無価値感は自分のエネルギーを抑え込むために使っている“道具”のひとつに過ぎない。



「自分には価値も魅力もない。自分なんていなくてもいい」と思わせる無価値感。
しかし、その感情は本来自分が持っている魅力を隠すための都合のいい道具なんです。
もちろん、それが必要な時期があったからなのですが、大人になってもその道具を手放せないケースが多発しています。

根本先生、こんにちは。
自立系武闘派女子とはつゆ知らず、がんばってムチ打って生きてきた結果、はじめてがんばれない状態になり、こちらに辿りつきました。
この数ヶ月、毎日心の支えになっています。

じぶんの感情に目を向けられるようになり、抵抗があったお恨み帳も最近書けるようになりました。

そこで行き着くのは、いつも無価値感です。
思えば思春期の頃から、いつもずっと、ひっそりと、それはわたしの中にありました。

家族にも友だちにも、特別嫌われたことってなくて、むしろ愛されていると思います。

でもなぜか、「わたしって、別にいてもいなくても変わらないな」といつもどこかで思ってきました。

嫌われはしないけど、かといって特別にもならず、わたしがみんなを好きなほど、みんなはわたしを好きではないなと。

たとえば、大事な報告がわたしにはこないとき、その時その人の頭にわたしが浮かばなかったことにさみしさをおぼえます。

中高は華やかな同級生に囲まれ、じぶんの影はうすく、色んなコンプレックスが確立しました。

家族仲はよいですが、犠牲心が強い母の顔色、姉よりも優等生であることに気を遣ってました。
勉強はできたのに就職ができず、学費を出してくれてる父には申し訳なさがありました。

でも、たくさん辛い経験をされた方に比べたら、わたしは環境的にとても恵まれていて、なのに感じる、この無価値感ってなんなのでしょう。

恵まれていることへの罪悪感とは、少しちがう気がするのです。

たくさん先生のブログを読み漁ってますがどうにもわからず、ネタになればと送らせていただきました。目についたら取り上げていただけましたら幸いです。
(Sさん)

例えば「Sさんってとても優しい人ですよね」と言われたらどう思いますか?
この文章を読めば、そんな風に受け取れるわけですけれど、素直に「ええ、そうなんすわー。実はあたしめっちゃ優しいんですわー」と即答できますか?

もし、そう言えないのだとしたらなぜでしょう?
なぜ「私はそんなに優しくない」と思い込んでいるのでしょう?

・・・という風に無価値感はできあがっていくものです。はい。

周りの人が「Sさんって優しいよね」と思っていても、ご本人が「いやいや、違いまっせ。あっしはそんな人間じゃございやせん!」と拒否していたら、自分の価値をひとつ見落としていることになります。

しかも、自らその価値を「ないことにしている」のですね。

これが「無価値感」です。

一般的には「自分に価値や魅力を感じられない」という心境を無価値感というのですが、実際のところは「自分の価値や魅力を感じないようにしている」ってことなんです。

Sさんはあまり自己主張をしなかったり、前に出るのが苦手だったり、少々控えめなところがあるみたいですが、そうして自分を引っ込ませるために無価値感は役立っているようです。

※現在、オンラインスクールの原稿を書いている最中なので少々難しい表現を使っているかもしれません!!すいません!!!

で、ちょっと今からすごーく嫌な気分になりそうな話をしちゃうんですけど、ふんどししっかり締めて読み進んでくださいね。

>嫌われはしないけど、かといって特別にもならず、わたしがみんなを好きなほど、みんなはわたしを好きではないなと。

ここから読み取れる心理ってのは2つ。

「あたしはみんなのことが大好きだ―!!!めっちゃ好きなんじゃー!!!だから、みんなもあたしと同じくらいあたしのことを好きでいてー!!!」というニーズ。

「あたしは特別な存在なんだぜ!特別扱いされるべきなのになんでみんなそう扱ってくれないんじゃー!!」という不満。

Sさんは「自分が特別な存在である」ということを知っているので、大事な報告が自分に来なかったときに寂しさを覚えるんです。

>家族仲はよいですが、犠牲心が強い母の顔色、姉よりも優等生であることに気を遣ってました。

ということは、Sさんは「あたしは犠牲なんてするガラじゃねーし」と思っているわけですし、一方で、「姉よりあたしのほうが優秀だぜ!」と思っているわけですね?

>でも、たくさん辛い経験をされた方に比べたら、わたしは環境的にとても恵まれていて、なのに感じる、この無価値感ってなんなのでしょう。

さらに、「根本さんの読者どもに比べればあたしは全然恵まれてるんだよ。ふぉっふぉっふぉ」という思いを持っていらっしゃるのです。

さあ、ずいぶんと気分が悪くなって来られたと思いますし、「ち、違います。そ、そんなこと思ってません!!」と反応されるかもしれませんけれど、さて、どうでしょう?

「 」内のセリフって少々大げさに書いているんですけれど、もし、自分がこんな思いを持っているとしたらどうですか?

すっごく嫌な奴になっちゃうと思いません?

自分は特別でみんなに好かれたくてけっこう優秀で恵まれてる自分を認めちゃったらSさんはどうなるんでしょう?

そこで「無価値感」を使うわけです。

そんな傲慢な態度を取ったらそれこそみんなに嫌われるし、みんなに迷惑かけるし、みんなに偉そうなやつと思われるし、、、、という風に。

「本来自分に素晴らしい価値があることを知ってるんだけど、それを出したらちょっとヤバいから隠しとこか。よっしゃ、無価値感、使おう!」みたいな感じ。

これを潜在意識の中で巧妙にやっているんですね。

だから、意識レベルでは「あたしには全然価値がない。あたしなんていなくなっても誰も困らない」と思い込むわけです。

裏を返せば、そう思い込まなければいけないほど「あたしって価値があるからさー」と思ているんですな。

イヤな話でしょう?自己嫌悪が増しちゃうでしょう?

