また思春期が来たの?~いい大人になったのに、それまで良好だった母との関係が苦しくなりました~



思春期が1回とは誰が決めたんでしょう?笑
自分の成長と共に幾度となく訪れるものなんです。だから、良好だった母との関係がまた悪化することだってあるわけで、それはまた成長の証だと思ってみましょう。
とはいえ、悪いままなのは気分が悪いですから、そこを「感情」を使って解消していくことにしましょう。

母とのコミュニケーションについて教えていただけますでしょうか。

私は42歳既婚子なしの女性です。
根本先生のおかげもあり、ここ数年はライフワークのものづくりを大切にしながら、自分の人生を生きています。

~6歳までジャイアン、~12歳まで外面いい子ちゃん、~30歳まで自己肯定感低め抑圧期、~現在まで感情爆発の自分に戸惑い中という、よくあるパターンですか?の情熱系に属しています。

反抗期もバンバンあり、まーまー大人になり、順当に母との良好な関係は築いてきたのですが、ここにきてコミュニケーションがものすごーーーく面倒になってしまいました。

まず、母の愚痴を聞くのが苦しくなりました。愚痴になりそうな時は、やさしい夫に聞き役をお任せしています。

そして、母の姿を直視できません。中学時代、母をクラスメイトに見られるのが恥ずかしかったのを久々に思い出しました。私にも容姿の変化が出てきたせいか「母に似たくない」という感覚です。

さらに、母が彼女自身を否定するのがしんどいです。雑談の中で「いつもお母さんばっかり責める」的なことを言われます。攻撃ではないよ、単なる意見なんだよ、と説明しても聞き入れてくれません。彼女はずっと自分のことを責めてきたんだなと感じました。

結果、母に会った日の夜は、罪悪感だか後悔だか何だかよくわからない大きなネガティブな感情に襲われ、感情の処理に時間がかかります。

この後遺症のようなものが嫌すぎて、家族の集まりや母との連絡をなるべく避けています。
会わないのは可哀想かなーとか、嫌われたと悲しんでるかなーとか、急な冷たい態度に父も心配しているなーとか、ずっとグルグルしてます。夫も「何がそんなにお義母さんが嫌なの?いい人だよ?」という状況です。

母には感謝していますし、傷つけたくはないのです。(ちなみに父とは昔から安全に会話できます。表ファザコンです。)
癒着ですか?罪悪感のバトン受け取っちゃってますか?
良い関係性を築けていたのに、なんで私は42歳でまた思春期を迎えているのでしょう?
ネタになりましたら、アドバイスいただけるとうれしいです。
(Aさん)

思春期みたいなのって何度も来るのかもしれないと思うんです。
親子関係なんてそれこそ子どもの頃からくっついては離れ、また近づいては離れ、というのを繰り返していくのかもしれません。パートナーシップもそうですね。

お互い変化して行く中で、それぞれを許し、受け入れる時期もあれば、逆に反発し、音信不通になる時期もあったりしていくわけです。

例えば、思春期に反発して親から距離を取っていたけど親元を離れて一人暮らしを始めたら親のありがたみが分かって距離が縮まり、けど、仕事をバリバリやるうちに親の考え方が古いと感じて話が合わなくなってまた距離が開き、でも、家族を持つようになって再び親との距離が縮まり、でも、自立が進めば親の依存的な態度が気に入らなくなって距離をまた取り、でも、また自分が成長してそれを受け入れられるようになってまた近づき、、、という風に。

しかも、親ってのは心理的にとても近い存在なわけですから、パートナーと同じく「鏡」の役割をけっこう担っているものです。

だから、親に対して感じる気持ちから逆算して自分の心の状態を知ることができる、というのも事実です。

Aさんの話にしても、「なぜ母の愚痴を聞くのが辛いのか?」というところをよく見てみれば、いろんなことが想定できると思います。

愚痴を聞くのがしんどいってことは、少なくとも「愚痴はネガティブなものだからよくないことだ」という思いがあるわけです。

そういう依存的な気持ちを自分が嫌っているのかもしれないし、自分自身がどんどん自立を果たしているのかもしれません。

前向きに行こう!と思ってるときに他人の、ましてや親の愚痴を聞くのはめちゃくちゃ嫌悪感が出てくるものです。

また、愚痴を聞いていて辛くなるのは、自分の無力さを痛感させられるから、罪悪感を刺激されるから、という説もあるものです。

何もしてやれない、何も言えない、助けてあげられない、という無力感が罪悪感を生み、だから「そんな話、聞きたくない!」と思ってしまうことも良くあります。

Aさんもその無力感や罪悪感をずいぶんと持っていらっしゃるみたいですね。

今、お母さんに会いたくなくなるほどの気持ちなのはその感情のせいかもしれません。

カウンセリングってのはそういう風に感情を掘っていきます。

なぜ愚痴を聞くのがしんどいの?それは何を感じているの?

