変な店=面白い店。



せめて月に1回くらいは身にもならない話をして、皆さんに気楽に楽しんでもらおうとか思って始めた連載も(そう、これは連載だったのだ)、3回目にしてネタは尽きた。

つくづく芸のない人間だと呆れるのであるだが、あまり楽しく語れる話題がない、というよりも、偏るのである。

娘ネタをリクエストされることも多い。そして、小学生になっても相変わらず笑わせてくれる存在ではある。が、改めて書くとなるとなかなかネタとして纏まらないのである。

よって、今日は私がお気に入りの店について書いてしまおうと思う。
ま、結局は酒の話になってしまうのは、下戸や甘党な皆さんには申し訳ないと思うが、「へえ、こんな店があるのか」という興味本位で読んでもらえると嬉しい。


私は出張先ではたいてい仲間と盃を交わしている話は先月も書いた。
しかし、よく通っている店は結構“変わっている”店ばかりであることに、やはり呑んでいる席で友人から指摘されて気付いたのである。

それは私が変わった人間だからなのか、あるいは、ふつうではない仕事をやっているからなのかわからないが、私が好んで足を向ける店は、到底ふつうではない要素が満載なようである。

その友人も結構飲み歩いているタイプで、彼が言うんだから、きっと変わっているんだろうと思い、今日はそんな話をさせてもらおうと思った。

きっと外食好きな皆さん、グルメな皆さんはこういう店をきっといくつかお持ちだと思う。「同じ!同じ!」と溜飲を下げていただければ嬉しい。

かつて、常連と化していたカフェ・バーでは、午前2時、3時になり小腹が空いてくると、「マスター、ラーメン食べに行ってくるわ」と店を出て、すぐ近くにあるうまい博多ラーメン屋に並んだりしていた。
そして、3,4人の仲間とテーブル席に案内されたとき、ふとカウンターを見ると、マスターが一足先にラーメンをすすっていたりする。
「すいません。一人なんで先に入れてもらっちゃった」と替え玉を注文しながら無邪気に笑っていたりする。
その間、店はどうなっているかというと、我々の仲間の残党か、もしくは、別の常連さんが、マスター不在の言い訳をしながら帰りを待っているのである。

また、最近通い詰めている、あるバーでは「ねむねむさん、今度は6月の始めに出張でいらっしゃるんですよね?」とすっかりスケジュールを押さえられており、故に、その店に通うのは義務になりつつある。
因みに、実は一度も自分の名前を、ましてや、ニックネームを伝えた記憶はないから、不思議ではある。

その店はバーにしては珍しく日曜日にも営業しているせいか、隠れ家的雰囲気なのに混みあっていることも少なくない。そういう時に7,8人の仲間と押しかけたときなどは「すいません、今日はお待たせすると思いますので」とスパークリングワインをボトルで供してくれたりする。もちろん、サービスである。

もちろん、この店でも中座はOKで、小腹が空いたときなどは仲間の誰かがラーメンなどをすすりに出かけていたりする。さすがにマスターがラーメンを食いに行く姿はまだ見たことないのだが、しかし、1Fに群生しているというフレッシュミントを摘みに店を出て行く姿は何度も目撃している。
その間、残された客はやはり会話などに興じながら帰りを待っているのである。

さらには、友人の紹介で毎月のように通っている店では、うまい料理の割に、料金が非常にアバウトである。
お酒はビールでも日本酒でも500円。ビールなら中瓶1本、日本酒なら1合。
ビールはアサヒのスーパードライでも、サントリーのプレミアムモルツでも、キリンのハートランドでも同じ値段。きっと店主は原価を計算するという意志はないものと思われる。

料理は1000円、2000円、3000円のコースのみで、利益は出てるの?といらん心配をさせるような素材で料理を振舞ってくれるのである。

そして、お腹がいっぱいで死にそうになり、また、酒もたらふく回って記憶も飛ぶ頃に清算すると、一人3000円、とか言われたりする。
「え?それじゃ、計算合わないでしょ?」と言うと「じゃ、3500円」。客なのに非常に気を使うのである。
繁華街でもなんでもない場所にあり、まったくの居抜きの作りをした店で、前の経営者が残していった魚拓もリールもそのまま飾られる中、気さくな店主は信じられないくらい美味い料理を作ってくれるのである。

私は職人が好きで、その道を極めた人を無条件に憧れてしまう性質を持つのであるが、そんな私をこよなく満足させてくれる店もある。
やはり友人が紹介してくれたのであるが、最近、その店に行くと、我々がオーダーするのは「ビール」と「お酒を冷やで」のみである。
後は勝手にお任せとなり、旬のものをあの手この手で食わせてくれる。
私はその店で、蕎麦の美味さを知り、鴨の奥深さを知り、山菜や海老の香りを知り、出汁(返し)の本当の味を知った。故に、他の店では蕎麦を食えなくなってしまったのだが、それでも構わず通い続けている。

先日は奥で蕎麦打ちを見せていただいた。何もないところからあっという間に蕎麦が生まれていく様子に、これは魔法使いだ、と本当に思った。

この4店が今のところ、私のツボである。
4店しかない、と言うべきか、4店もある、というべきか迷うところであるが、いずれも無くなっては困る、私の大切な店である。
5店目になりそうな料理人も既に見つけているので、いずれ、紹介できる日が来るかもしれない。

彼らは料理や酒に対するこだわりはもちろんであるが、共通しているのは、人生を本当に楽しんでいるところである。
年齢も様々だけど、その仕事に誇りを持つと同時に、喜びを決して忘れていない。
だから、その店では、料理や酒だけでなく、楽しみ、喜び、嬉しさ、驚き、感動、笑いをたくさんもらえるのである。
これが出張族でハードワーカーな私の心を満たしてくれるのかもしれない。

そして、同時に、私が今、すべきこと、学ぶべきことが分かってくる。
こんな風に生きたいなあ・・・
こういう場を作りたいなあ・・・
こんな風に仕事をしたいなあ・・・
と思ってしまうのである。
そして、その感動を補充しに、また通ってしまうのである。

そんな感動を分け与えられる職人になりたいなあ、と思う今日この頃なのである。

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