「自分が分からない時(1)」


*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*

私達は何か問題に捉われていたり、センター(本質)から外れた毎日を送っていたりすると、ふと我に返ったとき、自分が何者で、どこに向かおうとしているのか分からなくなることがあります。

自分を見失い、自分がよく分からなくなるんですね。

こういう時、私たちは大きく二つのパターンに分かれると思います。
それを一つずつ、ご紹介したいと思います。


まず一つは、自分の感情に振り回されているとき、この思いを抱くことも多いでしょう。
(自分以外の誰かに振り回されているように感じるのも、実際は、自分の心、感情に振り回されているものです。)

こうしたとき、私たちは軸を失った回転盤に載っているかのように、自分で自分を制御することができずに、ぐるぐると回り続けます。
目が回るし、怖いし、不安だし、どうしていいのか分からずに、誰か止めて欲しい・・・という切実な思いに駆られることもあるでしょう。

もちろん、怒り狂っていたり、不安で暴れていたり、感情が暴走しているときはなかなか止めることは難しいです。
でも、「自分が分からない」と感じるときは、その後、つまり、感情の嵐が収まった後に、ふっと「なぜ自分はあんなことをしてしまったんだろう?」「自分はどうしてしまったんだろう?」という思いと共にやってきます。
そして、自分のことが怖くなったり、嫌悪したりして「自分が分からない」と思うようになるんですね。
でも、この「自分が分からない」というのは、「自分を責めるため、自己嫌悪の表現」になることが多いんですね。

コミュニケーションでも「分からない」というのは「怒りの一種の表現」として捉えられます。
私達は怒りを感じたときに、分からない、と言ってしまうんです。

だから、自分が分からない、というのは往々にして自己嫌悪をあらわすことが多いんです。

そういうとき、例えばパートナーに自分の状態を分析されたりすると、かえってよく分からない事になるものです。(有難いことと思っていても無性に腹が立ってきたり、ありがた迷惑のように感じたり。)

そこで本当に欲しいものはきっと“理解”のはず。
自分を見失ってしまった動揺を受け入れて欲しかったり、ほんとうにただ傍にいてもらいたいだけの場合も少なくないでしょう。

だから、こういう時は自分で「分かろうとしない」ということが大切。
分かる必要があるときに、きっと分かるだろう・・・と放置するくらいの方が良いのです。
無理に自己分析したり、自己嫌悪したりすると、一層心は荒れてしまいます。
それもまた辛いはずです。

言い方を変えると、それは、自分で自分を無理に扱わない、ということです。
そして、信頼できる人に自分を委ねてしまうことがベストです。
こういう状態でカウンセリングを受けると、カウンセラーはきっとただ黙って話を聴くでしょう。

そうして、少し、ホッとした後で、さて、じっくり自分自身を見つめていきます。
そこではシンプルに「何が欲しいの?」と心に話しかけていくことがいいようです。
本当は何が言いたかったの?
何をわかって欲しかったの?
そんな言葉を自分に問い掛けていきます。

始めは何も言葉が返ってこないかもしれませんが、気長に繰り返すときっと自分の本音が分かってきます。
「ほんとうは寂しいって言いたかっただけなのに・・・」
「好きっていうのが怖くて、つい、強がってしまった・・・」
「彼のことがほんとうに好きかどうか自信がなくなってしまって・・・」
など、その答えは意外にシンプルなもの。

それがきっと“分からなかった気持ち”です。
そこに辿り着くと、しばし後悔や自責の念に駆られた後、さらに深く心は安堵します。

やっと心と繋がることができて、安心するからです。

(その2に続く)

心の処方箋

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