自分を愛するということ、自分から人を愛するということ~汚い自分を受け入れるという成熟さについて~



人生経験を積めば積むほど視野も広がり、傷つくことも増え、自分のことを汚い奴だ思ってしまうことが増えるものです。
でも、それは心の傷が作り出したものなのだから、許されるべきものなのです。
そんな風に汚い自分や弱い自分を攻撃するのではなく受け入れて許すことが成熟さの一つ。
そうすることで今の自分のまま他人に愛を贈ることができるようになります。

こんにちは。いつもブログや本を読ませていただいています。Yと申します。以下、いつかネタにして頂ければ幸いです。
人を信じてまっすぐに生きるにはどうすればよいか考えています。

ぞんざいに扱われるなら一人でいいという謎信念を持ち、異性関係は半年サイクルで自分からは追いかけず(武闘派女子ではない?)
友人はその時々で割とできますが、私とかそんな大事じゃないだろうと思って、早々にバッサリ切ってしまいます。

恐らく小さい頃、好きな男子含む集団いじめ、女子の対立などで疲弊したせいか、他人は面倒だと思うように。両親は、非社交的な私に怒りました。
2人は感情の起伏がはげしく子供をコントロールしたい人でした。お金に困らない生活を送ったことは感謝しています。
昔自分を否定されショックだったことなどメールで伝えましたが、昔は殴られるのが普通だった、あなたの性格を否定したことはないと言われ、理解されず。 今はほどほどの距離です。

少し前に、5年付き合った彼と結婚しました。
自分が怖かったです。彼と交際中も他を引っ掛けるのが楽しく、つまらない日常でドキドキが活力でした。流石にまずいと考え、大勢と関わずすむ仕事を考え中です。(現職は、社内外の色々な人と関わります。)
夫は精神的に安定して話し合いができます。家事も自分からやり、私の分も手伝ってくれます。優しく、好きと言い続けてくれる彼が便利で結婚しました。最近はようやく彼への愛?も芽生えてきました。

私は、散々彼のことを見下してきました。最中に他の人とフフフな妄想したり。
彼は社会情勢や文化に関心なく、正直尊敬していませんでした。(今はビジネスマンなので多少は。)彼の家族もローカルに生きています。
私の家族はワールドワイド志向(笑)で文化的な生活をしていますが、精神的成熟度や満足感と関係ないのですかね。妹も自己肯定感低めに神経症っぽく育ちました。

いつも人と話している時、心の中に汚い自分がいます。もっと綺麗な心で周りを愛し愛されて生きられたらと思います。まず自分から愛せないんです。 ぼんやりして恐縮ですが、アドバイスいただけましたら幸いです。
(Yさん)

まあ、うちのブログ読者で心が澄み切っている人なんて筆者を除いて誰もいないと思っているんですけど違いますかね?ね?ね?

うちの弟子どもには「うちらは汚ねえ水の中でしか生きられねえんだから、そのなかで輝きやがれ」みたいなことを口を酸っぱくして言ってたりします(どんな師匠だ!?)(笑)

そもそも「何が汚くて、何がきれいなのか?」という問題がありまして、例えば、モデルルームみたいなきれいな部屋に住んでる人でも「最近、窓枠をちゃんと拭いていなくて汚れちゃってるの」なんて言ったりしますし、雑然とした部屋を「このところちゃんと片付けしてきれいにするようにしたんだ」と表現する家主もいます。

汚いかきれいかっていうのはそんな風に主観が入り乱れるものなんですよねーってのが前提です。

だから、Yさんの心がほんとうに汚いのか、汚いと思っているけどほんとはきれいなのかという議論は無意味です。Yさんが汚れてると思っているならそれが真実だからですね。
逆に言えば、Yさんが「いやー、実はあたし、自分の心がたいそう汚いと思ってたんやけど、案外、そうやなかってん」と思えるようになれば、この問題は解決しますね!

要するに「自分がどう解釈するか?」というところが軸になるわけです。

そうするとYさんはきっと「自分がいかに汚いか?」という証拠を並べると思います。
「異性を半年ごとに交換するのってどうかと思わない?」
「友達をバッサリ切るのって失礼じゃない?」
「彼がいるのにほかの男をひっかけるなんてサイテーじゃない?」
「好き好き言ってくれて優しい彼が便利で結婚するのってほんとは良くないでしょ?」
「旦那を見下したり、最中に他の男を妄想したりするのってダメなことじゃない?」
なんて風にね。

そうすると某先生はお腹をぼりぼり掻きながら「まあ、そういうこともあるよねー」と軽く流しちゃったりするのでしっかり捕まえてください!笑

「ぞんざいに扱われるなら一人の方がいい」って信念があったり、「自分はワールドワイドでワイルドでワンダフルな人を尊敬してるんだ」ってことなら、それが自分の価値観なんで、別に何も悪くないんです。

「わしはそういう人間じゃけんのぉ!!」と胸を張って八丁堀を闊歩しておけばよいと思います。

また、

>いつも人と話している時、心の中に汚い自分がいます。

という話ですけれど、たぶん、それはうちの読者さんで共感される方ってものすごくたくさんいると思うんですけどいかがでしょうか?

「30年も40年も生きてりゃ、叩けば埃しか出ねえよな」って話をよくするんですけど、そんなきれいな心の持ち主ってそんなにいないでしょ?(え?私が知らないだけ?出会わないだけ?)

