「私を分かってほしい」という欲求について~人ならば誰でも持つ居場所を感じる気持ち~



私を分かってほしいというニーズ(欲求)は誰もが持つものですが、残念ながらほとんど満たされない、という悲しい結果になっています。
なぜ、私たちは分かってほしいと思うのか?どうしたらその欲求を手放すことができるのか?
そんなポイントを考えていきたいと思います。

いつもブログや動画楽しませてもらっています。

既に取り上げられているテーマですが、私は分かってもらえない、という感情に振り回されています。

先日、仕事でミスをしまして。
それを同僚に指摘されて、ムッとしたことがありました。
最初はペースを乱されたり、自分を否定されているようで嫌なのかと思っていたのですが、指摘されたことより、私だってわざと間違えたんじゃないのに、どうしてあの人は分かってくれないんだろう、という不満があることに気付いたんです。

良く、親子問題が扱われますが、我が母上も理解力が乏しく、浅はかな発言にイライラする娘の私がおります。
なので、母上がラスボスかしら、と思うのですが、私が好む人(同性で親しくしたいと思う人)は頭が良く優しい女性や、男前で姉御肌の方ばかり。
母とは違うタイプです。
でも、その一方で私に冷たい人がいると、相手の機嫌を取って不本意にも従おうとする自分もいて、わしゃどうしたいんじゃ、と混乱することも。

幼少期からいじめに合うことも多かったので幼稚園や学校の先生、同級生との関係性も関係あるかな、と思っています。

人の役に立ちたいという気持ちもありますが、私の分かってくれくれモンスターは暴走するばかり。
この感情との付き合い方をネタにして頂けたら嬉しいです。
(Mさん)

「分かってもらいたい」という欲求は生きてる人間ならだれもが持っているものでして、たいがいの喧嘩は「私の気持ちを分かってくれてない!」というところから発すると言ってもいいくらいでございます。

「なんで分かってくれないの?」
「どうせ私の気持ちなんて分からないんでしょ?」
「私がどんな思いでいるのかあなたに分かる?」

こんな思いを武闘派女子の皆さんなら日に3万回くらいは思い、そのうちの3%ほどを口に出し、態度に出してしまっているかと思うんですけどいかがでしょうか?

逆に見れば、プレイボーイくんや敏腕営業マンはその辺を熟知しているので、

「うん、君の気持ちはよく分かるよ」
「君の気持ちをもっと理解したいんだ。もっと聞かせてくれる?」
「そういう風に思っちゃうよねー。君は全然悪くないよ」

という言葉を連発することにより、相手の心を手に入れようとするわけですね。
もちろん、それは上辺だけの言葉であったり、また、結局のところ、他人の深層心理までを理解し尽くすことなんて不可能と言ってもいいので、そうやって口説いた女に、

「なんで分かってくれないの?」
「どうせ私の気持ちなんて分からないんでしょ?」
「私がどんな思いでいるのかあなたに分かる?」

などと言われて、プツンと切れちゃうことも日常的によく起きていることですね。

で、なんで「分かってもらいたい」という欲求があるのか?というと、人はみんな孤独であり、孤独を怖れるからです。

「私のことを分かってもらえている」という安心感は何事にも代えがたく、その安心感を手に入れることで私たちは「居場所」を作っていくのです。

私を分かってくれる=私を受け入れてくれる=私を認めてくれている=私はここに居てもいい=私はひとりじゃない

そんな図式が成り立っているわけですね。

だから、私たちは必死に自分を分かってもらおうとアピールするわけです。

でも、分かってもらいたい、というのは欲求ですから尽きることを知りません。
ある程度分かってくれたら「もっと分かってほしい」と思うもんです。

しかし、先ほども書いたようにその人の人生のすべてを理解し、受け入れることなんて、同じ境遇で育ったはずのきょうだいにとっても難しいわけで、その欲求を持ち続けている限り、いずれは

「この人も私のことを分かってくれなかった」

と落胆することはお約束です。

じゃあ、どうすりゃいいのよ!というと、まあ、ありきたりな話ですけど、究極は自分で自分を理解し、受け入れ、認めてあげることに他なりません。

自分が自分のことを理解する=自分自身とつながる、ということで、他人に対して求める気持ちは少なくなりますから、分かってもらえなかったとしても孤独ではありません。

※そもそも孤独感とは、自分自身とのつながりが切れている状態で感じるものです。

そして、自分とのつながりを再構築しつつ、ほかの人が少しでも自分を受け入れようとしてくれていることに「感謝」の思いを持つと、その欲求からは解放されていくものです。

「この人は話せば分かってくれる」という信頼って素晴らしいものでしょう?
そういう人が世の中に数人でもいれば、私たちは安心感に包まれて生きることができるんです。

もちろんそれは一番身近なパートナーとか、家族であることが望ましいのですが、必ずしも、彼らにその役割を押し付ける必要もあります。
人には得手不得手があるわけで、人の気持ちを解することができない人だって世の中には必ず存在します。もちろん、その人にはその人なりの価値や魅力があるわけで、できないことを求めることはとても不毛なものですよね。

