(ご報告)号泣しながら、やっと「私は生きてていいんだ」と少し思い、自分を許せた気がしました。


素晴らしい!!!ほんとそれだけ。ほんとうにすばらしいチャレンジをされましたね。


根本先生へ

先日は「母を許す、ということ。」で、取り上げて頂いてありがとうございました。
一年以上前から書き始めた母以外の人へのものも含むお恨み帳、書籍を通しての母への理解、感謝の手紙も書いて二ヶ月ほどアファメーションもしてみましたが、まだまだどこかもやもやしたものが残っていました。

憎いものは憎いし、許せないものは許せないし許さない。
でももう、母軸のまま生きていくのは嫌だし楽になりたい普通の穏やかな人生歩みたいと思い、特攻してきました。

父に会うため十年ぶりに私の誕生日に実家へ行き、珍しく母と二人になりました(いつもは家族が私と母の間に入ります)。
許さないし許すつもりもないこと、昔言われたように母親だとも娘だとも思っていないこと、お互いいい歳した大人で他人だということ、これまで私が母に援助を求めなかった(求められなかった)ように、一切援助などするつもりはないこと。
それらを伝えた上で『産んでもらったことには感謝している』と言えました。
口論になりそうな瞬間も冷静に私が感じていることを伝え、母も泣き出したり感情を顕にせず聞いていました。虐待についてはただ「ごめん」と。

迷いましたが、家族と父母からのお祝いも受け取りました。
両親・家族からの愛情を、初めて受け容れたのかもしれません。
目すら合わせずほぼ無視、口論になれば痛いところを突きまくる私に声をかけた母に、勇気と愛情も感じました。
帰り道で号泣してからずっと、先生に手紙を書いている今もぼろぼろ涙が出てきます。

「母を許したとして関係性は変わらない」「大人の女同士の付き合いに変わっていく」「許しはそれほどハードルの高いことではない」先生の言葉やセミナーで出会った人たちのおかげもあって、勇気が出たのだと思います。

号泣しながら、やっと「私は生きてていいんだ」と少し思い、自分を許せた気がしました。

またセミナーなど、参加させて頂けるのを楽しみにしています。
長文にお付き合い頂き、ありがとうございます。


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