酒、という遊び。



今日は非常に個人的な趣味の話を一つしたいと思う。心理学的、あるいは、カウンセリング的にはおそらくほとんど役に立たないだろうと思われる上に、非常にマニアックな話であることを予めお断りしておきたい。

先日、福岡に出張したときのこと。
仲間とうまい鍋を突いた帰り、ふと魅惑的な店が目に留まった。一度は通り過ぎたが、やっぱり気にかかる。絶対にいい店だと直感が告げていた。

「今日はハシゴしようか」

そんな悪い誘惑を連れに投げかけて、店の扉を開けた。
そこはカフェではなく、純粋なバーであった。


実は私、昔からバーが好きで、学生時代も少ないお小遣いをやりくりしながらあれこれと通っていたりしたのである。
社会人になり、東京に出張するようになってからは、ストレス解消と気分転換を名目に毎日のように通い、当時はまっていたモルトウィスキーにとことんのめりこんでいたりもした。
しかし、その後、ある事情からそうした店や酒から足が遠ざっていた。

故に、このバーの空気を吸い込んだとき、久々に血が沸きあがるのを感じた。
経験を積んだ方には当然かと思われるが、初めて入るバーでは、席に着くまでにバックバーに目をやるのが習慣になる。そこに並んだ酒を見れば、だいたいその店がどんな趣味なのかが分かるからである。

本気で酒が好きでやっていたり、お客さんに喜んで欲しいと思っているバーでは、非常なこだわりがあって、それはバックバーにも当然現れる。少なくても、私のような素人が見て「おっ」と思わせるボトルなり、グラスなりが並んでいなければおかしい。

そして、今回偶然見つけた店は、酒が飲める店だな、と思った。

メニューをもらって驚いた。モルトがずらっと並んだ一覧の下の方に「ハイランドパーク18年」と書いてある。

思わず笑みがこぼれた。嬉しくて。

ハイランドパークは私がもっとも好きなシングルモルトであり、置いていない店も少なくない。仮にあったとしても12年がふつうで、それ以外ではめちゃくちゃ高いビンテージものにたまにお目にかかれるくらいである。

だから、マスターに「ハイランドパークの18年を置くって、すごいですね」と話しかけると、「ふつうは12年ですよね。でも、ふつうでは面白くないので、私のこだわりで置いているんです。お出ししましょうか?」と。

ハイランドパーク18年後日頂いたハイランドパーク18年

Yesと即答したいところをグッと堪える。ショットが1500円と高かったこともあるが、この店のマスターとは何となく趣味が合いそうだな、と思ったからである。
実は先ほどからかかっているBGMはDAISHI DANCEという私のお気に入りのグループのもので、店の作りも、また、酒の並びも好きな感じで満たされていた。

今日はハシゴ酒である。1店1ショットがルールならば、やはりそんなマスターのチョイスを期待してみたい。

「私は山崎が好きなんですよ。日本のモルトも決して捨てはおけないと思います」

そして、「これはどうですか?」とお勧めしてくれたのは、その山崎のシェリー樽で熟成された限定品。もう市場には出回っていないものらしく、「今の私の、一番のお気に入りなんです。いかがですか?」

断る理由は何もない。「トゥワイスアップで」と伝えると、彼は「かしこまりました」と冷えていないミネラルウォーターをさっと取り出した。

素晴らしい。

私の拙い知識は各地のバーテンさんからカウンター越しに得たものがほとんどなのだが、ウィスキーの一番美味しい飲み方が、このトゥワイスアップだという。
モルトと水を1対1で割る。そうすると本来40~45度程度の強い酒が20度ちょっとのまろやかな口当たりに変わる。また、その水は常温のミネラルウォーターがいいという。なぜかというと、モルトの香りが一番楽しめる温度だからだそうだ。

それをかつて、名古屋のバーで教えてもらい、その後東京のバーで確認して以来、ずっとその飲み方を貫いている。

しかし、流派なのか知らないが、この飲み方を知らないバーテンも多く、また、冷たいミネラルウォーターで割る人も少なくないのである。

だから、この日のマスターは素晴らしいとひたすら感動の嵐であった。

そんな気の合うマスターが出す酒に間違いはない。その山崎のシェリー樽で熟成されたモルトはやわらかく繊細で、すーっと喉を通って消えていった。鼻に残る香りもまたほのかな甘さがあって、儚いような感覚すらした。
あまりに健気に消えていくので、すぐにグラスを口に運んでしまう。思わず、これではすぐに飲み干してしまう、とカウンターに杯を戻す。

確かに日本人として生まれた以上、その土地で作られたモルトがまずいわけはない。
クセがなく、まろやかで飲みやすいのもまた日本製らしい。

とても旨い。これならば軽く4、5杯はいけてしまうし、モルト初心者の女の子にも喜ばれる味ではないかと思われた。度数が強い上にまろやかなのは、女の子をその気にさせるには申し分ないはずである。

そう思っていたら、隣にいた連れが「一口下さいよ」と手を伸ばしてきた。こいつを酔わせても単に話が面白くなるだけなので、代わりに奴が飲んでいるカリラを頂戴することにした。ピートの強い香りが鼻をついて、これもまた懐かしい気持ちにさせられた。

実は我が家には昔、いくつかのボトルがキープされていて、同じアイラのラガヴーリンやアードベッグを味わっていたのである。

さて、名残惜しいがむしろ1杯のみの方が切りはいい。だらだらと飲むのも楽しいが、スパッと河岸を変えるのもいい。

次はどこに向かおうかと歩き出すと、また怪しげな看板を見つけてしまう。
バーの名前だけ書かれていて、メニューも、写真も何も無い。
明らかに客を選ぶタイプの店で、酔っていた勢いもあってマンションの1室にある、その店をドアを開けてしまった。