友達と話をしてるときに笑顔でふんふん話を聞きながらも時々イラっとしたり、嫉妬したり、ダメ出ししてたりすることってない?

彼の話を聞きながら「こいつほんと文化度低いよな」とか「頭わりーよな」とか思っちゃうことってふつうにない?

自分に対してはもっとひどい言葉を連発してるよね?放送禁止レベルの否定的発言を日々してるよね??

だから、「それも私」なんですよね。

それはそうなっちまうにはそれだけの理由があるからです。
親に支配されてきたから。
自分の本音を我慢して周りに合わせてきたから。
親密になるのが怖くて距離を取る方が楽だから。
人に裏切られて傷ついたことがあったから。
自分を利用しようとした人と出会ってきたから。
自分も誰かを傷つけてきて罪悪感があるから。
いつしか完璧主義な自分になっていたから。
・・・等々、そんな理由は無限にあがってきますね。

人に裏切られたり、自分が誰かを傷つけたりした経験があったら、人を信用したり、人と親密になったりするのって怖いですよね。
もう傷つきたくない、と思う分だけ、人畜無害な人をそばに置きたくなるし、けど、人畜無害な人といても退屈だから外に刺激を求めてしまって罪悪感を増やしたり、またそこで裏切られて傷ついたりするよね?

そうした経験をしてくりゃ、そんな簡単に人に心を開けないし、信頼だってできません。
それがふつうだと思うんです。
多かれ少なかれみんな持っているものだと思うんです。

だから、そんな自分にダメ出しをして、否定して、攻撃して、そして、改めさせようとするんじゃなくて、「それも私なんだよね」てただ受け入れてあげましょうね!ということをいつも言ってます。

「それがあたしだから」です。

汚いところを見れば、自分も汚いし、他人も汚いって思います。
でも、汚いからこそ、きれいなところが輝きますし、美しいと思います。
そうすると、全部自分をきれいにしたいと思うんだけど、そうすると汚い自分(=傷ついてきた自分)を思い切り否定してコントロールしようとしちゃいます。

汚い自分もまた自分。
そんな自分にもきれいな部分はある。

自分を愛するって、そういうことだと思うんです。

そして、人を愛する、自分から愛するってことも同じですね。
相手の中にある未熟な部分、弱い部分、ダメな部分などをただ受け入れてあげる。許してあげる。認めてあげる。ってことです。
そうすると、その人の中にあるきれいな部分に価値を感じられます。

「あいつ、メンヘラな部分がちょっとウザいと思うんだけど、根はいい奴なんだよな」って感じで。

そもそも自分のことを「汚い」と感じられるのは、「きれい」を知っているからですね。
自分から愛せないと悩むのは、それだけ愛したい人だからですね。

そのきれいな部分がめっちゃきれいだと知っているからこそ、汚い部分に意識が向くんです。
そして、自分が愛の人で、愛したい思いが強い人だからこそ、愛せないときに苦悩するんです。

誰のことでもない、Yさんのことね。

まあ、そんなこと言われてもすぐには納得できないかもしれないけれど、たぶん、Yさんの心の中にも澄んだ泉のような美しい部分もあり、愛情深く、人を愛している部分もあると思います。

でも、不思議なことに「汚い自分」を「まあ、それがあたしやもんね」と受け入れていくと、否定がなくなるので「汚いのもしょうがないよねー」という気持ちになってきます。
それって成熟さの一つで「自分の弱さを受け入れる」ということになります。

自分の汚さや弱さを受け入れられると、自己攻撃がなくなりますから、ものすごく楽になります。
また、それができると、他人の汚さや弱さも許せるので、他人に対して不満を感じたり、見下したり、攻撃したりすることがなくなっていってすごく楽になります。

それが「自分から愛する」ということになると思うんです。

「信頼する」というのも「愛する」の一つの表現方法ですから全く同じですね。

以前もどこかでそんな話をした記憶があるんですけど、「人を信頼する」って相手のいい部分(きれいな部分)だけを愛するんじゃないんです。それは「期待」って言います。

人を信じる、信頼するってのは、相手のきれいな部分も汚い部分もひっくるめて「信じて頼る」ことですから、思い通りにいかなかったり、裏切られたりするのも想定内です。

「きれいな心で人をもっと信じたい、愛したい」と思うのは、やっぱりそれだけYさんが愛の人だって証拠なんですけど、そこを目指しながら今できる範囲で今できることをやっていくのがお勧めです。
そうすると汚い自分も受け入れられるようになるので、自然とキレイになっていくと思うんです。

自分の心が汚いなあ、と感じる人は多いと思うんですけど、まずはそれをただ受け入れることがお勧めですね(自己肯定感そのもの!)

でも、その汚いものって心の傷が作り出しているものだから、その傷を癒していけばやがて心は澄んでいくんです。

Yさんにとっては両親と向き合ったり、過去の自分を許したりってプロセスがそれにあたります。
昨日のインナーチャイルドとインナーアダルトの話も参考になるかもしれません。

「心が汚い部分もあるけど(傷ついた部分もあるけど)、その一方でちゃんときれいなところもあるし、それが今の私なんだから、その私ができる範囲で愛を与えていけばいい」と思っていただければ幸いです。

ただ、皆さんがあまりに心がきれいになりすぎると私のお客様が減ってしまいますので、その辺はあんじょうやっていただけようお願いしますわ。

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