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自立している人ならば誰もが心の内に抱いている不信感。
それが他者不信として強く出ることもあれば、自己不信として感じられることもあるでしょう。
そのルーツも大きく見れば「被害者」と「加害者」に分けて考えられるので、今日はその2つの方向性で不信感をどうしたらなくしていけるのか?について考えてみたいと思います。
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自武女のみなさまと相塗れておりますと「不信感」というのは「罪悪感」と並び称されるほどの地位にあるものでして、何かと「あいつのことが信じられねえ」「今はいい奴だがいつかは裏切るに決まってる」「あたしに対して誠実に振舞ってるところが怪しすぎねえか?」と言った疑念を伺うことが多いものです。
つい先日も結婚3年目にして不信感が爆発し、「やっぱりお前のことは信じられねえ!」と関西の実家に逃走するついでにカウンセリングにいらっしゃった妻の話を聞いておりました。(100%リモート可なお仕事なもので)
まあ、そもそも結婚前から曰く付きの夫氏であり、脛に傷を持つ妻であり、スピード婚してしばらくはお互い心を入れ替えて誠実になろうと向き合って来られたのですが、いい夫婦になろうと無理をしすぎたのでしょう。
自分も密かに元カレと連絡を取り合っていた(会ってはいない)のですが、夫氏が結婚前になんだかんだあった女子たちと完全に切れてるわけじゃないことが発覚し、お互い爆発し、別居と相成ったわけです。結婚して初めての大喧嘩が別居に至ったわけです。
「あたしたちは結局表面上の夫婦だったんです!夫氏のことはかっこいいし、仕事もできるし、好きだけど、不信感から子どもを作る決断ができなかったし、これから一緒にいられる自信もなかったし。自分だって浮気してしまいそうだったし、そこで女の話がやっぱり出てきてもう無理!」みたいなことを延々と語られておりました。
あ。「最近似た話が多いんだけどネタにしてもよい?」とお聞きして「合点承知の助!」と昭和のセリフにて同意をいただいたのでネタにしております。(だいぶ脚色してますけど)(合点~なんて言うわけがないし)(まだ30代半ばだし)
思い起こせば私と妻も似たような始まりでして、それゆえ、はじめの数年間はけっこう揉めてました。
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不信感。
すなわち、人を信じられない気持ち。
みなさんはどれくらい心の中に溜めておられるでしょうか?
え?あたしの心は純度100%の不信感でできてるって?さすがっすね!
「信頼」と「期待」は別物ですし、「あなたのことを信じてる」というセリフの多くは「期待」だったりするので、「信じる」とか「信頼する」がどのようなものなのかを理解するのは難しいのですが、その逆の「不信感」については大いに「ああ、分かる!」ってなるはずです。
さて、いろんなお話を今まで散々伺って参りましたが、依存の不信感もあれば、自立の不信感もあります。
依存の不信感というのは「ねえ、あなたのこと信じさせてよ!なんでそんなことするの?悲しいじゃん。もっと誠実に向き合ってよ!」みたいな思いとして出るものでして、相手の行動によって相手を信じようとする他人軸な態度のことです。
ちょっと被害者寄りですね。
だから、その思いがあるうちは永久に相手を信じることができないので、相手の行動を常時監視したくなりますし、なんなら相手の言動をつぶさに観察して「なんか怪しいところはねえか?」と常に疑いの目で見てしまうものです。
もちろん、その結果「疑わしい言動」をたくさん見つけてしまうんですけどね。
一方、自立の不信感というのは、そうした依存の不信感を経て「やっぱり男(人)なんて信じられん!」と固い決意をしている状態で、はじめから信じようなんて思いません。
信じようとして傷ついた経験から「もう信じない!」って決めてるわけですね。
だから、相手に心を許しそうになったり、相手のことが大好きになったり、ずっと一緒にいたい!とか思うようになったら心が大いにざわつくものでして、それゆえに不信感というのは「親密感への怖れ」を構成する重要なパーツの一つとなっています。
だから、自立の不信感というのは「信じたいけど信じてはいけない」みたいな観念として心を支配することになります。
ただ結局のところ、相手への不信感というのも「投影」なんすけどね。
