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ベストを尽くすと離婚そのものを前向きに捉えられるようになるのですが、それでも人間同士のことですから、後悔や罪悪感が多少なりとも出てきてしまうものです。
ただ、そこに引っ張られると未来がどんどん暗くなってしまいますから、やはり今の自分の気持ちを整理し、どう前向きに離婚を捉えていくかがとても大事なことだと思うのです。
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夫との離婚問題が発生した約3年前から、根本先生には過去の記事、リトリートセミナー、個人カウンセリング等で本当にお世話になりました。先日、無事に離婚届を提出しました。根本先生のおかげで折れずにここまで来られたように思います。本当にありがとうございました。
本日は根本先生への感謝をお伝えしたく、また離婚後にやっておくべきことについてお聞きしたくご連絡いたしました。
悩みに悩んだ末、私も夫も自分らしく幸せに生きていくには夫婦の形は難しいと思い至り、離婚をすることに決めました。かなり時間をかけて気持ちやこれからの生活の整理を行い進めてきたので、離婚後はホッとしたようなスッキリしたような気持ちになりました。離婚を通してたくさんのことを得られたと思っています。自分の不甲斐なさを知ったこと、自分に向き合い自分の幸せを考え自分でこのような選択ができたこと、一番辛い時期を折れずに乗り越えられたこと、支えてくれたし離婚という選択をした時に一度も責めなかった両親、義両親、友人の存在と感謝の気持ち、そして何より、本当に大好きだった人と結婚ができて妊娠出産子育てが経験できたこと、離婚も含めてこの経験はわたしの人生でとても大切な出来事です。リボンをつけて心の中にしまっておきたい気持ちです。
一方で、夫への罪悪感(幸せにできなかった、傷つけた)、両親を悲しませてしまったこと、夫の両親も悲しませてしまったこと(号泣されてしまいました)、大好きだった人を大切にできなくなってしまった自分の気持ちの変化への悲しみ、愛し合っていても人間関係が壊れてしまうことがあるという不条理さ(夫が、というより人間という生き物への悲しみ、、)などなど、ネガティブな感情もまたまだ存在しています。(不思議と子どもへの罪悪感は感じていません。一緒にもっと幸せになろうね、という感じがあります。夫婦じゃないけどパパはパパで変わらないからということかもしれません。)
わたしはこれから、自分を大切にしながら幸せに生きていきたいと思っています。
この離婚での感情をしっかりと受け止めて、自分の中で解消して、大切にしながら今後生きていくために、今しておくべきことはなんでしょうか?
(Aさん)
とりあえず、盛大なる「卒婚式」を執り行いましょうか。
おひとりでやってもいいですし、お子さんたちとでもかまいません。
人生のひとつの区切りとして考えてみるのはお勧めです。
・・・しかし、「卒婚」と打とうとしますとわがパソコンは「卒コン」との文字を表しまして、ちょっと複雑な気持ちになるんですけど。(苦笑)
私自身、「区切りの儀式」ってのはとても大事なもんだ、と考えています。
結婚式もできればした方がいいし、式を挙げないならせめてウェディングフォトは撮った方が良いと思います。お葬式も四十九日の法要も大事なことだと思いますし、お食い初めとかお宮参りとか七五三も大事な儀式だと思うんです。
そういう目に見える、分かりやすい形をとることで、気持ちが整いやすくなるからです。
だから卒婚式ってあんまり一般的じゃないけれど、自分の気持ちに区切りをつけるために何かしらやったほうがいいのでは?と思うんです。
同様に「離職式」とか「転職祝い」とかもね。
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さて、ほんと上手に離婚されましたね。お見事です。何て言っていいか言葉が見つからないのですけれど、ほんとうに素晴らしいチャレンジでした。
まさに「卒婚」だと思います。
ということで、思い出してみましょう。
今までAさんも様々な卒業式を体験されたかと思います。生徒としてはもちろん、お子さんの卒業式に参列したこともあるかもしれません。
そのとき「心残り」になったことって何かありましたか?
もしあったなら、それはその後、どのように解消されていったでしょうか。
「別れ」というのは“無傷”では済まないものでして、仮に喧嘩別れであったとしても後々何らの後悔を伴うものですし、上手に気持ちと身辺を整理されての離婚だったとしても「思い残し」はあるものです。
高校時代、めちゃくちゃ楽しくて卒業するのがすごく辛かったとしても、今はそれが良い思い出になって残っているでしょう。
そして、やり残したことがあるならば、それは「未来」に向けた希望に変えられるものです。
「大学に行ったら今度はこういう風にやってみよう」
「社会に出たらこういう風に生きてみよう」
Aさんが今感じられている罪悪感や不条理さは「未来」に向けた課題として捉えてみるのはいかがでしょうか?
今回の離婚(卒婚)についても「やれることはすべてやりました。ベストを尽くしました。」という風に理解してみてください。
100点満点だった、と。
それでもネガティブな感情が残るのはごくごく自然なことだ、と。
その上で「次に向けての課題」というのを整理していけばいきましょう。
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まず、「夫への罪悪感」という気持ちについて少し深掘りしていきましょう。
「幸せにできなかった、傷つけた」という気持ちが残っていることはどう解釈することができるでしょう。
ある角度から見ればそうなんですけど、別の角度から見ることはできないでしょうか。
例えば「それは十分愛していたからこその痛み」という風に理解できます。
「自分なりに頑張って愛したけれど、こういう結果にならざるを得なかった」と言い換えてもいいでしょう。
そこでも自分の愛が足りなかった、力がなかった、という風に見ることもできますし、また、まだまだ成長の余地がある、まだまだ与えられることがある、ということの“学び”として受け止めることもできます。
さらに、「それってお互い様なのでは?」という見方もできます。
“自分も夫を幸せにできなかったけど、夫も同じことだ”という風に解釈すれば「喧嘩両成敗」で「ノーサイド」という解釈もできます。
さらに「人間だもの」という相田みつを先生の書を思い出してみてもいいかもしれません。笑
お互いに不完全な人間同士、気持ちはあってもうまくできないことは当然あるよね、ということ。
そう考えれば、今回の離婚も未来に向けた前向きな“コンビ解消”という風に捉えられるのではないでしょうか?
