自分の感情をとにかく信じてみると世界は変わるかもしれない!



カウンセリングですから、人になかなか言えない話、ネガティブな話を耳にする機会も多いですね。
「しんどい話ばかり聞いて、根本さんが疲れちゃうことないですか?」
とよく気遣っていただくのですが、さすがに10年以上もこの世界に身を置いていて、どんどん自分がアホになっていくのを実感していると、「何がポジティブで、何がネガティブかが分からなくなってくる」ということに昨日くらいに気が付きました。

一見、すごくネガティブな話なんだけど、その中にものすごくポジティブな世界が見えて来ることがあります。・・・というか、見えますし、探しています。
とすれば、その話はポジティブな話だよな・・・と思うのです。
人間って可能性の塊だから、今の状況がネガティブだったとしても、それを変える力を持ってますしね。


「人が苦手で、会いたくないんです。」

先日、こんな相談を頂いたとき、何も考えずにこう言ってる私がいました。

「いいんじゃないでしょうか。会わなくても。きっと今はそれが必要な時期なんじゃないかな」

すかさず、「でも、一人暮らしだから仕事しなきゃいけないし。(後略)」と色々な理由が続きます。

“基準”を持ってるんですね。
「~しなきゃ」という。
中でも“常識”という基準は最強で、自分を責めるにはとても効果的な“拘束具”となります。
趣味のプレイで使うならば素敵かもしれないけれど、日常生活にそれは・・・かなり窮屈ですよね。

「自分の感じていることを“正しい”と思ってみてください。」

とよく提案します。
“基準”に当てはめると、自分は間違ってる、おかしいと思うわけです。
いや、本当は逆で「自分はおかしい」と思うために、その基準を使ってるのですが。

自分の外に基準を置くのではなく、自分の感覚を基準とする、と世界はガラッと変わると思います。

「人に会いたくない」が“正しい”とすれば、そこに意味や目的があるはずです。

人生に起こることに何一つ無駄なことはないですから。

制作に夢中になっている芸術家はきっと人になんて会いたくないと思います。作品に集中したいから。
とすれば、芸術家ではない私だけれど「一体、今、何を制作しているんだろう?」との意識を持ってみてはどうでしょう?

 →内なるエネルギーを溜め込んでる時かもしれません。
 →外にではなく、内に意識を向けて人生を見つめ直そうとしているのかもしれません。
 →過去に起きたことを整理する時期ならば、人に会いたくないのも合点が行きます。

きっと何か目的があるはずです。
きっと心が求めてる何かがあるはずです。

しかし、そうした目的に向き合うのが怖いとまた、「それではいけないんです」と自分を責めるのでしょう。

とかく不快な状況だと自分を責めたくなるのが人の心だと思うのですが、それが「正常」な状態だと思えば、そこから奥に意識を向けることができますね。

仕事に行きたくないのは、ほんとうに自分がダメだからでしょうか?
あの人が許せないのは、ほんとうに自分の器が小さいからでしょうか?
やる気が起きないのは、ほんとうに自分が怠け者だからでしょうか?
毎日悲しみに暮れるのは、ほんとうに自分が弱いからでしょうか?

一度、自分が感じていることを“正しい”として受け入れてみませんか?
実はそれは「ありのままの自分を受け入れること」なのです。

勇気を出して、今の感情・感覚を受け入れてみませんか。

「弱い自分を許せますか?」(2013/6/7)も参考になるかもしれません。

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