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パートナーシップに限らず、他者不信があるということは、それなりに大きな傷を心に負い、そして、その傷が未だに癒えていないことを表しています。
その傷が癒えていないというと未だに生傷状態で血を垂れ流しているように思われるかもしれませんが、実際はその傷を負った痛みから「二度とそんな思いはしたくない」と思って作ったルール(観念、ビリーフ、思い込み)として心に刻まれているものです。
男に裏切られた傷から、もう男は信じない!というルールを作るようなものです。
だから、カウンセラーとしてはその不信感のルーツを探ることがよくあるわけでして、その結果、「朝令暮改の母」「大うそつきの父」「裏切りの親友」「約束破りの友達」「浮気性の元カレ」といったゴレンジャー並みのラインナップができあがるわけです。
(筆者注:なるべく語呂がいいように肩書を考えたのですが、もっといいのがあれば教えてください。なお、この語呂を考えるのに一生懸命になったので何を話したかったのか忘れてしまっております。)
私もかつて「親友に裏切られて人間不信になり、学校に行けなくなってギリギリ卒業させてもらい、数年間引きこもりになった」とか「職場の権力闘争に巻き込まれて、自分の上司から裏切者扱いされて会社を追われた」とか「結婚を約束して自分の両親にも会わせたし、子どもも身籠った彼氏が実は既婚者だった」とか「仕事であらぬ罪を擦り付けられてひとり悪者扱いされて辞めざるをえなくなった」みたいな辛い話を聞いてきました。
特に多いのは思春期の「いじめ」ですよね、やはり。
昨日まで仲良かった子に突然無視されたり、表向きは仲良しの子に変な噂を流されたり、露骨に悪口を言われたり、クラス全員からゴミ扱いされたりしたら、そりゃあ、他人のことは信じられなくなりますよね。
でも、よくよく見て行けば、そのいじめの傷が深くなるかどうかは家庭環境にかかってくるところがありまして、学校で辛い思いをしても家が安心できる場所であれば、その傷は浅く済むものです。
かつて、学校でひどいいじめに遭っていた子がいるんですが、彼女は相当ヤバい奴と評判の父に溺愛されていたため、「学校であったことを父に言ったら、同級生も先生もみんな殺される」と真剣に信じており、つまり、心理的に父に完全に守られていたので、いじめの傷はほとんど負っていなかった、という実例もありました。
この記事をお読みの方の中にも「母にいじめのことを言ったら『あんたが悪いからや』と一蹴された」「母に言ったら気が動転してパニックになってしまうと思ったから言えなかった」「親に言っても取り合ってもらえないことが分かってたからひとりで耐えた」という記憶がある方もいらっしゃると思います。
つまり、「家が安全な場でない」というのはいじめ以前からあった問題なわけで、それで「自分で何とかしなきゃ」と自立が早まりますし、それだけ両親に対する不信感がすでにあったと考えられます。
つまり、不信感のルーツをたどれば家庭内にあると言ってもいいんです。
ただ、ここがややこしいのは思春期という第二次反抗期の存在です。
この反抗期は「精神的に親から独立しようとする」時期でして、親に頼らず自分で何とかする、という自立が本格的に始まるんです。
だから、敢えて、親を嫌って距離を取ろうとしたり、親の言うことに反抗したり、親を無視して何かしようとするんです。
つまり、敢えて親を信じない、みたいなことをするんです。
しかも、けっこうな確率で親の方が正しく、自分が間違ってることが多いのですよね。
もちろん、それにもそれまでの親との関係性や親側の態度も影響してくれるので、なかなかややこしいんです。
簡易な例でいえば、「今日雨降るから傘持って行きなさい」という母親の言葉に反抗して「いや、いらん」と傘を持たずに出たところ、帰り道にたいそうな雨に降られてずぶぬれになり、帰るなり「ほら、言ったじゃないの!傘持ってけって!もう、風邪ひくからお風呂入りなさい!」と母親に怒られたのですが、それにも反抗し、「いや、いらん」と着替えるだけで過ごしたところ、翌朝、熱が出て楽しみにしていた学校行事に参加できなかった、としましょう。
まあ、自業自得っちゃ自業自得なんですけれど、そんな風に親から精神的に自立するために、敢えて反抗するのが思春期なんですが、そこで「自己不信」が芽生えるのも分かりますよね。
結局親が正しくて、自分が間違ってる、という経験。
これが自立していく過程で生まれる「自己不信」のルーツと言ってもいいくらいです。
そうすると私たちは「反抗期」が続く以上、自己不信を積み重ねていくことになるのです。
どうでしょうか、みなさん。親への反抗期はもう終わりましたか?
親に素直に感謝し、サポートできるようになりましたか?
