人から褒められたときに笑顔で「ありがとう!」と言えるようになるには?~価値・魅力の受け取り方について~



なぜ自分の価値を認められないのか?
そこには無意識に沸き起こる「正しさの争い」や「完璧主義」が影響していることが多いものです。
また、その裏には自己嫌悪が隠れていて、否定的な発言を支持してしまっているところも価値を受け取れない理由です。
「自分軸」がここでもカギになるのです。

根本先生はじめまして!
いつもをブログでひそかにお世話になっています!

いきなりですが、私は顔が濃いです。
小学生から自覚があり、嫌でした。
大人になるにつれ受け入れるようになりましたが、ハーフや外国人に間違われ、それが褒め言葉だけではなく「日本語しゃべれるん?」「この外国人が!」「あなたよりあの子の顔のが好き」「目だけは羨ましい」など勝手に言われ、普通にムカつきました。

学生の頃から喋ったことない人から告白されたり(異性同性どちらも)、友達として仲良くなると急に距離を置かれたり、お前と喋ると彼女が怒ると言われたこともあります。
みんなと同じことしても先生から怒られるとか。(作品なども選ばれやすかったです)

期待され離れられが多く、なんだか疲れました。

参考までに。問題多めです。(笑)
核家族
父(アル中予備軍)
母(ヒステリック武闘派)
兄(いじめられ、不登校経験)

夫(ハードワーカー)

昔から母の相談役で癒着ありそうです。

夫が私の顔をほぼ毎日褒めてくれ恥ずかしいですが、そのおかげか周りの人の言葉も優しくなりました。

ちなみに子供も顔を褒めてもらえます。
笑顔で「ありがとうございます!」と受け取るために、私は何から取り組めばよいでしょうか?
(Eさん)

顔ってやっぱ看板なわけですから一番目立つところなのですよね。
そこにコンプレックスや嫌悪感を持ってしまうと自信がなくなってしまうし、表に出ることも躊躇してしまうし、他者不信にもなりやすいですし、辛いんですよね。

特に学生時代って交友範囲が同世代に限られるし、交友範囲が狭まってしまい、その間に心に傷をたくさん持つようになってしまうのです。

しかも、この外見の美醜というのは「主観」が大いに入り込むものですし、また、子どもであればあるほどいじりやすい点でもありますし、「この顔が嫌い!」と思ってしまえば、どんな美人でも自分のことをブスだと思い込むようになるんです。

で、まずは気持ちの整理をしていきつつ、人の心理を理解するところから始めていきましょう。

>ハーフや外国人に間違われ、それが褒め言葉だけではなく「日本語しゃべれるん?」「この外国人が!」「あなたよりあの子の顔のが好き」「目だけは羨ましい」など勝手に言われ、普通にムカつきました。

ムカつくことができたのはとても良いことです!

で、そういう否定的なニュアンスの言葉のほとんどは「嫉妬」であることに気づいておきたいものです。

嫉妬される、ということを言い換えれば、羨ましい、憧れる、ということであり、それらはすべて「ほめ言葉」になります。

「嫉妬=羨ましい×自己嫌悪」という感情と解釈できるものでして、そのセリフを言った本人が自分の外見に嫌悪感を持っていて自信がないからこそ、純粋に相手の魅力を認められなくなって嫌味、攻撃、陰口、悪口を言っちゃうわけです。

この仕組みを理解することは魅力的な人にとってものすごく大事なことで、それが分かってないと嫉妬だと気付かずに相手の言葉を真に受けて傷ついてしまう、という現象が起こるものです。

同級生はもちろんですが、親だって先生だって嫉妬することがあります。

でも、まあ、小学生にそれを理解せよ!と言っても難しいものですから、大人になった今、改めて「そっかー、あれはあたしの魅力に嫉妬したからこそのセリフなのかー」と思い直しをすることが大事です。

>学生の頃から喋ったことない人から告白されたり(異性同性どちらも)、友達として仲良くなると急に距離を置かれたり、お前と喋ると彼女が怒ると言われたこともあります。

こちらも同様の解釈ができまして、要するにEさんはとても魅力的な外見をしている、ということを表しています。

だから毎日ほめてくれる夫氏が正しいってことになりますね。

急に距離を置かれるってのも美男美女は少なからず体験してるんじゃないかと思います。

思春期になると「外見」がとても気になるようになりますね。
前髪を決めるのにものすごく時間をかけたり、鼻の高さ、唇の形、目の大きさなど微に入り際に渡り気になったりするものです。

それで周りの人からどう見られてるのかがすごく気になるし、かわいいと思われたい、きれいだと言わせたいって思いがすごく強くなるものです。

それゆえに周りの人と比較が激しくなって、何かと他人と自分を比べるようになっています。

大人になっても他人との比較がやめられない方も多いのですけど、それはこの頃に端を発していて、その癖がずっと続いてしまってることを表しています。

そういうわけでしゃべったことがない人からも告白されるようになるし、相手が「こんなきれいな人と一緒にいたら自分が引き立て役になってしまう」と感じたら距離を取られるようになるし、「お前と喋ると彼女が怒る」なんてまさにEさんがとても魅力的であることの証明に他ならないわけです。

もちろん、そういう態度を取られるのはショックだし、傷つくし、キモいし、ウザいし、怖いんですけれど、それも「ああ、あたしが美しすぎるからね!」と無理やりでも思っておくのが安全ですし、真実です。

