【愛野ひと】「私のこの寂しさが、お前にわかってたまるか」と、世界にケンカを売っていた私の話。



愛ちゃんの言葉が胸に突き刺さるのは、たぶん、彼女がいつもハートをむき出しにして語っているから。
仮に自分の心を閉じていてもそのむき出しのエネルギーがそれをこじ開けてしまう。
そして、その中に隠していた感情が引っ張り出される。
だから、読者の多くは心を揺さぶられる。

彼女の言葉はただむき出しなだけでなく、ほんとうの寂しさを知っていて、ほんとうの悲しみとずっと共に生きてきたから心を打つのだろう。

彼女は5歳にして父や祖父母を守る生き方を選んだ。
それは自分自身を殺し、感情に蓋をすることになったのだが、残された愛する人たちを守るために彼女はそれを躊躇しなかった。
最愛の人を失ったばかりというのに、彼女は敢えてその道を選んだのだ。

多大な犠牲を払いながらもそれが彼女の強さとなる。

そして、時を経てその役割を降りることにしたとき、長年蓋をしてきた心を自分の意志で開く。
当然ながらそれができるのも彼女の強さである。

数十年間閉じ込められていた感情はほとばしるマグマのように噴き出す。
それを彼女はただ愚直にも正面から受け止める。
何度もその感情に飲まれそうになるも、ただひたすら受け止める。
そんな芸当はなかなかできないのだが、5歳の彼女がした覚悟に比べれば容易いものなのかもしれない。

そんな彼女の生き方を「不器用」と称することもできるだろう。
しかし、ただ自分が選んだ道を、自分が信じた道を一直線に歩くことこそ、彼女の変わらぬ生き方である。
ゆえに、彼女の話は強く響き、まさに「生き様」と呼ぶにふさわしい物語となる。

だから彼女の言葉には嘘や偽りがなく、ただただまっすぐに響いてくる。

それは読者に覚悟を迫る姿勢であり、ゆえに、非常に挑戦的な文章でもある。
なぜならば、読者がもし彼女の言葉から目を逸らすのであれば、それは自分自身が自分の人生から目を逸らしていることの証左となるからだ。

「「私のこの寂しさが、お前にわかってたまるか」と、世界にケンカを売っていた私の話。」

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