そうして芽生えた自己不信は、自分のことがますます信じられなくなるような言動を繰り返させるものです。
いわば、人生丸ごと反抗期みたいな状態になり、表でいい子をして裏で悪い子になったり、誰かをこっそり裏切ってみたり、正当化して相手をやり込めてみたり、競争心から相手をつぶしてみたり、思春期ならではの潔癖さを求めたりするものですから、気づかないうちにどんどん自己不信を強めていきます。
それを他人に投影するものですから「他者不信」も増大していくことになるわけです。
そして、自分のことが信じられないわけですから「自分に自信がない」のも当然ですし、「将来が見えない」「将来が不安だ」「ヴィジョンがない」「やりたいことが分からない」になるのも当然なわけです。
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ということで話が複雑化してきましたけど、整理すると
・他者不信のルーツは家族、特に両親との関係にあるんじゃね?
・反抗期の頃から「自己不信」が芽生えてくるんだよね!
・そして、それが知らん間に増大して自己不信も他者不信も大きくなるんだよね!
という話です。
不信感を癒そうと思えば、ふつうはこれらを別々に扱うんですけれど、一本化して「不信感のすべては投影であり、ゆえに、自己不信を癒すことが人を信じられるようになる方法」としてとらえてもかまいません。
とはいえ、一般的にはやはりトラウマセラピーから始めることが多いでしょう。
・親に不信感を持ったのは何があったからなのか?
・親にどんな“期待”を持っていたのか?
例)親なんだから自分の気持ちを受け止めてくれるべきだ。
例)気分で子どもを振り回さないで欲しい。
・その“期待”は今どうなっているのか?他者にその期待を向けていないか?
例)特に身近な人に自分の気持ちを受けてほしいという欲求が強くある。
例)母親が気分屋で言ってることが毎回違っていて振り回されたので、身近な人に「言動の一致」を求める傾向がある。
・親以外でも「裏切り」「期待外れ」「いじめ」「嘘」「騙された」などで傷ついた経験のうち、今も心がざわつくできごとは何か?
・不信感は「防衛手段」なのだが、その不信感を持つことで自分がしなくても良いことは何か?(相手を信頼する、以外に)
・信じたいけど信じられない相手は具体的に誰か?現在、過去において。
・その人に誰を投影していたのか?
こんな感じで内観していくと、不信感のルーツ、そして、そのときの感情が取り戻せると思います。
そして、そこに「痛み」があるならば、それを癒していこう、手放していこう、と決意してみてください。
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その傷の癒し方はトラウマセラピーと呼ばれるもので、様々な方法があります。
1)イメージの中で、その傷ついた自分に寄り添う。その子を抱きしめてあげる。優しい言葉をかけ、傍にいてあげる。その子の辛さを共有する。一緒に泣いてあげる。
2)その当時の自分に成り切ってみる。裏切られた痛みをリアルに想像して感じてみる。そして、そこで感じる悲しみ、痛み、悔しさ、絶望、不安、怖れ、寂しさ、惨めさなどの感情を感じる。呼吸に乗せて吐き出す。
3)その傷が体のどこにあるかを直感で探す。そこに手を当てて光を送る、その光で痛みを流す、浄化する。手の届かない場所は、優しい手がそこに添えられてることをイメージする。
4)イメージの中で、その傷を女神様・神様などに捧げ、その慈愛深い光でその傷が消えていくのを想像する。
他にも無数にあると思いますが、自宅等でひとりでできる方法をいくつか紹介しました。
カウンセリングの中でイメージワークやボディワークとして提供することも多いセッションです。
また、リトリートセミナーではこれをロールプレイセッションとして行います。
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さて、ここまではどちらかというと「被害者」という立場で話を進めてきました。
しかし、もうひとつ、大切な視点があり、それが「加害者」としての立場です。
ここまでも(それで話を複雑化してしまったけど)自己不信に言及してきましたけど、自らが誰かを裏切る(傷つける)ことで、自己不信を増大させ、それを他人に投影して他者不信になるって話です。
これはお察しのとおり「罪悪感からくる不信感」と呼んでも良いものです。
例えば、自分が親の期待を裏切ってしまった、自分が弟妹な友達をいじめていた、大切な恋人を傷つけてしまった、等々の「罪悪感」が「不信感」を作っているパターンです。
これも叩けば埃しかでない自武女のみなさまにとってはお馴染みですよね!(満面の笑みで)
これは「罪悪感を覚えるようなことをすると、そんな自分に嫌悪し、責める上に、そんなことをしてる自分のことが信じられなくなる」という仕組みですよね。
痛いっ!!!という叫び声が各方面から聞こえてきそうです。
みなさん、大丈夫でしょうか?(やさしい)
冒頭でネタにさせてもらった奥様ですが、そんな罪悪感をたんまりお持ちでした。
