「大阪観光案内」



「じゃ、待ち合わせは11時ごろに駅の改札出たとこで」

朋有り、遠方より来たる際、さて、どこに案内しようかといつも思案するのである。
私の住む関西には京都・奈良・神戸などの日本を代表するような観光地が唸るほどあるので、基本的に案内に困ることはない。

が、殊、大阪となるとどうだろうか?

USJや海遊館などの遊びや難波界隈の派手な看板だろうか。
NGKで吉本の笑いに触れるか、それとも、映画「プリンセス・トヨトミ」のヒットにあやかった大阪城?それとも空堀商店街?を巡るとしようか。
あるいは映画「阪急電車」で登場するオシャレな今津線の旅が今はいいのだろうか?


あるといえばあり、無いといえば無いのが大阪の観光地である。

しかし、大阪は“食いだおれ”の街と言われる。よって、呑み助である私は、必然、大阪を案内するときは呑み助が楽しいコースを設定してしまうのである。
基本的に私を訪ねてくる友人や、セミナー仲間達は呑み助もしくは食い道楽が多く、そのリクエストも「大阪らしいもの」とか「東京にはありえないもの」に偏り、必然、マニア心をくすぐるコースを設定することとなる。

元々私は生粋の大阪人ではないので、若干ズレがあるのかもしれないが、そこはご愛嬌で読んでいただければ幸いである。

さて、11時に御堂筋線の動物園前を出ると、そこにはリヤカーのおばちゃんが新聞や雑誌を売っている。そして、賑やかなパチンコ屋の角を曲がれば、そこから“新世界”が始まるのである。

祭りでもないのにバッタもんのカバンや時計を売っていたり、演歌のテープやCDが並べられたりしている露天商の脇を通り、JRの高架をくぐる。

かつてはかなりしょんべん臭く、何人かのおっさんがまどろんでる姿に遭遇したのであるが、今はすっかりきれいになっている。

高架を抜ければジャンジャン横丁である。
ここも、かつては朝から赤い顔をしてカップ酒を傾けるおっさんがたむろしていたかと思うのだが、今は何となくふつうの商店街のようにすら見えてしまう。
かつて大学の先輩と訪れた際に、「兄ちゃん兄ちゃん、そっちいったらあかんで」と言われた路地もここにあった。今ではどうなっているのだろう?

とはいえ、ジャンジャン横丁である。将棋屋は盛況であり、その様子を眺めるおっさん達の輪も相変わらず健在である。
また、この通りに軒を連ねる串カツの有名店には平日、朝も11時と言うのに既に行列が出来ており、ちょっと覗けば赤い顔をしたおっちゃん、おばちゃんがビール片手に二度漬け禁止の串カツをほおばっているのである。

昔から疑問に思うのだが、まだ午前のうちから明らかにホワイトカラーに見えるおっさんがビール片手に赤い顔をしているのである。
夜勤明けなのか?それとも、サボっているだけなのか?
因みに以前隣り合ったおっさんに聞いてみたところ「そら、契約が取れた祝いやがな。兄ちゃん乾杯してや」とグラスを合わせたのだが、きっと嘘だと思っている。

さて、新世界には串カツ屋があちこちに存在しているのだが、実は店によって味がまちまちであり、好き嫌いが別れるところである。これもある店の人が言うには「衣がちゃうねや。素材はそんなに違いはあれへん。衣に使う小麦粉とかの材料や配合が違うねん」ということらしい。

さて、私が新世界を案内するのであれば、ジャン横の有名店を覗き、いかにも大阪らしいTシャツとか作業服とかを激安で売ってる店を冷やかしつつ、通天閣の方向を目指す。途中、ものすごくレトロなゲームセンターもあるが、既に喉はビールを欲しているので「後で来よう」と言い残して先へと進むのである。

ある路地に小さな串カツ屋や立ち飲み屋が立ち並ぶ一角がある。
超有名店が常に行列を作っているのであるが、個人的にはその両サイドの店が大変好みである。
一方は月・火が休みのため、同じ日が休日である私は残念ながらシャッターを見る機会の方が多い。他方の、とてもファンキーなお兄ちゃん(?)やっている店は、味はいいと思うのだが、意外と空いていて有難い。
串カツ屋をハシゴをする際は、この店は最後と決めており、一軒勝負の際は直接ここにやってくる。

