いい子でいたかった、という思い。無償の愛は子どもからパパとママへ。



表層意識とは全然違う深層意識。
私が直面するたびにその違いを実感するのが親への思いです。

ネグレクトだったり、暴力暴言だったり、いわゆる問題のある親の元に生まれてくる子供たち。
そして、その子たちが成長し、自立していくと、親を忌み嫌い、憎しみを持つことも少なくありません。

それがいいとか悪いとかではなく、それだけの思いを持つだけの理由があったのですから、「親に対してそんなこと言うな」とか「親にそんな思いを持つなんておかしい」という風には思いません。

「そう思うだけの事情があったのよね」と、そういうカウンセリングでは受け入れて行きます。


ただ、そうして親と断絶し、壁を作っている人たちの心の中に何があるのか・・・。
こういう仕事をしているとそんな深い場面に出会うことも少なくありません。

人の本質に触れるような美しい瞬間で、私には奇跡にしか思えず、思わず胸が熱くなります。

親と向き合うセッションをしたとき、そんなひどい環境の中で育ってきたのに「ごめんなさい!」と泣き崩れる人がいます。

十分にいい子でいられなくて、
助けられなくて、
笑顔にしてあげられなくて、
安心させてあげられなくて、
辛い思いをさせてしまって、、、ごめんなさい。

その瞬間は「私、何を言ってるんだろう?どうしてそんな言葉が口を付いて出てくるんだろう?」と思うようです。
でも、「ごめんなさい」という言葉が次から次へと出て来るんだそうです。

その時、実は深いところで自分があの酷い親にすら「いい子でいられなくてごめんなさい」などの深い罪悪感を持っていることが分かります。

そして、それくらい強い罪悪感を抱くくらい、愛を持っていることに気付かされます。

その愛に繋がった時、ごめんなさい、という言葉が出てくるのです。
親を笑顔にしたいと思いながらできなかったことから発せられる言葉です。

それは「愛される」ことなど求めていない、もっともピュアなマインド「無条件で親を愛する」という心ではないでしょうか。

“無償の愛”は親が子に与えるものと思っていませんでしたか?
実は子が親に与えることで親が気付き、学ぶものなのかもしれません。

しかし、このことに気付くと、あの酷いことをした親の中にも愛があることが見えて来るのです。
そして、それが見えるからこそ、その子は「いい子でいたかった」し、「ごめんなさい」なのかもしれません。

表面的には憎しみしかないと思っていても、心の奥底にはちゃんと愛があります。
それも純粋な愛が。
それを知っていれば、私たちは表面上の言葉に踊らされることはなくなるでしょう。

奇跡を何度も目撃するたびに、私は「どんなひどい人の中にも愛はちゃんとある」と確信するのです。

だから、皆さんの中にも必ず愛はあります。
そのことを感じられると、きっと心はより平和に安らかになりませんか。

心理学ミニ講座

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