お母さんが自分を否定するのを見るのがなんで辛いの?そこで感じている感情は何?

ずっと自分を責めてる母に何を感じてる?

お母さんの気持ちをあれこれ考えてしまうのはどうしてだと思う?何を感じていると思う?

「当たり前じゃん!」かもしれないけれど、敢えてそこを見ていきます。

私たちはそれぞれ「感じたくない感情」というのがあって、それを感じるのがイヤで相手と距離を取ろうとします。

相手が悪いわけではなく、その人と一緒にいるときの感情を感じたくないんです。

だからお母さんに罪悪感を覚えているとなれば、お母さんに会ってしまうと罪悪感がでてきちゃうので、罪悪感を感じたくない自分はお母さんを遠ざけようとするんですね。

だから、その罪悪感を解消できたら、母に会うことも平気になるってことです。

つまり「感情が問題を作っている」というわけです。

同様に、なんで仕事を辞めたいか?というと仕事をしているときの感情を感じたくないからだし、なぜ彼と別れたくなるのか?と言えば、彼と一緒にいるときの感情がイヤだからです。

お母さんに会ったり、お母さんのことを考えたりすると「罪悪感」が疼くのであれば、お母さんに会いたくなくなるのも無理はありません。

けど、「いい子」をしてきたなら「会わないのはかわいそう」とか考えちゃうんですよね。
これは「思考」ですね。

思考はとかく「正しい」「間違い」「良い」「悪い」という結論を理論的に導き出そうとします。

そうすると「親なんだから会わなきゃいけない」なんて正しさを持つんですね。

それで感情を無視して正しさ(思考)でお母さんに会うことにするんですけど、感情はやっぱり罪悪感を感じてしまって苦しいわけです。

そしたら「やっぱり会わなきゃよかった」と思うんですね。

「正しいことをしたのに苦しい」のです。

となれば、本筋としてはAさんが持つ罪悪感についていろいろと見ていくことが役立つでしょう。

そもそも「表ファザコン」を自負し、お父さんとは安全にコミュニケーションが取れるってことは、昔からあまりお母さんとは「合わない」と感じることが多かったんですよね?

とすると母よりも父に懐いていたりして、潜在的に母に対して罪悪感を抱いていた可能性も高いと思うんです。

お母さんは昔から愚痴をこぼす人ではなかったでしょうか?
ずっと自分を責めてる人じゃなかったでしょうか?

そんな母の姿を見て、例えば思春期頃のAさんは何を感じていたと思いますか?

また、その30歳までの自己肯定感が低空飛行していた時代はどうだったのでしょう?
母に対して何を感じていましたか?

また、ちょっと前まで母と良好な関係だったようですけど、その頃は何を感じていたと思います?

そうして自分が感じている感情と向き合っていきましょう。

感情ってのは同時にいろんな感情が存在しますね。
「好き」という気持ちもあれば「嫌い」もあるし、「キモい」と思うけど「会いたい」もある、みたいな。

だから、罪悪感や無力感だけでなく、いろいろな感情がある前提で、そのときどきで感じていた気持ち、そして、今、感じている気持ちに正直になってみましょう。

母に対してずっと罪悪感を持っていたんだ、とか、母のことをずっと不憫に思っていたんだ、と気付くだけで気持ちが楽になることもあります。

「感じないようにする」というのはコントロールのひとつですから、それだけでもエネルギーを消費します。

けど、感情と向き合うってことは「罪悪感を感じてる」ということを認めることであり、「罪悪感を感じても良い」と許可を出すことですから、少し力が抜けるんです。

その上で、その罪悪感なり無力感を解放する方向に持って行きます。

よくやる効果的な方法としては「母にごめんなさいの手紙を書いてみる」ということです。
お母さんに対して感じている正直な気持ちをしたためます。
今の気持ちから始まり、子ども時代や大人になってから感じていたことを書き出します。