つまり、離婚というのが今のお互いにとってベストな選択だった、と。
だから、その罪悪感は感じなくてもいいもの、であり、次のパートナーシップへの残された課題、という風に受け止めることがお勧めなのです。
つまり、「完璧ではないけれどベストなことを自分は(夫も?)やってきた」という風に受け止めてみてください。
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ただ、その罪悪感があまりに大きいとなると、「抱え込み症候群とか得意?」とか「過保護・過干渉って好き?」と質問してみたくもなります。
領空を侵犯しちゃって「夫の問題もわたしの問題」みたいに抱え込んじゃったり、境界線があいまいで「転ばぬ先の杖」を乱発しまくったりしていたのであれば、そこは今後に向けた修正点かもしれません。
責任感が強すぎたり、自立しすぎていたりすると状況をコントロールしたくなってしまいますから、なんでもかんでも抱え込もうとしちゃうんですよね。
つまり、「抱え込み症候群の人は罪悪感も抱え込みやすい」というわけです。
もし当てはまるならばそれを手放してみるのも大いにアリでしょう。
*セミナー動画:ワークショップ「抱え込み症候群を手放す4週間プログラム」
*セミナー動画:頑張る私を卒業する3日間 ~鎧を脱ぎ、本気で生きる私へ~
*「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
*光の瞑想~疲れや罪悪感などを癒すイメージワーク~
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次に、
>大好きだった人を大切にできなくなってしまった自分の気持ちの変化への悲しみ
というのは大いなる学びになるのではないでしょうか?
感情というのは常々変化していくものです。
そして、それは自然に移り変わるもので、止めることができないものかもしれません。
大好きだった人のことをずーっと大好きでい続けるというのは感情の世界では“不可能”なことです。
感情って“慣れ”や“麻痺”が起こるものですから、「大好き!」という気持ちだって何ら変化がなければ“慣れ”て“麻痺”してしまうものです。
とあるアリゾナ州在住のお弟子がこんな話をしてました。
「毎日ほんとにきれいな青空が広がってるんだけど、何年もすると慣れてしまって感動しなくなる。年に数回雨が降るんだけど、そうするとみんな喜んで外に飛び出していく。」
日本で言えば太平洋側の住民が雪が降ったときみたいなリアクションですね。
「大好き」という気持ちだって同じです。
だから、「変化」がなければ、その気持ちは維持できないんです。
(正しくは、維持するというよりも、変化し続けることで、新たな好きを創り出していく、ということになります。)
でも、「変化」が必ずしも「好き」につながらないことも多いじゃないですか。
「好きなアーティストがいたんだけど、ある時から曲調が変わってしまって好きじゃなくなっちゃった」という経験をしたことってありませんか?
そして、人間関係(夫婦生活)というのは変化の連続ですね。
だから、好きでい続けられるチャンスもたくさんあるんだけど、逆に「方向性の違い」からバンドが解散するように、気持ちが冷めちゃうことだってあり得るわけです。
だから、ある意味、避けられないことなのです。
そこを乗り越えようとして乗り越えられることもあるし、乗り越えようとして叶わないこともあれば、乗り越えようという気力が湧かないこともあるんです。
それもまた自然なことだと思っています。
特に「女性性」というのは変化を求めるものです。
常に変化し続けることを志向するわけですから、好きだったものが好きじゃなくなるってことは日常的に起こり得るんですよね。
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そういう風に見れば、
>愛し合っていても人間関係が壊れてしまうことがあるという不条理さ
ということだって起こり得るんです。
それに「愛する」ということだって妻と夫でやり方が異なるものです。
「それのどこが愛やねん!」と思う愛し方をすることもあるし、「欲しい愛し方をしてくれない!!」と不満を持つこともあります。
それにやっぱり完璧な存在じゃないですからね。誰も。
その不条理さは受け入れ、理解し、未来に活かしていくしかないのです。
言い換えるとそれは「不完全さを許容する」と言えます。
私たちは自分にも他人にも潜在的に完璧さを求めています。
それは安全を求め、安心するためと言えます。
しかし残念ながら人は誰も完璧ではないわけです。
それが分かっていても、完璧な愛を求めてしまいます。
それこそ不条理と言えるかもしれません。
うまく行っている関係が未来永劫うまく行くとは分からないんですけど、うまく行っている関係がうまく行かなくなるのは辛いので、私たちは完璧であろうとして自分にプレッシャーをかけてしまうことだってありますね。
だから、そうした不条理や理不尽さを受け入れることで私たちの器は広がっていきますし、「今を生きる」ということがいかに重要なことが身に染みて理解できるのです。
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ということで、ポジティブな気づきがたくさんあって素晴らしい上に、今回の離婚問題でAさん自身が大きく成長されたことも素晴らしいですし、その上で、出てきたネガティブな感情についても前向きに捉えられたらさらに素晴らしいと思います。
これからの未来にわくわくしてますか?
それが一番素敵なことですよね。
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あなたの今を見つめて未来を変えていこう!
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