ましてや身近な人に対しては私たちはめちゃくちゃ強い欲求を持ちますから、他人が「1」理解してくれるなら、パートナーには「10」理解してほしいとか思っちゃうものです。
それで、例によって「なんで分かってくれないの?」という不満が蓄積することになるんですね。

ゆえに「私の全部を分かってくれる」という人を探すよりも、「私を理解しようとしてくれている」という人を見つけるほうがはるかに簡単です。

因みに人間関係の基本なんですけど、

「なんで分かってくれないの?」

と思う場合、それを投影としてとらえれば、

「私があなたことを分かっていませんでした。」

ということになります。だから、基本形としては

「その人に分かってほしければ、その人のことを分かってあげればいい」

ということになります。案外、私たちは求めるだけで与えていないことが頻繁にあるので(特にこうした欲求に関しては)、あらゆる不満というのは「自分が与えていないことから生まれる」と言ってしまってもいいんですね。

因みに「他人を理解しようと努める」ことで何が生まれるか?というと、他人に対して「分かってほしい」という欲求はめちゃくちゃ減っていきます。

なぜならば、その難解さを思い知ることができるわけで、それ故に、他人に対してそこまで期待しなくなるんです。

カウンセラーという職業はそういう意味では「他人を理解する」ということが必須科目みたいなもんですけれど、20年くらいこの仕事をやってきて分かったことは、

「女心なんて永遠に分からんわい」

という結論です。そもそも女にモテたい、というベッタベタな下心から心理学を学び始めた人間にとって、その事実は衝撃的なものですが、ある時点から「ふーん、そうなのかー。なるほどなー」と理解するというよりも、「知る」ということに重点を置くようになりました。
それと同時に「分かる」ことよりも「分かろうとする」ことの方がはるかに人に喜ばれることも知ったので、私のカウンセリングは基本的に相手の思いや状況を肯定して、「まあ、しゃあないわなー。そりゃ、無理ないわなあ。」と言い続けることになりました。

ということで、だいぶ遠回りしましたけどMさんのお話。

そもそもお母さんが理解力に乏しい方ということで、その一言だけでMさんが子ども時代からめちゃくちゃ寂しい思いをしてこられたことが想像できます。

子どもにとって母親に理解されないことこそ、寂しいことはありませんからねー。
もう忘れてるかもしれませんが、相当辛い思いをされたんじゃないかと思います。

そうするとMさんの中に「私は人から理解されない」という観念が芽生えますね。
ところが、そう思い込んだところで「私を分かってほしい」という欲求は消えませんから、常にその葛藤にとらわれるようになります。

なので他人と接するときに「この人は私を分かってくれる人なのか?違うのか?」という基準を持つようになってしまうんですね。

そして、Mさんが魅力的に感じたり、憧れたり、あるいは、愛されたいと思ったりした場合、その人に「なんとか分かってほしい」という強い欲求を持つようになります。

つまり、お母さんが与えてくれなかった理解を、その人に求めてしまうんですね。
「私のことを愛してくれるならば、きっと私を理解しようとしてくれるはずだ」
という風に解釈するわけです。

そして、「分かってくれない人」がいれば、かつてお母さんにやっていたように、その人に何とか取り入って私を理解してもらおうとする癖もあるでしょう。
それで、一見矛盾しているような

>でも、その一方で私に冷たい人がいると、相手の機嫌を取って不本意にも従おうとする自分もいて、わしゃどうしたいんじゃ、と混乱することも。

という現象が起きるわけですね。

その、冷たい人=お母さん、なわけです。

そして、そのお母さんを否定している分だけ、お母さんと違うタイプの人に惹かれるのも無理はないでしょう。

でも、ほんとうはそうした欲求に現れるように未だに「お母さんに理解してもらいたい」という欲求が心の中に根付いていることにお気づきでしょうか?

それはほんと無理ないことでして、私たちは誰でもやはり一番愛されたいと思っているのはお母さんなんです。
そのお母さんから十分愛された、ということを受け取った人からその欲求を手放せるようになります。

だからよくブログではおかんのことが出てくるわけです。

なので、Mさんへのご提案としては次のようなリストになりますので、暇なときに取り組んでみるとよいかと思います。

(1)あなたにとって理想のお母さんとはどんなお母さん?
(2)あなたの実母があなたに与えてくれなかったものは何でしょう?
(3)あなたの実母はどんな風に人を愛する人ですか?
(4)あなたの実母があなたを愛してくれた証拠をたくさん見つけましょう。
(5)あなたはどんな風に他人を愛してあげたいですか?また、どんな風に他人を愛する人ですか?
(6)あなたの価値や魅力を見てくれた人は誰ですか?あなたを愛してくれた人は誰ですか?その人をリストアップし、感謝の手紙を書いてみましょう。
(7)あなたの周りの人をあなたなりに分かってあげることを意識します。

これだけで2,3か月はヒマツブシになるんじゃないかなあ、なんて思います。

今ある「分かってほしい」という気持ちが3割減になるだけでもだいぶ楽になると思うので、まずはそこを目指していきましょうね。

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★お母さんとの関係を見直すために~執着手放す本

「もう傷つきたくない」あなたが執着を手放して「幸せ」になる本」(学研プラス)
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私を分かってほしい、という欲求について
 

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