「希望」と「欲求」の違いについて。



ある方とお話をしていて、ふと出てきた掲題のテーマ。

「これからも彼とやっていく!」という気持ちは「欲求」なのか「希望」なのか?というお話です。

「やっていきたい」という気持ちが込められているから、「欲求」とも言えるのですが、一方で、将来への「希望」や「夢」という取り方もできますよね。

なんでこんな話になるかというと「欲求」は手放しましょう、と言い、「希望(ヴィジョン、夢)」は持ちましょう、ということをカウンセラーが言うからです。

混乱しますよね。


話していて気付いたことは、「希望」は“軽く”、「欲求」は“重い”ということです。

「彼とやっていく!」とか「彼とやっていきたいなあ!」と思った時に、わくわくしたり、気分が軽くなったり、にっこり笑顔になるなら、それは「希望」。

でも、重たくなったり、辛くなったり、深刻になったりするのならば、それは「欲求」。

つまり、「彼とやっていく」と思うことが、自分の首を絞めているような感覚ですし、それは「彼」にとっても、きっと重たいことであろうと思うからです。

欲求は相手の選択を認めない(自分の選択を押し付ける)ところがあり、彼は自由になれません。
希望は相手の選択に委ねられるので、彼も私も自由になれます。

欲求はお互いを支配し、希望はお互いを解放するものなのです。

だから、欲求を手放すと、希望に変えることができます。

欲求を手放すには・・・自分の痛みを超えて、相手に与えること。そう、与えることが何よりも基本線です。

相手の笑顔に貢献する、自分の痛みよりも相手を優先する、相手の喜びを自分のこととして喜べる・・・ちょっと難解なチャレンジが並ぶかもしれません。

それはまたの機会に。

希望と欲求の違いと見分け方でした。

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