(12/20)気付けない想い



うちの乳児は最近、カウンセリングのため自宅を出るときに「行って来ま~す」ってバイバイをすると、手を振ってバイバイし返してくれます。

嬉しそうな、満面の笑みで。

「もちろん、奴はバイバイの意味など分かってないに違いない。」
と堅く信じることにしています。

ま、そのうち泣きながら「パパ、行っちゃ嫌だ!」と駄々をこねられる日が来るんでしょうね~。
ふふふ。

ちなみに奴は、ハイハイをしながら疲れてきたり、行き止まりにぶつかると、もう、この世の終わりのような絶望的な態度で泣き出します。
顔を床にうずめて泣き喚くので「もう、俺の人生は終わったんだー!」という主張をとても強く感じられます。
(「俺」って感じなんですよね、その態度は)

しかし、乳児の感情表現というのは、ほんま、常に全身全霊を傾けてるって感じで、感心するばかりです。

生まれて9ヶ月しか経ってないというのに、教えられることは、ほんと、山積みです。

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そんな乳児と四六時中一緒にいる妻も、だいぶ母親然として参りまして、乳児の扱いも慣れたもの、堂々としたものです。
寝かしつけようとする際には、起き上がろうとする乳児の頭を優しく諭しながら布団に押し付けてます。
座ってる椅子の足元をハイハイして「ママ、抱っこ」を要求する乳児をさりげなく無視し、生協で購入した「お米で作ったシフォンケーキ」を美味しくほおばってます。(これはマジ旨かった)
見たいドラマ(「夫婦。」にうちの奥さんもはまってまして)が始めると、乳児を抱っこしてあやしながらも、見入ってます。
乳児用の冬物のジャンパーを、気合十分、ネットオークションで競り落としてます。

逞しくなったものです。。。

ちなみにそんな乳児に対してパパである僕は、まだまだ恐る恐るってところがあるのかもしれません。
自分ではそんなつもりないですけど、あんまり要領得ないことが増えてきましたから。

でも、やっぱりそれだけ頑張ってて、強くなっても、甘えたい気持ちは変わらないんですよね。
うちの奥さんの凄いところってのは、そういう甘えたかったり、疲れてたり、そういう気持ちをちゃんと言えるってところなんかもしれません。
我慢して、気を使いながらですけど、言ってくれるのと、黙ってるのでは、家の気温が5℃ほど変わると思います・・・。

故に僕はとても楽させてもらってます(色んな意味で)。
多謝!

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上のような流れを引き継ぐわけではないのですが、自分に余裕がなくなると、パートナーや周りの人が自分のためにしてくれることが分からなくなります。

で、自分ひとりが頑張ってるような気持ちがしてしまいます。

「あたし一人が頑張って・・・」と思うとき、ほとんどの確率で相手も自分と同じくらい頑張ってます。
しかも、始末が悪いことに自分のために頑張ってくれてたりするんです。
(そうは見えないんだけどね)

自分は家事やパートに一生懸命で、彼は仕事に一生懸命で、となると、接点が少ないですよね。
(特に話題の接点がなくなります)
そうすると、お互い相手のために一生懸命頑張ってるのに、それを表現する機会が無くなってしまうんです。

で、見せ合うのはお互いに疲れた顔。
疲れてると甘えたくなり、怠けたくなります。
だから、「今日くらいはご飯作ってよ」とか「たまにはゆっくりさせてくれよ」とか「俺は疲れてるんだ」とかいう主張になって、こういう場合は大抵ケンカになります。

「俺だって何とかしようって頑張ってるのに、お前はちっとも分かってないじゃないか!」
と言われ、むっかー!ときて、
「あんたに何が分かるっていうのよ!何もしてくれないじゃないの!」
と切り替えしたことのある女性も多いんじゃないでしょうか。

ケンカはせずともそんな雰囲気になってくると、意地になったり、プライドが邪魔して、例え相手の気持ちに気付いたとしても、「絶対、認めるもんか!違うに決まってる!」と思い込みたくなります。

僕たちは皆、自分が完璧でないことに自己嫌悪しています。
故に相手に対して罪悪感を抱きます。
「自分は十分なことをしてあげていない」と。
これは罪悪感の中でも特に感じにくい「何もしていない罪悪感」というジャンルに属します。

その罪悪感から、問題が生まれます。
相手のために犠牲までして頑張るのは愛情があるからに違いありません。
でも、その犠牲の根っこにあるのが自己嫌悪や罪悪感だとしたら、それを晒すのはとても怖いんです。
捨てられる恐れ、軽蔑される恐れを感じますから。
だから、強がるほか、無くなります。

そして、その罪悪感は相手の思いを受け取ることすら拒絶させます。
自分のためにしてくれてることに気付かない振りをしたり、踏みにじってしまったりしてしまいます。

そして、またそこで罪悪感を積み重ねていきます。

その結果、誤解が膨れ上がって離婚や浮気、セックスレスなどの具体的な、目に見える問題に発展していきます。

自分のその罪悪感や弱さ、不完全さを認めるにはとても勇気が要ります。
でも、それを本当にパートナーにオープンに出来たときに、今まで感じたこともないくらいの安堵感を抱けるでしょう。
「かけがえのない相手」として見つめられる瞬間です。

そして、それと同じくらい大切なのは、相手にもやはりそういう部分があるということに気付き、認めてあげましょう。
愛情があるが故に、弱さや不完全さを隠そうとしてしまうんです。
それを許してあげることも、また愛情です。

さて、もうすぐクリスマスですね。
もし、あなたがパートナーにプレゼントをあげるとしたら、何をあげたいでしょうか?
もちろん、予算や実行可能性なんて無視してもらって構いません。
どんな理由でそれを贈りたいのか?というのがとても大切。

その理由が、見えなかった自分の気持ちを見せてくれますし、プレゼントを贈ることは相手に自分の気持ちを伝える絶好のチャンスになります。

最近、カウンセリングさせていただいた方々から、とてもいいお話を伺いました。

「自分のわがままでいい車を買ったのに、妻はずっと前から同じ車でだいぶガタが来てて、随分我慢させてるから、新しい車を買ってあげたい」

「私や実家のせいでなかなか気の休まることが無いだろうから、1週間くらいのクリスマス休暇をプレゼントしたい」

お互いに相手が自分のことをそう気遣ってくれてるなんて、全然気付けなかったんです。

「妻に誕生日やクリスマスのプレゼントなんて全然買ってあげたこと無かったけど、先日、安物だけどマフラーに簡単なメッセージを添えて寝てる妻の枕元に置いたんです」

その思いはきっと通じてるはずです。

パートナーがいらっしゃらない方、ましてや、最近ハートブレイクした方にはかなり痛いお話だったかもしれません。
でも、そこで初めて気付ける思いもあるはずです。
相手の人に今、自分が贈れる最高のプレゼントって何でしょうか?
もしかしたら、目の前から立ち去ることを贈るのがベストかもしれません。
あるいは生まれ変わった自分を贈りたくなるかもしれません。
痛みを越えて与えようとする姿勢は必ず先に生きてきますから、勇気を持って考えてみて下さい。

(ご本人たちの許可を頂くのを忘れてたんですけど、いいお話なので引用させてもらってもいいかな?と掲載させていただきました。問題だったら、言ってくださればすぐに削除します)

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