容姿コンプレックスを乗り越えるには?~愛を選べる人になる~

コンプレックスとか自己嫌悪が強いと、ついつい自意識過剰になってしまいます。
そうすると愛を与えられないばかりか、受け取ることもできなくなってしまうんです。
痛みを越えて愛を与える、という意識を持つことが効果的ですね。

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もしネタになったらでよいのでよろしくお願いいたします。

バカみたいな悩みなのですが聞いていただけると幸いです。

保育園の時に両思いの男の子がいました。凄く好かれていて幸せでした。

しかし新しく女の子が転入してきたのですが、その子がヒラヒラしたお姫様みたいなかわいらしい格好で、髪もロングヘアで可愛いアクセをつけて痩せていて、まさにお姫様みたいな女の子でした。

するとその好きな男の子がその子をみて「可愛い」と言ったのです。
その後何も変わらず前みたいに私を好いてくれていたのですが、その時の私はおかっぱで癖毛、兄のおさがりの服、そしてポッチャリ…自分が恥ずかしくなりました。
そして男の子は「ああいう女の子が好きなんだ…」とコンプレックスが始り、その後の恋愛歴は好きになる男の子は皆、痩せていてロングヘアのヒラヒラ服装の女の子を彼女にもった人、片思いしてる人ばかりなんです。

私はその後ダイエットしたりロングヘアにしたらモテたり好意をもたれたりしたので、太ったり、本当は短い髪が好きなのに…本来の自分に戻ると好きな人に振り向いてもらえないのが怖いです。
容姿コンプレックスから思い込みなど、解放されるにはどうしたらよいでしょうか?
(Aさん)
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容姿コンプレックスってのは案外バカにならぬものでして、周りからきれいだのかわいいだのかっこいいだの言われても、本人が「ちがうーーーー!!!!!!」て思っていたら、やっぱりそうじゃないんですよね。

先日のリトリートセミナーでも誰もが認める美人な武闘派女子に「きれいだよね~」って言ったら高速首振り振りにて拒否されまして、何度か言ったらきーっと睨まれたわけです。うん。そういうプレイ、決して嫌いじゃないですぅ~。

そういう「外的評価」と「自己評価」のギャップが地雷を踏んだり、いじめられたり、孤立したり、浮いちゃったり、という状態を作るんです。

でも、やっぱり自分ではどうしてもそう思えない、という現実があるわけで、そこで葛藤を繰り返すことになります。

それにやっぱり見た目も重要ですしねー。
ただ、その見た目というのも自分をちゃんときれいに(かわいく)しておく、とか、清潔にしておく、とか、そういう点で、ですけどねー。

さて、Aさんのお話で一番重要なポイントはどこか?というと、、

>バカみたいな悩みなのですが聞いていただけると幸いです。

ここです。

カウンセラーの根本くんが現場でAさんのこのお話を聞いたら、後の容姿コンプレックスの話は鼻くそほじりながら聞き流しちゃう可能性があるくらい重要な一言です。

もし、この思いがあると、容姿コンプレックスが解消されたとしても、Aさんが悩みから解放されることは難しいと思っちゃうんです。

容姿が大丈夫になったら次は「仕事」とか「恋愛うまくいかねー」とか「お金」とか「学歴」とか・・・まあ、何かを見つけて来る可能性が高いでしょう。

Aさんもこの文章はそんなに深い思いを込めて書いたわけじゃないと思うんです。
保育園の時の話を未だに引きずってる話をするなんて恥ずかしいなあ、みたいな感じで、それで照れ隠しとか、自分でもどうしようもねえなあ、と思っていて、「バカみたいな悩み」という言葉を使われたんだと思います。

だから、いきなり根本先生にそこをツッコまれて「へっ?え?あ?そこ?」ってなってると思います。

でも、重要なんですよね。。。

「保育園の頃からずっと引きずってる悩みがあって、お恥ずかしいんですけど、それが容姿に関するコンプレックスで、未だに影響が大きいんです。何とかしたいんですけど・・・」

とはAさん言えないわけです。本音はこっちだと思うんですけど。

でも、ほんと保育園のときの体験を大人になった今も引きずってるとしたら、それって一大事だと思うんですよね。
その時の思いが強烈に残ってるわけですから、それだけインパクトが大きいわけです。すなわち、それくらいその男子が犯した罪は大きいわけです。死刑ですよね?(笑)

皆さん、保育園や幼稚園の頃で未だに覚えてることってどれくらいあります?
よほど印象に残ったできごとだけだと思うのですよね。

だから、それ、バカにするもんじゃなくて、それくらい「事件です!先生!大事件です!」ってお茶屋に駆け込んでくるくらいのできごとなのですよ。

で、そういう風に言っちゃうってことは、どれくらいAさんが自分のことをバカにしてる、嫌ってる、嫌悪してるってことを表してるんですね。

ね、たった1行の揚げ足取りでここまで引っ張る根本くんってよっぽど根暗だと思いません?うじうじ、ねちねちしてると思いません?

