パートナーといつも競争してしまうのはどうして?



負けてはいけない理由があるんです。単に惨めなだけでなく、自分の存在意義がなくなってしまうような感覚があるのかも。
それは定番ですけど、子ども時代からの思いが残ってるケースも少なくありません。

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今回、パートナーに対して競争心を持ってしまうのはなぜなのか、競争を手放して楽になる方法はあるのかを教えていただきたくてリクエストさせていただきました。

私はパートナーができると、はじめは競争心は全くなく、素直にすごいことは「すごいね。」と言うことができます。
しかしロマンスの時代を過ぎ心理的距離が近くなると、気づいたら競争心が出てきてしまい、相手を褒めること、自分の非を認めることができなくなってしまいます。
例えば
・収入は相手の方が多いと悔しい。
・パートナーが他の人に褒められて嬉しそうな顔をしてると腹が立つ。
・パートナーが好きなことをしていることがムカツク。
・過去の付き合った人数がパートナーの方が多いと腹が立つ。
・好きと言ったり、褒めると負けた気がする。
・パートナーが私にしてほしいことをするのは、言いなりになっている気がする。
・異性から人気があるとイライラするし、不安になる。
などです。
いい加減自分でも疲れてしまいます。相手の方が勝っており、負けを認めた方が良いことはわかっているのですが、どうしてもできません。

「すごいね!」って言葉には言うものの、心の中では「全然すごくないやん。」っていう風に嘘をつくこともできず…。相手を立てることもできません。

友人に聞くと驚かれ、「全然ライバルとか思わないし、むしろ全然負けるし、褒めれるで。」って言われます。
私が異常なんでしょうか?子ども時代からダメだしばかりされて育てられたことも関係ありますか?どうしたらいいですか?
(Sさん)
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>私が異常なんでしょうか?

確かに変態ではありますよね???(笑)
ま、私の主流読者層である自立系武闘派肉食女子にとってはごくごくふつうの感覚だと思われますよ。ご安心くださいね!(笑)

負けたらあかん、という思いがあったり、そもそも負けそうな相手とは付き合わなかったり(勝てそうな相手をパートナーとする)ってところもあるんじゃないかと。

「負け」は屈辱的で、めっちゃ惨めで、悔しくて・・・ですよね。
でも、それだけじゃないと思うんです。

「ここにいる意味がない」
「ここにいちゃいけない」
「負け=最低の人間になってしまう」
「負けたら去らなきゃいけない」

そんな武闘派らしい、格闘技系のマインドが出てくるんです。
まるでパートナーシップがリング上の対戦みたいな感じになっちゃうんです。
時間無制限一本勝負、みたいな。
もちろん、ベッドの上でも勝ち負けこだわってしまう人も多く、“メイクラブ”というよりは“寝技勝負”みたいな感じになっちゃうんです。

>いい加減自分でも疲れてしまいます。相手の方が勝っており、負けを認めた方が良いことはわかっているのですが、どうしてもできません。

Sさん、親から教えられた自己否定(ダメ出し)が得意だと思うのですが、ここで強く意識したいのは「負けを認めた方がいいけどできない」ということで自分を責めないことです。
これは大きなトラップ(罠)なんですね。

どうしてもできない理由ってのがあるんです。
「負けを認める」ってことは確かに大切なことだけれど、できないときはできないなりの理由、したくない理由が必ずあるんですね。
その自分の心に寄り添う気持ちがすごく大切なのです。
結果だけ追い求めると、その内側を見過ごしてしまいます。

よく「起きてることはすべて正しい」って言うんですけど、「負けを認められない」のも今のSさんにとっては「正しい、必然な」ことなのです。

だから、なぜ、できないのか?という点に注目することが大切です。
先ほど書いたような「負けたら彼と一緒にいられない」「そんな惨めな思いは絶対感じたくない」という思いがあるのかもしれません。
そしたら、なぜ、そう思ってしまうのか?そんな体験をどこで学んできたのか?て自分を掘り下げていくんですね。

