ヘラクレスオオカブトくんとのレス問題を深掘りしまくって解決するアプローチを紹介する回。



表面的には解決できなさそうな問題を心を深掘りして自分を許しまくって愛しまくることで解決していくアプローチを具体的に紹介していきます。
特に「欲」に関しては「罪悪感」が付き物なので難解な問題になりやすいんです。

こんにちは。Yと申します。
2年前にヘラクレスオオカブトをゲットしました!が!最近レス気味でして。

夫は、本当に性に淡白で、1人ですらほぼシません。アブノーマルプレイしたいと言ったら、夫は腹痛起こしてました。消化不良か!笑
性的でない触れ合いは日々ありますが…

何回か話して「君がそんなにセックスの優先度が高いと知ってたら、結婚しなかったかも」と言われました…

それ以外完璧なんです!
元傭兵の私の全てを包み込み、「面白い生き物だね」と見守ってくれる人で。私の性的な関心が強すぎる点のみ合わず。

私は妄想に逃げ、オリジナルキャラ(ドS年上眼鏡教師)とセックス(個人・自由形)をしてます。中イキを習得しました!笑

幼少期は地雷源で虫を食い命を繋ぐような日々で、当時からずっと妄想が親友です。
4歳で0721を覚えて20数年、辛い夜は右手と仲良く乗り切ってきました。

1人で満足する!と決め、気持ちいいやり方を研究し、回数を増やし、開発に明け暮れる日々。でも、我にかえって、やっぱり切なく虚しいのです。

ライフワークの創作にも力を入れたいけれど、1人セックスに全部持っていかれ、なかなか集中できず。
どうしたら、ハッピーセックスライフを送れるでしょうか。
(Yさん)

ってことは妄想with右手と長らく結婚されてるようなもんでしょうか?
だとすると、旦那はそれ以外を満たしてくれる相手でちょうど良いってことですね!
めちゃくちゃバランス取れてるじゃないですかー!!

・・・あ、違いますね?そういうことじゃないですね?笑

実は「右手が恋人事件」というのは男女問わずよく耳にするんです。

「一人身が長い彼がずいぶんと右手が恋人だったので、あたしとしてもあまり満足感がないようで、中折れしたり、そもそも機能しなかったりなんですよ」

「彼はどうやら最近増えてる『女子とするより自分でする方が気持ちがいい』と思う派らしく、全然誘ってくれないし、こっちから誘っても乗り気じゃないみたいで悲しい」

その一方で、「ずっと妄想の中で一人で満たされてきたせいか、いざ本番!となるとなんか違う!!って思っちゃって。一応演技で乗り切ってるんですけど、彼が寝た後に一人でして自分を満たしてるんです。」

「一人でするときは道具も使うし、アブノーマルなことを想像してめちゃくちゃ激しいんですけど、彼の前ではそんな自分を出せなくて。こないだも『君ってけっこう淡泊だよね』って言われちゃって。ほんとはそんなことないのに!」

オナニーとセックスって似て非なる部分があってどっちも大事なんですが、前者で満たされても後者がイマイチだとやっぱり引っ掛かるところがありますよねー。

その「虚しさ」っていったいなんでしょう?

同じようなお話を伺うとき、「虚しい」「寂しい」「悲しい」という感情が出てくるのですが、敢えてそこをもう少しツッコむんです。

何が虚しいのか?
なぜ虚しいのか?
何が満たされていないのか?

虚しさって感情なので、どんな感情が満たされてなくて虚しさが出てくるのか?をちょっと探っていくんですね。

触れ合うことで愛情を実感したい。
求められることで女であることの喜びを感じられる。
肉体的にもつながりを感じることで安心する。
お互いに深く愛し合ってる証のような感じ。
体に触れられることで自分が必要とされてる感じがある。
純粋に気持ちいいし、幸せな気分になれる。
お互いにすべてを見せ合う場だから。
自分を思い切り解放したいし、相手も解放してほしい。
その行為を通じて癒してあげたいし、癒されたい。