今、この文章読んで頷いた人、処刑ね。うん。処刑。

だから、問題はAさんが自分のことを結構嫌ってますね、というところが本題なんです。

その上に「容姿コンプレックス」が乗っかってるんですね。
だから、容姿コンプレックスを除けたとしても、土台にある自己嫌悪が解消されていなければ、別のコンプレックスを持ってきて乗っけてしまいます。

だから、どう自分を愛してあげるのか?自分を認めてあげるのか?というのが課題なのですね。

で、実はこの話は美しいほどに容姿コンプレックスの解消法にも繋がっていくんですよ。自分で美しいって書いちゃうところが根本くんのいいところですね。自分でハードル上げてますから。

でね、その保育園の男子が犯した罪によってAさんはある思い込みを手に入れるわけですね。

「男の子は皆、痩せていてロングヘアのヒラヒラ服装の女の子が好き」。
この裏側には「そうじゃない私は男の子に好かれない」という思いが含まれますね。

で、そういう思い込みはいわゆる「ルール」となっていきます。
だから、Aさんはそういう女の子が好きな男の子しか目に入らなくなります。

「痩せていてロングヘアのヒラヒラ服装の女の子が好きな男の子」だけを「男の子認定」するようになり、それ以外の男子をすべてゴミだと思うようになります。

そして、その自分が作ったルールの正しさを証明していくんです。
「ほらね、男の子はああいう女の子が好きなのよ!」って。

そこで「でも、そうじゃない男の子もいるよ」って言われても、「それはカスでゴミなのよ。男の子じゃないのよ」という風に答えちゃうわけです。

私のブログの読者はなぜかダメンズ好きが大量発生してるんですが、彼女たちの行動をよく観察していると、ダメンズ以外の男性には男を感じず、ダメンズにのみ男を感じるアンテナを装備されてるみたいなんですね。

つまり、好きになった人がダメンズ、ではなく、ダメンズしか好きにならないシステムを内蔵してるんです!!すげー!!

だから、ランチセミナーとか懇親会とかで「10人男並べてさ、その中に一人ダメンズを紛れ込ませてもそれ見抜く自信あるでしょ?」って聞くと、集う女子たちが声を揃えて「めっちゃー分かるー!すげー分かる!!そうそう!!そうなのよー!!」ってギャーギャーうるさいわけです。

つまり、私たちは自分が作ったルールにのっとって世界を創り出してるわけですね。

だから、Aさんはそのルールの正しさを証明するために、「ぽっちゃり、ショートヘアの私はモテない」という現実と、「痩せてロングヘアにするとモテる」という現実を作り出してしまうのです。

まずはこのカラクリに気付く必要があります。

それは思い込みなんだ、ということ、そして、自分がそういう人を見つけて来てるんだ、ということ。
さらに、それに「容姿コンプレックス」という名前を付けている、ということ。

で、容姿に限らずコンプレックスの解消には一つ大切なポイントがあるんです。

一言で言うと「大人になる」ということなんですが、言い方を変えると「愛されることよりも、愛することに興味を持つ」ということです。

容姿を気にする、ということは、相手の視線を気にします。
それは「愛されるかどうか?」という点に注目するのと同じです。

こういう服を着たら可愛いって言ってくれるかな?
こういう髪型にしたら可愛く見えるかな?
こういう体型になったら愛されるかな?

という風に、「相手から愛される、好かれる」ということにばかり興味を持ってしまうんです。

そして、長年この意識を持っていると自分を見る目がとても厳しくなるので、服にしても髪型にしても非常に細かい設定を付けることも少なくありません。

いわゆる「自意識過剰」という状態に陥ってしまうんです。

そして、もちろん、そういう状態だと「愛すること」もできませんが、その一方で「愛を受け取ること」もできなくなります。

自意識過剰のときって自分のことしか見えてませんから、相手が愛情を与えてくれたとしても、気付かなかったり、えり好みしてしまったり、とかく、自分の都合で判断しやすくなるんです。

相手なりの愛情に気付けないんですね。
自分が求める愛し方しか反応できなくなるんです。

もちろん、こういうのは10代のような成長期には自然なことで、別に変なことでも何でもありません。
思春期は特に体も心も急激に変化しますから自意識過剰になるのが当たり前ですからね。

でも、成長段階から成熟段階になる20代以降は意識を変えて行く必要があるんです。

それは容姿でいえば一通りの成長も終え「装備が揃った」わけですから、後は、その与えられた装備を磨いたりしつつ、与えて行く、という姿勢が求められるわけです。

つまり「愛を与える」「愛を受け取る」というステージに入るわけです。

思春期はもれなく完璧主義になりますが、大人になれば完璧なものなどはないことが分かりますから、不完全な自分を受け入れて生きて行く必要が出てきます。

そうすると不完全な私だけど、与えられるもの、に価値を見出していきますし、不完全な者同士の恋愛だからこそ、相手なりの愛をちゃんと見極めて受け取ることも大事だし、不完全さゆえに「許し」が大切になってくるわけです。

だから、コンプレックスはあるけれど、容姿に自信はないけれど、でも、そんな今の自分が与えられるものに意識を向けること、そこに価値を見ることが今のAさんには大切なことなのです。

ダメなところばかり見ていると、いいところなんて全然ないような気がします。

ま、そりゃそうですよね。ダメなところばかり見てるんですから(もちろん、そのダメなところも自己判断なわけですけどね)。

もちろん、今までも愛を与えよう、受け取ろうと散々されてきたと思いますけど、容姿コンプレックスがいい感じに言い訳を与えてしまうところがあるんです。

愛の表現にこういう言葉があります。

「自分の痛みと相手への愛とどちらが大事ですか?」

そこから、こういう表現になるんです。

「自分の痛みよりも、相手のこと、二人の関係を大切にしませんか」

そういう意識を持てるようになると、その痛みを越えて愛を与えられるようになります。

自分が与えられる素晴らしいものに目を向けましょう。
自分の愛にもっと価値を見ましょう。

というお話です。

さて、Aさんが女性として男性に与えられる素晴らしいものをとりあえず100個くらい見つけて見てください。

「ない」ものよりも「ある」ものに目を向ける方が人生は豊かになりますね!

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