オリジナルメニューもあるその店で好みの串をオーダーし、鮮やかな手さばきを眺めながらビールを流し込む。すると狭い店内は徐々に混んでくる。客人からバラバラに出されるオーダーをきちんと記憶する店主の記憶力に感銘を受ける頃、私たちはそそくさと席を空ける。こういう店では長居は迷惑である。一人当たり千円ちょっとで幸せな気分となり、次の店へと向かえる。

しかし、新世界の店は12時開店7時閉店といった店が結構ある。
土日は分かるが、平日にそれはどうなのだろう?と疑問を呈してしまうのである。
観光客が情報無く気軽に入れるような店構えではないし、こうした店の主要顧客であるはずのサラリーマンが「仕事帰りに一杯」という時間には既に閉店しているのである。
ある店で「なんで店じまいがそんなに早いん?サラリーマンやったら来られへんよな」と聞いたところ、説教癖があるらしい店主は若干怒り口調でこうのたまったのである。
「あほか。そんな遅うまでやっとったら、俺らが飲みに行かれへんやろ。7時や8時に終わったらな、難波やったらまだ開いてるやんか。」
そういう街なのであろう。その言葉を聞いて、ものすごく納得してしまったのである。

さて、通天閣の下を通り過ぎる。
何度も来ているが、一度も登ったことがない。
今度こそは、と思うのだが、入場料を見て「これならビールが2杯飲める」と計算してしまう時点でダメだと思う。
意外と新世界は“昭和の喫茶店”が多く、あちこち目が付くのであるが、まだコーヒーには早い。
次なる目的地へと先を急ぐのである。

恵美須町から地下鉄に乗って、日本橋で乗り換える。

いや、最近、悪い連れが日本橋近くで“素敵な大衆酒場”を見つけたので、こちらに寄るのも一興である。
脂っこい口の中を新鮮で安い刺身やお惣菜でリセットするのもいい。とはいえ、威勢のいい大将にお勧めを聞いたりすると、もうここに居座ってしまいそうな心地よさを感じるので、やはりさっさと席を立つのがいい。下手をすると1人あたり千円もかからない。

さて、第二の目的地は鶴橋である。
日本最大と言われるコリアンタウンが控えるその街は、駅から既に焼肉のにおいで充満している。

駅の西側の狭い路地には、有名人のサインや写真が並べられた焼肉店が所狭しと並んでいる。中にはホルモン焼きの名店もあって興味をそそられるのであるが、実は私、こちら側の焼肉屋にはとんと縁が無い。
目指すは反対側、近鉄高架下の市場側である。近鉄に沿って広がる市場は、JRに近い側が韓国で、奥が日本の市場である。
その境界線は並んでいるものが違うので一目瞭然である。

この市場は観光地化されているものの、人一人がすれ違うのがやっとの狭さで、見上げれば所々破れたトタン屋根から日差しが漏れてくる。
これが大阪の都心に近い街の景色だと思えば嬉しくなってくるのである。

ある店で立ち止まり、軒先で焼いくれるトッポギやホルモン炒めをツマミに缶ビールで乾杯することとした。
韓国風海苔巻きやチャプチェなども大変魅力的であるが、先のある私たちは、あれこれと手を出してはいけない。ハシゴ酒は意外とストイックな遊びであることに気付かされる。

パワフルで元気なおばちゃん・おねえちゃんとあれこれと話し込む。
どこから来たの?鶴橋は何回目?と聞いてくれるのは始めだけで、徐々に彼女達の話が占領していく。仕事柄、つい、話を聞いてしまう癖のある私は、苦労話から自慢話まで、かなり押され気味になりつつも耳を傾け、相槌を打つ。
とはいえ、長居は無用である。ビール一本開けたら、まだ話し足りないおばちゃん達を残して席を立つ。

この辺は不思議で面白い店が多いので、ただ歩くだけでも全然飽きない。
時々、キムチ屋さんで“試食”させてもらいながらぶらぶらしていると、自然と腹もこなれてくるのである。

さて、ずんずん先へ進むと、街は明らかに日本じゃない雰囲気を漂わせてくる。
以前、仲間と入った韓国料理の店は、日本語があまり通じず、出入りするスタッフも学校から帰ってきた子ども達も皆が韓国語を話しており、「旅行に来たみたいだね」と実感したものである。