さて、この嫉妬される側(つまりはEさん)に目を向けると、ここでもやっぱり自己嫌悪があるところが問題なんですよね。

仮にEさんが幼少期より外見に関して完全に自信を持っていたのであれば、そういう嫉妬は起こりにくくなります。

不思議なもので、自己嫌悪同士が引き合うのか、嫉妬される側も、嫉妬する側も、自己嫌悪があるんです。

まあ、これは鶏が先か卵が先か問題に似ていて、外見を気にしていない幼少期の頃から外見について人からあれやこれや言われて傷ついたからこそ自信が持てないって側面もあるんですよね。だから、無理ないことかなあ、とも思うのです。

なので、大人になった今、その解釈を書き換えればよいわけです。

※嫉妬について深く知りたい方はこちら

「つい他人と比べてしまうあなたが嫉妬心とうまく付き合う本」(学研プラス)
嫉妬する人も嫉妬される人も嫉妬心と徹底的に向き合って仲良くなるワークショップ~嫉妬は敵じゃない!あなたの魅力を教えてくれる味方なんだ!~
心理学講座「嫉妬はあなたの魅力を教えてくれる素敵なサイン」

さて、そうして「ああ、あたしは嫉妬されてきたんだ。周りの人たちが嫉妬するような外見なんだ。」と理解して受け入れることがEさんの一手目かな、と思います。

そのときに大切なことは「自分軸」なわけで、「自分」と「他人」をきちんと線引きする必要があるものです。

これは私たちが自分の価値や魅力を受け取るときにとても大切なことでして、主観vs客観の争いになってしまうことが多くてすごくもったいないことが起きてるんです。

例えば、Eさんは「顔が濃くて嫌だ」と思っています。これは主観ですね。

あくまで自分で自分を見て感じることです。

良いとか悪いとかではなく、あくまで自分が思っていることです。

一方、周りの人はどうやらEさんの顔に魅力を感じていたようです。

それは周りの人がEさんを見て勝手に感じていたことです。

これまた良いとか悪いとかではなく、周りの人が勝手に思ってることです。

ただそれだけなんです。
それ以上でも、それ以下でもないんです。

どちらの見解が正しいか?なんて議論は不毛ですし、そもそもそこに正しさは存在しません。

特に外見なんてものは見る人の好みが思い切り反映されるものでして、100人中100人が美人だと思う人はこの世に存在しないものです。

だから、Eさんとしては「あたしはあんまりそうは思わないけど、周りの人の中にはあたしを美人だと思ってくれる人がいるらしい」という受け止め方でいいのです。

「自分は美人なんだ!」と思い込む必要もなければ、「あたしを美人って言う人はみんなおかしい!」って決めつける必要もありません。

私たちは自立すると傲慢さというものができて「自分は正しい」と思っているものです。

だから、間違いを指摘されると怒ったり、恥ずかしがったり、落ち込んだりするわけです。

つまり「あたしは美人じゃない」という主観が正しくて、周りの人が間違っていると思ってしまうのです。

これがけっこうな問題を作ります。

Eさんを美人だと思っている人を否定することになっちゃうからです。

否定された側はあまりいい気持ちにならないでしょう?

それでその人との関係性に溝が入るようになるのです。

つまり、気づかないうちに「正しさの争い」をしていたってことになるのです。

さらに私たちの心理は「自分の正しさを証明しようとする」のです。

例えば、「自分は美人じゃない」と思っていたとします。

そうすると「あなたは美人だ」と言ってくる人を否定しちゃうのは先ほど書いた通りで、その人との間に壁が生まれます。

それと同時に「あたしはあまりあなたを美人だとは思わない」という発言を耳にすると、ショックを受けると同時に、その発言を「正しい」として信じ込もうとします。

だって自分と同意見ですから。
自分の思いが正しいのだと証明してくれる人だから。

そうすると人間関係はどうなるでしょう?

自分の魅力を見てくれる人とは距離が空き、自分を否定してくる人と距離が縮まる、という状態になります。

そういう人間関係て楽しいですかね?

今、あまりいい人間関係じゃないなあ、と思っている方はもしかしたらそういうことをしてしまってるのかもしれません。

また、先ほど同様「自分は美人じゃない」と思っていたとします。

たまたま10人にアンケートを取ることになり、10人中8人が自分を美人だと言い、残り2名がそうでもないと答えたとします。

あなたはどっちを支持します?

むしろ、その2名の発言を思い切り引きずってしまいませんか?

そのとき魅力を見てくれた8名のことをどう扱っているでしょう?

そこに「完璧主義」を発動しちゃうこともあるでしょう。

10人中10人が美人だと言ってくれなきゃ受け取れない!という完璧主義です。

それってとても無謀なことを求めてることはすぐに理解できるのですが、自信がないがゆえに、それを求めてしまうのです。

これって話を広げると「アンチや炎上が怖くてやりたいことができない。表に出ることができない。」という問題につながっていきます。

自分の魅力を見てくれる8名に目を向けることができず、否定してくる2名を支持してしまっているからです。

そしたら、その2名を怖れて8名がいないことになるし、そうすると「あたしは嫌われてる!誰からも愛されてない!」という思いを作り出しちゃうことも理解できるでしょうか?

ということで、自分軸、です。
完璧主義に対しても、自分軸、です。

私は私、相手は相手。

「あたしはあんまりそうは思わないけど、周りの人の中にはあたしを美人だと思ってくれる人がいるらしい」(再掲)

というところが二手目ってことですね。

そうして、周りの人たちが見てくれる価値を受け取れるようになっていくと、「あたしもまあまあ美人かもしれん」とか「見る人によってはあたしは美人らしい」という風に自分の解釈が変わって行くものです。

そしたら「ありがとうございます!」と笑顔で受け取れるようになっていくのです。

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