結婚後も元カレと何かと連絡を取っていたというのも、「まあ連絡くらいはいいんじゃない?」と思ってたらしいのですが、「同じことを夫がしてたらどうする?」って聞いたら「殺意が湧く」とおっしゃってたので、やっぱり罪悪感があるんです。
夫も夫ですから、彼女も「逃げ場」が欲しかったんだと思うんです。
でも、彼女も武闘派女子という立派な武士であられるわけで「逃げる=死」だと思い込んでいて、そうした逃げ場を作ること自体が罪悪感になるわけです。
また、結婚前もいろいろありまして、罪悪感が付きまとう恋愛を重ねてきた(アングラの住人だった)わけで、少なくとも“女としての自分”には大きな不信感を抱いてました。
だから、夫とはちゃんと向き合いたい!と頑張って誠実に振舞っていたのですが、それって「補償行為」だったんですよね。
だから、こっそり元カレと連絡を取り、それを「それくらいはいいだろう」と正当化し、逃げることを許さず、結果的に、自分を狭い箱の中に押し込めて来ちゃったんです。
また、結婚してからもなるべく気にしないようにしてきたけれど、夫の行動をどこかで監視してる部分もあって「夫を信じられないことへの罪悪感」もあるわけです。
自分が「ルール」という狭い箱の中に押し込めてしまえば、当然、夫にもそこに入ることを強制したくなる(ていうか、むしろ、夫をそこに閉じ込めたい)わけで、お互いちゃんとしようと頑張った分だけ苦しくなってしまったんだろうと思います。
もちろん、ここにも罪悪感は付いてくるわけですし、自己不信を強めることになるわけです。
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だから、「自分を許す」という命題がここに出て来ます。
罪深き我を許し給えと神社や教会で唱えるもいいですし、自分に向ける愛でもってその罪悪感を浄化してもいいでしょう。
罪をなくす、のではなく、罪を受け入れる、わけですが、これは自己肯定感と言ってもいいんです。
罪深い自分を否定せず、肯定する。
これには様々な葛藤が出てくるでしょうし、倫理に反するとか「あんなひどいことした自分を肯定するなんてありえない!」という怒りも出てくるかもしれません。
そこに文字数を割くことはできませんので、その辺は過去記事か罪悪感本・動画などを活用してください。(丸投げ)
★罪悪感モノ
*「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
*光の瞑想~疲れや罪悪感などを癒すイメージワーク~
この「許し」のプロセスを進めるためには、自分に寄り添わねばなりません。
自分を「このバカ者が!」と攻撃していたんじゃ、寄り添うことはできません。
自分自身を知り、なぜそのような罪を犯したのかを理解し、受け入れていくわけですから、「自分が自分の敵」であってはできません。
そうして「自分を知り、理解し、受け入れ、許す」という自分に寄り添う行動はすなわち、自分を愛することであり、それが自分を信じることそのものです。
だから、罪悪感を手放そうと、自分をもっと許し、愛そうとするプロセスの中で、自己不信は少しずつ消えていくでしょう。
そうして、自分のことを信じる(=自信を持つ)ことができれば、それを他者に投影するので、他人のことも信じられるし、他人からの信頼も受け取れるようになっていくのです。
ここはたいへん難しいプロセスです。
なんせ、癒しの世界では「自分を許すのは一生モノ」と言われるほどの難行なわけですが、そこから得られる恩恵もものすごく多いものです。
もちろん、許しが完成したら手に入れられるものではなく、そのプロセスが進むにつれ徐々に得られるものです。
それは安心感であり、自由であり、解放感であり、真実の愛であり、才能であり、生きやすさであり、つながりであり、、、、もうほんといっぱいありますね。
ま、そんな風になっちまったら天国にいるのと変わらないので、人間である以上、その辺はちょっとかじるくらいがちょうどいいのかもしれませんが。
だから、不信感を完全になくすなんてことは考えない方がいいです。
自由で、安心できて、生きやすさを感じる程度に癒せたらいいんです。
ということで、不信感を癒すのもやっぱり自己肯定感でんな、といういつも通りの着地点になったことは筆者としては大いに不満です!以上!笑
★「許し」のための本&セミナー動画
*「もう傷つきたくない」あなたが執着を手放して「幸せ」になる本」(学研プラス)
*「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法」(あさ出版)
*自己肯定感を高める100の法則 ありのままの自分をすきになる最もシンプルな方法
*セミナー動画:本気の手放しワーク 2024
*セミナーDVD『本気の手放しワーク』
●3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
●この記事を読んで「ああ、自分の場合はどうだろう?」と思われた皆さん。そのネタ、聞かせてください!もしかしたらブログ上で回答させていただけるかもしれません!(不採用になっちゃったらごめんなさい!何度でもチャレンジ可!です)
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