つまり、自分がセックスに何を求めているのか?何を感じたいのか?というところなのでしょう。

もちろん、方法論としては「セックス以外でその感情を得られるようにしたら満たされるのでは?」というアプローチもあるんですが、「分かるんですよ、それは!でも!でも!あたしはしたいのよ!!」という思いがあるんですよね。

なので、もう少しドロドロした部分に迫ってみるのもアリなんです。

ドロドロ・・・つまりは「欲」とか「情」とか「思い」とか。

肉体的な喜びというのはやはりストレートな刺激物で、ドSな教師に言葉攻め並びに辱め並びに禁断のプレイを強要されることで得られる“特別な快楽”がありますよね。

タブーを破るような、人には絶対言えないような、もちろん、他人には絶対バラしたくないような“秘密”を実感できるのもそこにあります。

肉体的に裸になることは精神的にも裸になることに通じるので、ふだんは出せないキャラをそこで全開にすることも可能です。

こんなにも感情的な、淫らな、激しい自分を感じられたら、そこにどっぷりとハマってしまうのも無理はないものです。

そもそも「性」がタブーな社会において、さらにその奥に潜むタブーに踏み込むのは垂涎の喜びをもたらしてくれるものがあります。

それって一種の「変身願望」を満たしてくれるものでもあります。
ふだんの自分とは全く違う自分をあからさまに出せる舞台です。

なかなかそういう世界を味わえないから、それをアンダーグラウンドに求める人も多いものです。
というか、そういう欲望が自分の中にあることすら気付かず、あるきっかけでそちらの世界にどっぷり浸かってしまうことも多いですね。

マジメに仕事して、いい主婦している方が、不倫相手とホテルで・・・みたいな話はとても分かりやすいものですよね。

でも、アンダーグラウンドになるくらいですから、自分のそうした欲の部分についてはふだんは封じ込められてることが多いのです。

ここが重要なポイントだろうな、と思います。

象徴的な話にこんなケースがありました。

「あたし、めちゃくちゃ妄想が強くて一人ではどこまでも刺激的なプレイを想像しちゃうんです。で、彼とも相当いやらしいことをしてるんですけど、でも、自分がふだんしてる妄想に比べるとまだまだかわいらしいんです。もっともっと自分を出したいんですけど、それがなかなかできなくて」

そんな彼女に私はこう質問したんですよね。

「そんなすごく刺激的なプレイをしたい自分のことを愛してる?」

彼女はその質問の意味がすぐには理解できずに「愛してる、、、ですか?」と少し戸惑ってました。

「どこかでそんな自分を出しちゃいけない、そんな自分では相手に引かれる、と思っているんでしょうか。自分としては思い切り出しちゃいたいんですけど。」

少々動揺しながらそんな話をしてくださったんですよね。

つまり、Yさん。妄想の世界でも中イキを習得した自分のことを愛してますか?いとおしいと思えますか?という質問なんです。

それって喜びには違いないし、間違いなく刺激的はあるのですが、そんな自分のことをどれくらい愛せているか?をちょっと見つめてみてください。

たぶんですけど、どこかにちょっと罪悪感のようなものが混じってると思うんです。

性的にオープンになることって罪悪感が付いてくるんです。

それは私たちがデフォルトで持っている「性的なものをタブーとする文化」の中にある、深い深い深層心理の一つだと思ってます。

そもそも「欲」ってほんとうに底なし沼で、どこまで行ってもまだまだ先がある感じがします。

どれだけお金持ちになってもまだまだお金を欲しがるように。
どれだけ仕事で成功しても、さらなる成功を求めるように。

ところが、ある地点で私たちは「これ以上求めていいのか?これ以上味わっちゃっていいのか?これ以上のものを手に入れていいのか?」というブレーキがかかるんです。

これはもちろん人それぞれ基準が違いますし、このブレーキが掛かるポイントも一つや二つじゃありません。

そのブレーキがかかるポイントを「壁」とか「制限」とか言います。
そこで出てくる感情が怖れだったり、罪悪感だったりするんです。

つまり、怖れや罪悪感によって壁が作られ、そこでブレーキをかける自分がいるんですね。

深い話になるんですけど、なぜ不倫相手とはあそこまで解放的なセックスができるか?というと、その関係にすでに罪悪感があるからなんです。

その関係性において出てくる罪悪感があるので、性的タブーを乗り越えられるのです。

ちょっと話が広がったというか深まっちゃいましたが、Yさんがそうした自分の妄想の世界に、あるいは、自分の性的世界に罪悪感がどれくらいあって、それがどれくらい大きいものなのか?というのをチェックしてみるといいんです。

