言え、そんなTシャツを作るのはコストもかかるし、恥ずかしいという問題もありますな。

・・・まあ、なんか途中から趣旨から外れちゃったように見えるんですけど、最大の問題は「そんな風にしている間って絶対自分が幸せになっちゃいけない」って自分で決めちゃってるところなんです。

もしそこで自分が幸せになってしまったら彼は「ああ、良かったー。これで晴れて無罪放免だわー。安心だわー」なんて思っちゃうわけで、それだけは避けたいですよね。

自分を傷つけたことを一生悔やみ、その罪悪感から自分を牢屋にぶち込み「Pちゃんを傷つけた俺は無期懲役や」と思わせたいわけですから。

そう、復讐心の目的ってこれなんです。自分が幸せにならないことで、相手に罪悪感を覚えさせることなんです。

でも、現実は冷たいものです。

勇気を出してネットでTシャツを購入し、彼の居場所を突き止めるべく奔走し、彼の現れるポイントで背中を向けて三角座りをしてうなだれていても、彼はその存在に気付かない上に、勝手に幸せになって、大笑いしてるわけです。

だから「そんなことしても虚しいだけだし、何より自分が惨めだし、幸せにならないからやめたほうがいいよ」と丁寧に説明するのです。

Oさんが「もしわたしになっかあったら、苦しみを与えた人はこの苦しみをわかってくれるのかな、反省してくれるのかな」という風に思うのも無理はないかもしれませんけど、その人たちが苦しみを分かってくれたり、反省したり、後悔したり、悔い改めたり、謝罪してくれたりするかは相手の問題です。

そこはコントロールできません。

しかも、「わたしになんかあったら」ということは少なくても自分をさらに苦しい状況に追い込むってことですから、仮に生きていたとしても何らかの傷を持ち続けなければならなくなりますね。

ちなみにこうした復讐心というのはどっちかというと女性性に属するものなので、女性性が豊かな方ほど、Oさんの気持ちがよく分かると思います。

そして、こうした女性性的な復讐心は伝統的に「相手に呪詛をかける」「呪う」「死んだら化けて出る」「生霊を飛ばす」などの好意に結び付くものでもあり、うちの読者のみなさまからすれば「ああ、やってるやってるー。今朝も3体ほど生霊飛ばしちゃったー!てへ!」というところかと思います。はい。

要するに復讐心に囚われている間は自分を幸せにすることは絶対できないのです。

しかもこの復讐心、今回が初めてなわけもなく、姿かたちを変え、昔から連綿と続いてきた可能性もあり、「復讐心が習慣化しちゃった問題」になることも多いです。

さて、なんだか茶化しながら復讐心を説明してきましたけど、復讐したい相手ってのはそれだけのエネルギーをかける価値のある人に限るわけで、身近な人が対象になることが多いですよね。

元カレとかはもちろんそうですが、親きょうだいだったり、友達だったり、関係性が深い人ばかりのはず。

だから「ずーっと幸せな恋ができないのはハチャメチャだった父親のせい」だと思い込んでいれば、ものすごく長い間、自分が幸せにならないことで父親に復讐してきたのかもしれません。

とすれば、父親への復讐から幸せにならないことを自作自演してるなんてことに気づけるわけもなく、結果として「自分は幸せになりたいのに全然なれない!どこにいい男なんて落ちてるの?見たことない!」という現実を作り出すのです。

だから、そこで復讐することをやめ、自分が幸せになることを自分に許すために、相手のことも許すという作業が発生するのですね。

ここまで(感情的に)理解できて初めて「許し」に入れるわけです。

でも、長年復讐心と共にあるならば、「もう復讐はやめる!」と決めることにも相当の抵抗が出ると思いますし、ついついクセがでて「やめたつもりが全然やめられてない」ということにショックを受けることも出てきます。

また、ずっと復讐してきたとするならば、もう復讐してる感覚は麻痺して感じられなくなっていますね。

だから、けっこう覚悟がいると思うんですけど、許しのやり方はけっこうシンプルだと思っています。

「もう復讐はやめる!私を苦しめた人をみんな許す!みんな無罪じゃ!!」と叫びながらコツコツと許しのプロセスを進めましょう。

まず、御恨み帳を用意します。そこに「なんで許さなきゃいけないのよ!悪いのはあんたでしょ!」と言った感じで、許そうと思った瞬間に出てくる様々なネガティブな感情をそこに写し取っていきます。

それと同時に上等な便せんを奮発して購入し、おもむろに「感謝の手紙」を書き始めます。

御恨み帳と感謝の手紙(ノート)はセットで扱うものでして、「ありがとう」と感謝の手紙に書いては、「なんであたしが感謝せにゃならんのだ」と御恨み帳に書きなぐり、「あなたのおかげで○○を学びました」と感謝しつつ、「でも、こんなこともされたけどな」と恨みつつ進めていくのです。

こうした作業を繰り返していくと不思議と御恨み帳の登場回数は減っていき、感謝の思いが自然と湧き上がってきます。

逆に言えば、時間がかかろうとも自然に感謝の思いが湧き上がってくるまではこの作業を続けるんですね。

そうするとすらすらと感謝の手紙が書けるようになっていきます。

それを「私を苦しめたと私が思っている人全員」に対して行います。

ただ、最初の1人、2人は大変かもしれませんが、だんだん「許す習慣」というのが付いてくるので、確実に楽になっていくのが感じられるでしょう。

それと同時に自分が抱えていた恨み辛み復讐心だけでなく、罪悪感なども消えていくので雰囲気が変わり、それを周りの人から指摘されるようにもなっていきます。

「Oちゃん、なんか雰囲気明るくなったね。なんかいいことでもあった?」みたいに。

そうして許しの第一段階は終了です。

ええ、第二段階があって、むしろこっちが本番です。

それは「自分を許す」ということ。

これは自分が幸せになることを許すということと同義です。

でも、やり方は同じで対象が自分自身になる点だけが異なります。

過去の自分、今の自分に対して「許し」を行います。

つまり、親を恨んでいた思春期の頃の自分を許し、元カレに傷つけられて凹んでいた頃の自分を許し、「どこにいい男なんておるんじゃー!」と世間に毒づいていた頃の自分を許し、そして、今、ここにいる自分を許すのです。

昔の自分にありがとうって素直に言えますか?
今の自分にありがとうって思えますか?

その領域を目指すべく、自分自身に対する感謝の手紙を書き続けます。

それは自分が書いてきた人生シナリオを明るいものに書き直す効力もあるので、だんだん「なんか、あたしの人生って恵まれてるよなー。ずっと幸せだったかもしれないよなー。全然気付いてなかったけど―」なんて思えるようにもなります。

こうして自作自演からの許しのプロセスはひとまず完了となるんです。

この許しのワークはできれば3か月以上に渡って行われるのが望ましく、その目的は「許しの習慣化」にあります。

許すことが習慣化できれば、今後、何かあっても引きずらず、恨みを書いたTシャツを発注する必要もなく、ただただ幸せで過ごすことができるようになります。

このプロセス、自分の気分が良くなって軽く楽しくなるだけでなく、人との出会いも付き合い方も変わっていくのでぜひとも試していただきたい方法です。

準備ができた方から順番にどうぞ。

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復讐心と許しのワーク
 


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