「よき休日かな」



娘が小学生になって以来、滅多なことでは学校を休めなくなり、故に、土日祝が仕事である私とのすれ違い生活は、ますます増加の一途を辿っている。それに伴い、「娘を寂しくさせている」と勝手に思い込んでいる私の罪悪感もまた右肩上がりで、たまに休日が一緒になったりすると、「何かしてあげたい」というこれまた勝手な思いを抱いてしまうのである。

もちろん、賢明な読者の皆さんは「寂しいのは誰なのかなあ?」「何とかして欲しいのは本当は誰なのかなあ?」などと邪推しないと信じている。

だから、「もう、パパとは遊ばない。友だちの方がいい」という死の宣告を受けるまでは、できるだけ休日は一緒に過ごそうと、特に祝日は休みを取るようにしているのである。


先日は、古くからの友人であるN家、H家と大人3人、子ども5人で、キッザニア甲子園に行って来た。
ご存知で無い方のために簡単に説明すると、実在の企業が出展するパビリオンで子どもが職業体験ができるテーマパークである。
例えば、ANAのパビリオンではCAさんになって「チキンにしますか?ビーフにしますか?」とワゴンを押していったり、森永製菓のパビリオンでは自分の名前入りのハイチュウを作れたり、FM802では館内放送をDJとしてしゃべったりするし、警察官になってパトロールに出かけたり、消防車で消火活動に当たったりするのである。
一定時間お仕事をするとキッゾと呼ばれる報酬がもらえ、子供達はそれを三井住友銀行に貯金したりする。また、簡単な試験で運転免許が取れ、レンタカーを借りてコースを運転もできたりする。
すべて子供達だけのためにあり、親はパビリオンの外から眺めるだけであるが、要は「かわいいわが子のコスプレ」が楽しめるのである。なんせ、制服は本物のデザインが採用されているわけで、そのかわいい姿を納めるために館内はカメラやビデオを持った親達でごった返している。

ご他聞に漏れず、私はデジタルビデオカメラを回し、友人達も一眼レフなどを取り出して写真を撮りまくっていた。

わが子がかわいいのはもちろんであるが、3歳のH家のIくんの消防士姿は思わずサバ折りをしたくなるほどにかわいらしく、N家の娘とわが娘が揃うと、本物の姉妹のような雰囲気を醸し出して、ふだんより3倍かわいさが増す。

その日もたっぷり皆で遊び、パパの罪悪感は癒され、娘の寂しさも紛れたわけである。

また、過日は昼から娘の希望で回転寿司に連れて行った。そこは5皿食べると1回ゲームができ、当たりが出るとちっちゃな景品がもらえるシステムを採用している店である。
わが娘も寿司が食べたいというよりも、そのゲーム性に惹かれて「行きたい、行きたい」だだを捏ねることが多い。
その日は、ママが都合が悪く、父娘の2人体制で乗り込んだのであるが、如何せん、いい年こいたおっさんは、なんぼ一皿100円と言われても、早々は食べられない。
娘から「あと2つでゲームできる?がんばって食べてね」とか言われて、無理やり押し込むものの10皿ちょっとが限界であった。
もちろん、2,3回ではなかなか当たらないシステムなので、多少不機嫌になった娘を連れて家に帰ることとした。

とはいえ、パパと二人で念願の回転寿司に行けたことを終始喜んでおり、パパの罪悪感は癒され、娘の寂しさもだいぶ癒されたと思われる。

もちろん、家に帰れば、娘のママごとに付き合うこととなる。
様々な設定で即興劇を要求されるのであるが、なんぼ、アドリブを生業にしているとはいえ、急には3歳児の役は難しい。
最近学校の先生の影響で、我が娘はその説教がとても厳しく激しくなった。

時にわが娘は暴力女に変身することがあり、紐を振り回して「ヒロ君!だめでしょ!しっかりしなさい!」などと強く叫ばれると、将来、女王様を職業にするのではないかとの疑念がふと過ぎるのである。