文句を書いてもかまいません。
でも、感情に素直になることが肝心です。

「愚痴を聞くのが辛い」でもいいんですけど、「どんな辛さか?」も丁寧に見ていきます。

「お母さんが愚痴を言うのを聞いていると、それだけ苦しいんだな、と思って悲しくなるし、何もしてあげられないと思って無力さを覚えるし、でも、何とかしてあげたい愛情も感じるけど、そんなこと言わないで前向きになってよ!と怒りも覚える」みたいに。

そうして、できるだけ具体的に自分の気持ちを見て言葉にしていくと、その感情が解消されていくんです。

「辛い」だけよりも、「悲しい」「無力だ」「愛情」「怒り」と具体的にした方がより感情が解放されるんです。

だから丁寧に丁寧に気持ちを見ていくと解放もされるし、また、不思議な安心感も出てきますし、完全に感情が解放されなくてもお母さんのことが平気になっていくものです。

その一方で、母を通じて自分を見れば「前向きになろうとしすぎてるのかな?」「なんか自立しなきゃと思ってるのかな?」「頑張りすぎているのかな?」「助けてくれる夫がいて幸せだな」とか気づくことも多いでしょう。

今度はそっちをどうするか?を考えてみたり、そこから分かる自分の気持ちを見ていきます。

もっと自立、したいのかな?自分はどうしたいのかな?

無力感をそれだけ感じるってことはお母さんのことがほんとうは大好きなんだよな。

夫がいてくれてよかったな、ほんとにありがたいよな。

こうしたプロセスはけっこう骨が折れるものですから、何に対してもここまでがっつりやる必要はありません。

けど、親のことですからね、やっぱりそこは深掘りしていったほうがいいと思うんです。

そうして、母との関係が楽になれば、きっとその影響は母だけにとどまらないと思います。
仕事での人間関係が突然改善することもあるし、夫との親密感が高まることだってあるし、気が付けば自己肯定感がぐーんとあがっていたりもするし、近い存在の人との関係改善は大きな変化をもたらしてくれるんです。

「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
光の瞑想~疲れや罪悪感などを癒すイメージワーク~

◎東京:1/23(金)11:30-16:30 予祝ワークショップ(ランチ付)in ペニンシュラ東京

東京:1/23(金)11:30-16:30 予祝ワークショップ(ランチ付)in ペニンシュラ東京

◎東京:1/25(日)11:00-17:00 Being(本質)につながり、新しい私の軸で生き方を組み直す1DAYワークショップ

東京:1/25(日)11:00-17:00 Being(本質)につながり、新しい自分らしい軸で生き方を組み直す1DAYワークショップ

根本のセッション
お弟子を検索する!

●3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
●この記事を読んで「ああ、自分の場合はどうだろう?」と思われた皆さん。そのネタ、聞かせてください!もしかしたらブログ上で回答させていただけるかもしれません!(不採用になっちゃったらごめんなさい!何度でもチャレンジ可!です)

問い合わせフォームから「根本裕幸へのリクエスト(ネタ提供)」をお選びください。

また、お弟子さんたちのオンラインカウンセリング無料相談「ココロノマルシェ」でも随時ご相談を募集しています。


無料で読める根本のメールマガジン「予約の取れないカウンセラーが送る“毎日使えるココロの講座”」
より深く学びたい方のためのオンラインスクール「根本裕幸のメルマガ&動画で学ぶ、めっちゃ使えるココロの法則」


今日の話を無料アプリのvoicyで音声でラジオみたいに聴けます!

『(準備中)』


★Youtubeの公式チャンネルでも同じ内容を公開してます!(チャンネル登録よろしくお願いしますー!)

(準備中)


★voicy/youtubeで配信した話を文字起こしして公開してます!テキストで読みたい方はこちらからどうぞ!

『(準備中)』

★根本のSNS
X(twitter) / Facebook / Instagram

★根本の個人セッションのご案内。
根本のセッション
★お弟子さんたちのカウンセリングはこちらから。
お弟子さんを検索する!
オンラインカウンセリング無料相談「ココロノマルシェ」
お弟子さんたちのセッション・セミナー予定

★自宅で、カフェで、移動中に、どこでも学べる根本の心理学。
根本の著作一覧
根本裕幸のサイン本屋さん
セミナーセミナー動画・DVD販売・音声配信サービス販売サイト

あわせて読みたい