そして、昭和と異国の香りがするアーケード街を進むとますますディープな店が現れる。ここで、「日本にいながらにして、本場の韓国」を楽しむもよし、更にそこから10分から15分ほど歩いたところにある御幸通りへと向かい、観光客向けでないリアルな韓国市場を楽しむのも良い。

とはいえ、普通にこれだけ歩いたら相当疲れるはずである。
よってJRに乗って次なる目的地では、体のケアが第一項目となる。
電車は大阪駅の一つ手前、天満に着く。

ここは個人的に「天国」と思っている飲み屋街であり、時間と環境が許せば、ちょくちょく通っている場所でもある。
とにかく店は小さいが、安くて美味い店がわんさか狭い領域に並んでいるのである。

とはいえ、新世界・鶴橋とディープな世界を渡り歩いてきた体は少々ガタが来ている。
時間がたっぷりある場合は、天八の天然温泉へと足を向けたい。初めて行ったとき、まったく期待していなかったにもかかわらず、意外といいお湯で疲れがすーっと取れていったのである。そのときの連れ達も一様に驚き、また、感動し、そして、源泉風呂にみんなでずっと浸かっていたものである。

一方、時間があまりない場合は、天神橋筋商店街にずらっと並ぶマッサージ店のどこかにふらっと紛れ込めばいい。20分~30分も足裏を揉んでもらえばだいぶ復活できるだろう。
「お兄ちゃん、肝臓と胃と腸がだいぶ疲れてるね」と言われることも計算のうちである。

さて、天満だけでも7軒くらいは軽くハシゴできるのであるが、観光案内としては、そのときの腹ぐらいによって店をチョイスしたい。
例えば、賑やかな街を歩いてきて、少し落ち着いて呑みたい、という場合には、日本酒専門店がお勧めである。ここは大国町の有名な酒店の直営ゆえに、若いのに、ものすごい知識と舌を持つ大将が切り盛りしていて、一気に幸せな気分になれる。

しかし、まだ日本酒には早い、という場合は落ち着いた居酒屋でビールを傾けるのも良い。一見高級そうに見えて、実は庶民的な値段の店がここにはたくさんある。

また、串カツ・韓国と来て、日本食に行きたければ、ここは卸売市場の近くであり、新鮮な魚をそろえた店もたくさんある。中には魚への愛情のあまり、ビールすら魚臭がする店すらあるのである。しかし、その店の天ぷらは驚くほどの値段で、びっくりするサイズのものが食べられる。油物がまだ受け付けられる胃をお持ちの方にはお勧めである。

一方、思い切り方向転換したい場合にはワインなんてどうだろう?
天満には立ち飲みワインもあれば、屋台のようなワイン屋もあり、また、イタリアンの店もあるので、選び放題である。
体力が快復していれば、立ち飲みワインでさくっと舌を洋風に変えてしまうのもいいだろう。

そして、もうそろそろシメに入ろうか、という段階になれば、市場の近くゆえ、美味い寿司屋が所狭しと並んでいるのも天満の特長である。
狭い店で、高級なネタを頼んでも、一人当たり2000円を越えることは滅多に無い。
回転寿司と同じかそれ以下の値段で、ふつうに握りが食べられるわけだから、胃に無理やり余裕を作ってでも、押えておきたい場所である。

また、寿司よりも麺類を所望されるのであれば、呑んだ後にはぴったりのあっさりのラーメン屋に入ろう。酔いもすーっと消えて気分よく次の店へと行ける筈である。
とはいえ、朝からここまでの行程をこなしてきたとしたら、そろそろ帰りの新幹線があなたを待つ頃であろう。
電車ならば、天満から大阪駅乗換えで一駅だが、案外タクシーに乗っても近い。
千円ちょっと支払って車を降りれば、予約しておいた新幹線が待っているはずである。

大阪のほんの一部ではあるが、なかなか他では味わえない世界を噛み締めながら、次回を楽しみにしていただきたいのである。

さて、連れを改札で見送った後、案内人である私はどうしようかと思案に暮れるのである。
我らが本拠地、江坂まで地下鉄で行って、より馴染み深い街で飲みなおすもよし、家にキープしてある酒に合う肴を見繕ってタクシーに乗り込むもよし、酔いが回った頭で楽しい時間を選ぶこととしよう。

さて、完全に個人的な趣味の羅列となってしまった。
これを読んでくださった皆さんが、「時間の無駄だった」と思われないことを祈ります・・・。


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