ついているときは、とことんついているものである。
この日、我々は2軒目の宝物を見つけたのである。

客は誰もいない。そりゃあ、あの看板を見て入ってくる物好きはそうはいないはずだろう。しかも、街中とはいえ、少し外れであり、周りにはライバル店もひしめいている激戦区である。

「好きな方にだけ来て頂ければと思って」とマスターは言う。山形出身で、前の東京の店でオーナー氏と知り合い、この4月に福岡にやってきたばかりらしい。

カウンターに着くと、目の前に変わったビールサーバがある。「東京ブラック」という札があり、月と相撲取りの絵が描いてある。
何でも長野のビール会社が作った黒ビールで、海外でも売れるようにこの名前を冠したのでは?とのこと。そのドラフトをいただけるとのことで、すっかりモルトを求めていた気はくじけた。
黒ビールはあまり得意ではない私だが、やはり、これだけ貴重なものを見せられたらつい頼んでしまう。ハーフパイントだけ頂くことにした。

東京ブラック東京ブラック(ハーフ)

まろやかな、甘みのある風味に、黒ビール独特のコクが心地よい感じ。
きっと好きな人にはたまらなく旨いであろうと思われる。

しかし、やはり「ふつうのものを置くのは面白くないですから」というマスター。
1杯で席を立つことなどできず、どんな酒を出しててくれるのか、わくわくしながら「何かお勧めは?」と聞いてみる。

モルトならば、と出してくれたのがIchiro’s Malt。初耳である。初見である。
このマスターも「日本のモルトは素晴らしい」という思いの持ち主であり、中でも埼玉の秩父や羽生で醸造された、このモルトは今お勧めなんだという。

この名前を見れば、あのマリナーズのイチロー選手との関係を想像してしまうのだが、まったくの無関係で、蒸留所のオーナーの名前だそうである。
どちらにせよ、有難い誤解のお陰でヒットしそうな予感もする。

さて、4種類もあるこのIchiro’s Malt。私のチョイスは“古いお酒と新しいお酒をブレンドしたモルト”。これまた、非常に味わい深い味で、すーっと喉を通って体中に染み渡っていくのが快感である。

イチローズモルトIchiro’s Malt

私、諸般の事情で滅多にモルトを口にすることはなくなったのだが、我慢しきれずにたまに口に含むと、なんだか生き返ったような気持ちになる。
何となく体が喜んでいるような気がしてしまうのである。

今回はまさにそんな感じ。生きてて良かった、は大げさにしても、自然と笑いのこみ上げる素晴らしい味を頂けた。

さて、このマスター、実はモルトにも興味は深いが、好きなのはリキュール類とのことで、お勧めの酒を聞いてみた。
すると、ぽんと出してくれたのがとあるラム。ペール・ラバ

「このラムは面白いんですよ」と教えてくれたのがほんまか嘘か、にわかには信じられない話であった。

「何でも、この蒸留所ではとっても原始的な方法でこのラムが作られているらしいんです。というのも、ラムを熟成させているタンクの脇を通る際に、そこの従業員が素手を突っ込んでかき混ぜたり、時折、そのまま味見をして通り過ぎていくらしいのです。しかも、瓶詰めする際は加水するわけですが、その水というのがボロボロのタンクに入った雨水だそうで、『大丈夫なんですか?』って聞けば、その従業員は『ちゃんとゴミは取り除いているから大丈夫じゃ』と平気で答えるそうなんです。しかも、この蒸留所。今ではメジャーな会社に買収されてしまって、今ではそんな作り方してないみたいなんです。だから、市場に出回っているものが無くなれば、この世から消えてなくなるラムなんです」

手でかきまぜる・・・
雨水で加水・・・

素敵過ぎますね。衛生的には大丈夫なんだろか?そもそもアルコール殺菌ということなのか?などとの妄想を抱きつつ、はい、どうぞ、と一杯出してくれるマスター。

わくわくしつつ、口に含むと・・・これがまた、非常に味わい深い逸品で、59度のラムがガツンと喉に響くかと思えば、次に甘くまろやかな風味を残して喉の奥に消えていき、鼻へは薬草のようなすがすがしい香りがすーっと抜けていくのである。

これはヤバイ。クセになる。また、話の種にもなる。

うきうきしながら杯を傾けつつ、しかし、このマスターもなんてマニアックなんだ、と感心してしまう。

自分が好きなものを、さらにそれ以上極めている人に出会えるのは幸せである。
私にとって酒は静かに、味わいながら飲むもので、そこでの話題も、酒の話に限定する。そうして雑多な日常から切り離された空間に身を沈めるのである。

だから、バーのカウンターで仕事の話は、例え好きで楽しい話でもしたくはない。友達との積もる話があったとしても、とりあえずは避けて通りたい。

そうして、バーのカウンターを非日常空間に仕上げることができれば、自然と普段のストレスもすーっと消えていくのである。

これが欲しくてバーに通っていたのか、と改めて思い出された。

なんせ、私は今日、バーを巡りながら、ほとんど酒の話しかしていない。しかも、連れを巻き込んでマスターと酒の話題に終始している。
その開放感たるや、やはりこのために生きているのか、と思わせるものである。

なんだか心に火が付いてしまった様である。
体に気をつけつつ(すなわち、前の失敗を繰り返さないように)、面白い店に、酒に、また出会いたいと思った。

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