負けてはいけない本当の理由がそこに見えてきます。
価値のない自分。
役に立たない自分。
助けられなかった自分。

Sさんの場合はどんな自分と出会うのでしょう?
その自分を愛してあげるのがテーマです。
そこはパートナーシップにおいては「こんな自分を見せたら絶対嫌われる」と思って隠してる要素にもつながります。

心理的距離が近づくとこのパターンが出てくるということは、やはり家族との距離がポイントかもしれません。
ダメ出しばかりされてた子ども時代、親への反発を強く覚えた時期はありませんか?
また、周りの同級生に対してコンプレックスを感じたり、すごく惨めに感じていた時期はありませんか?

お母さんがSさんをものすごくダメ出しする人種だとすると、武闘派系女子はそのお母さんに対抗して装備を固めます。
お母さんが学歴がない人であれば、一流大学を出て学歴で勝とうとしますし、
お母さんが感情的な人であれば、理性的で論理的な思考でお母さんを打ち負かそうとしますし、
お母さんが専業主婦であれば、仕事を持ってお母さんより心理的優位に立とうとしますし、
お母さんが仕事をもってバリバリやっていれば、お母さん以上の権威か収入を取ろうとするか、お母さんができなかった男性にめちゃくちゃ愛される女の子キャラを身に着けようとします。

すなわち、Sさんが今感じている、
>・収入は相手の方が多いと悔しい。
>・パートナーが他の人に褒められて嬉しそうな顔をしてると腹が立つ。
>・パートナーが好きなことをしていることがムカツク。
>・過去の付き合った人数がパートナーの方が多いと腹が立つ。
>・好きと言ったり、褒めると負けた気がする。
>・パートナーが私にしてほしいことをするのは、言いなりになっている気がする。

このパートナーを「お母さん」(お父さんかもしれません)に置き換えても文意が成り立ったりするのですが、いかがでしょうか?
ただ、今は「パートナー」なので「お母さん」ではピンと来ないかもしれません。

だから、本来負けを認めるのは「お母さん」に対してなんですよね。
同時に、お母さんの愛を受け取ること、が課題になります。
頑張ってたかつての私をよしよしほめてあげることも大切です。

競争心というのは常に勝ち負けを意識させます。
パートナーしかり、職場の人間関係しかり。ビジネスではそれが当たり前のように言われます(最近は少しずつ変わってきていますが)。
負けが屈辱的なので、常に勝ち続けられるように努力をします。
もちろん、相手もまた負けてることで屈辱的な思いを抱くのでやがては復讐心へと変わり、下剋上が起こります。
こちらはそうさせまいと、常に装備を固めて相手をコントロールし続けなければいけなくなります。
やがては疲弊してしまって関係性が終わるか、あるいは、スキを突かれて下剋上を食らい、一番味わいたくなかった敗北感にまみれるか、のどちらかに行き着きます。

相互依存というのはこの競争を手放し、相手を承認し、自分が与えられることを与え、受け取ることを意味します。

負けを認めるのは自立を手放して相互依存に向かう手段の一つ。
いったん、その屈辱にまみれてみましょう、、、というわけです。

ほかに、相手の素晴らしさ、魅力、価値を徹底的に見ていく、というのもあります。
「パートナーの長所を100個探して、それを彼に伝えてください」という宿題になります。

「受け取って感謝する、相手の存在意義を認める」という意味で、彼に感謝状を贈ることもできます。
「パートナーがしてくれてうれしかったこと、パートナーの愛、その存在に出会えてよかったこと、などを100個リストアップして彼に伝えてください」というわけです。

もし、今パートナーがいないのであれば、過去の人に対して、そして、親に対してやってみるのも効果的ですね。

競争を手放すと、もっと素直に、純粋に愛を贈ることができます。
きっとSさん自身、素晴らしい愛の持ち主だと思いますから、それを素直に表現できるともっと簡単に幸せを許せるようになるかもね。

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