でも、これって誰でもあるもんなんですよねー。

あたしが光り輝いていたら誰かが困ると思ったら、その光を隠すために無価値感を使うわけです。

だから、無価値感が強いなあ、と感じる人は、心の中では「あたしってめっちゃ価値あるしー」と思っているものです。それを認めちゃいけないってわけで。

そういうわけで、無価値感ってなかなか手放せないんです。
利用目的があって使っているものなので、なくなると困る自分がいるからです。

私はいつからから「無価値感」と「罪悪感」は表裏一体、きょうだいみたいなもの、という解釈をしています。

ある角度からその状況を見れば「無価値感」となり、別の角度から見れば「罪悪感」となります。

だから、無価値感があるところに罪悪感もあり、その逆も成り立つと思ってます。

例えば、

>勉強はできたのに就職ができず、学費を出してくれてる父には申し訳なさがありました。

ってところを見れば、Sさんがお父さんに罪悪感を持っていることは明らかですよね。
それと同時に、姉より優等生であることに罪悪感もあり、Sさんが「これはないんじゃない?」と思っている「恵まれていることへの罪悪感」があるからこそ、「辛い体験をされた人からすれば私は恵まれてる」と思うのです。

そこには当然ながら「感謝」もなければ「喜び」もありません。

自分が秀でないように、目立たないように、光り輝かないように、無価値感や罪悪感を使って自分を抑え込んでいるんですな。

そして、それらの感情から“補償行為”として自分にムチ打つ「ひとりSMごっこ」を長年されてきたのだろうと思います。

まさに自作自演ということです。

だいたい次女ってさ、、、うちのスタッフはじめ周りにすごく多いんですけど、、、やっぱさ、、、アレじゃん?ね?ね?(偏見)(愚痴)(怖れ)

ええっと、そういうことで、「ほんとは自分の価値をめちゃくちゃ知ってるんだけど、それを出したらヤバいから抑えてるんだよね」というのが本音だと思います。

でも、これってけっこうみんなやってることでして、Sさんが特別ってことじゃありません。

ただ、先ほども言ったように目的があって無価値感を使ってるのでなかなか手放しがたいところでもあります。

さらに、Sさんにとってはちょっと厄介な事象もあったようです。

>中高は華やかな同級生に囲まれ、じぶんの影はうすく、色んなコンプレックスが確立しました。

私は親子関係やきょうだいだけでなく、思春期の友達関係もめちゃくちゃ重要だと思っているカウンセラーなので、「華やかな同級生に囲まれ」という言葉にどうしても反応しちゃうわけです。

私のクライアントさんにもそんな経験された方がたくさんいらっしゃいまして、特に思春期女子の葛藤って想像するにおぞましい魑魅魍魎の世界が展開されていると思っています。(基本、筆者は女子恐怖症兼女性不信です。笑)

クラスの中の「イケてる女子軍団」に対してはいじめられないためにも影を潜め、息を殺して生活していた人も多いと思うんですよね。

その結果、「コンプレックス」というものを使って、再び自分のエネルギーを抑え込むことになるのです。

つまり、影をうすくしなければ生き残れないから、コンプレックスや無価値感などを用いて自分を殺していたのですね。

だから、この頃のしんどさってけっこう強かったと思いますし、辛かったと思いますし、なかなか大変でしたよね。よく生き抜いてこられましたよね。

ただ、それが習慣になってしまい、すっかり無価値感が板に付いてしまった、というのが今のSさんなんだろうと思われます。

という以上を持ちましてSさんがどうやら環境的に自分の個性をひた隠しにし、自分の魅力や価値や長所を徳川埋蔵金の如くどこかに埋めちまったことが判明したんですけど、もう理解できました?ついてきてます?笑

周りの目を気にして自分を隠すのはまさに他人軸なわけですので、そこから抜け出すには「あたしはあたし」という自分軸を意識することがめちゃくちゃ重要です。

「あたしらしさ」を大事にすることはもちろん、「あたしはあたし、人は人やで」ときちんと線引きしていくことを日々意識します。

そして、次のような言葉を日々アファメーションしてみられることをお勧めします。

「あたしは特別な存在だ」
「あたしはとても優秀だ」
「あたしは人に配慮ができる優しい人間だ」
「あたしには光り輝く魅力がある」
「あたしの家族は仲が良くて幸せだ」
「父も母もよくしてくれて感謝している。ありがとう。」
「あたしは恵まれた存在だ。ありがたい。」

どれも抵抗ある言葉かと思いますけどSさんの本音だと思うので、騙されたと思って毎日ぶつぶつつぶやいておくと良いと思います。

無価値感も罪悪感も幻想で、自分のエネルギーを抑え込むために使っている「道具」に過ぎません。
しかし、その道具が役に立つ場面があって、ゆえに、それを手放せなくなってしまっているのです。

だから、それを手放すには新たなステージに進む覚悟、生まれ変わるような覚悟が必要になってくるものです。

自分らしい人生を改めて歩き始める一歩として、この記事をきっかけにしてもらえると幸いでござる。

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*心理学講座動画:『悪感と癒着の心理』

★自分のご機嫌を自分でとるための心のエクササイズ集

「朝9時までに1分間ください。不安が消えて、心が元気になります。」(キノブックス発行)


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無価値感を使って自分に価値を認めない心理
 


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