しかし私は職業柄、数名の女王様を知っており、彼女達の性格や雰囲気を思うに、それもまあ、悪くないか・・・と思ってしまったりする。(この仕事をしていると、こと職業に関してはとことん寛容になってしまう傾向がある)

さて、ママゴトにも飽きてきた夕刻のこと。
外の雨も漸く上がったので娘を連れて、散歩兼買い物に出かけた。

私はたいてい毎朝1時間~2時間ほどのお散歩を日課としている。しかし、ただ歩くだけでは面白くないので、両手に1kgずつのウェイトを持って、ちょっとした筋トレ気分で歩いていたりする(「その割には効果が見られませんね・・・」という冷ややかな目は徹底的に無視して話を進める)。

娘と買い物兼散歩にでかけるということは、1kg×2のウェイトが、その日に限り18kgになるということである。しかも、そのウェイトはよく動き、よくしゃべる。

予想通り、最初の5分はご機嫌よく歩いてくれているのであるが、そのうち「歩道がこんなに狭いから一列縦隊しよう」と言い出した。
そして、くるっと私の方を振り返り、両手をやや万歳の状態に挙げ、ニッコリ笑うのである。

無言の要求である。

「ふだん娘を寂しくさせている」という罪悪感を大量かつ一方的に保持する父親は、つい抱っこに応えなければいけないとの義務感を持つのである。

先日、キッザニアで抱っこしたH家の息子やN家の下の娘は非常に軽かったのであるが、小学一年生ともなれば、それなりの重量がある。

最近少々筋肉がついたせいなのか意外に軽々と抱えられるのであるが、やはり盛んに動く18kgは重い。5分も歩かないうちに苦しくなり、「もう、終わり!」と一方的に交渉を打ち切って娘を下に下ろす。

しかし、こういうときは「自分で歩きなさい!」などと言っても無駄なのである。
一度、気を許せば、何度でも弱みに付け込むのが娘と言う生き物の習性である。

そこで、抱っこがダメなら、今度は、おんぶ、である。

「ねえ、パパ、そこに後ろ向きにしゃがんで」と、頼まれてるのか、命令されてるのか分からない口調で言われたら、「ダメ」という拒絶も3回までが限界である。もちろん、娘もその習性をよく理解し、「分かったよ」と音を上げるまで何度もしつこく要求を繰り返す。

その結果、娘の思うとおりに操られ、徒歩15分のジャスコまで、徒歩→抱っこ→おんぶ→徒歩→抱っこ→おんぶのローテーションでたどり着くこととなった。

とはいえ、心の中では密かに「いい筋トレになったん違う?」と悲しい言い訳を考えていたのも事実である。そう思えば、心なしかいい感じに筋肉が張っているのが感じられる。

私はスーパーという場所において、素直に必要なものを必要な量だけ買って帰るということができない人種である。多くの男性は頷いてくれるかと思うのであるが、ついあれもこれもとカゴに放り込み、レジで「あれ?」と疑問に思いながら支払いを済ませることも多いのである。

するとどうなるか?
帰り道、これまた重たいビニール袋をたいていは両手に抱えるのである。

普段ならば、それも良かろう。
しかし、娘と二人という場面ではそうはいかない。
パパに対しては徹底的にKYである娘は、パパが重たいビニール袋を提げていても「一列縦隊しよう。そうじゃないと帰れない・・・」と駄々を捏ねたりするのである。

さすがに父親の威厳において「そんなん無理やろっ!さっさと歩けボケっ!」と心の中で叫びつつ、手を引っ張って歩き出すこととした。
しかし、私には「寂しくさせている」という罪悪感と、「筋トレになる」という大義名分が付きまとうわけである。

ついつい、ビニール袋を持ちつつ、娘も抱っこするという愚挙に出てしまった。
とはいえ、さすがに数分で両腕は悲鳴を上げ始め、おんぶに変更してもらって、何とかやり過ごした。

家に着いたときには涼しい一日だったにもかかわらず、汗がびっしょりであった。
いい運動になった・・・と自分に何度も言い聞かせ、汗を流すべくシャワーを浴びたのである。

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