そもそも一人ですることに罪悪感を覚えたり、自分でも変態だと思うプレイを想像するだけで自覚できない罪悪感が芽生えたりしているかもしれません。

そう、罪悪感って自覚しづらいものが多いのでめんどくさいんですよね、ほんと。

だから、そこを「愛する」つまり「許していく」ということをやっていくんですね。

「そんな自分を愛する」ということです。

欲にまみれている自分をただ愛するんです。

これって簡単そうで実はめちゃくちゃ難しいです。
欲張りな人、自分の欲で生きてる人、欲にまみれてる人って嫌われそうじゃないですか。

とことん自分の欲を受け入れ、愛していくことって多くの人にとってそれぞれのステージで課題となります。

もっと成功していい。
もっと求めていい。
もっとお金を稼いでいい。
もっと有名になっていい。
もっと遊んでいい。
もっと自由になっていい。

そんな許可を出していくんです。

出しているつもりで、なかなか出せないのが、欲に対する許可なんですね。

例えば、セッションの中ではそんな自分を感じ、欲を許し、そんな自分を解放していくことをしていきます。

もっと自分の欲に忠実になっていい、という許可を出し、そこで出てくる罪悪感を流し、怖れを燃やしていきます。

大丈夫、大丈夫。許されている、許されている。

そして、そんな自分を愛していくんですね。

そうするとどんどん自分が出てきます。
それは見知らぬ自分だったり、恥ずかしい自分だったり、ダメな自分だったり、ひどい自分だったり。

そうして自分をとことん掘り下げていくんです。

自分の中を降りて行っては許し、降りて行っては許しを繰り返すと、「社会の暗黙のルール」とか「周りの人間関係で起きてる制約」とか「長年自分が抱えていた縛り」のようなものが解けていきます(溶けていきます)。

めちゃくちゃ自由で、めちゃくちゃ楽になるので、ここまで行くとボーっとして脱力して、しばらく椅子から立ち上がれない人もいますし、その後、数日間にわたって身動きができなくなっちゃった人もいます。

その間に感じているのは至福感のような、とても楽で、自由な感覚です。

そうして、自分がそこまで解放できたとしたら、Yさんの旦那さんはどう変わるでしょうか?

その性的な欲求があまりなく、蓋をしてしまっている可能性しかないご主人はどう変わると思いますか?

それを想像するだけでも一つのプレイになりそうですけど。笑

セラピストがよくとる手段として、表面上で起きてる問題をそこで解決できなければ、心の中に潜って行ってそこで解決をしていく、というものがあります。

レスになり、性的な興味が全然違うYさんご夫婦。
そこでは全然解決できる見込みがなさそうに見えます。

そのときに、自分の心の中に入り込んでいくんです。
なぜ、そういう相手を自分は望んでいるのか?
なぜ、そういう関係になってしまったのか?
なぜ、それを手に入れないように自らしているのか?

今回の記事はそうして自分の中を徹底的に掘り下げる一例を紹介しています。
欲や罪悪感という一人では気づかない、向き合えない感情を扱い、そこを「許す」ことで解消していきます。

そこに罪悪感がなくなれば自分の中ではその欲求が「自然なこと」であり「当然のこと」になるんですね。「お腹が空けばご飯食べるでしょ?それとあなたがドS教師になってあたしを辱めるのは同じことよ」と思えるようになるわけです。

そもそもそんなドS教師を妄想するドMなYさんですよね?
そんなドMさに注目すれば、性欲がないに等しい旦那さんを選ぶってことは最高のMプレイなんじゃないかと思うんですよね?

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