あのときは怒っちゃったけどほんとは何を伝えたかったんだろう?~怒りと上手に付き合えるようになるために~



私たちは怒りをネガティブな感情と捉え、嫌い、怖れるのですが、そうして忌避するほどに怒りに振り回されやすくなります。
怒りは感情ですが、ほんとの感情を隠す蓋でもあるので、その怒りの奥にあるほんとの感情に目を向けていくといいのです。

根本先生、はじめまして。
凝縮された素敵な文章をお書きになる先輩方に惚れ惚れしておりましたが、今日は初めて投稿させていただきます。

感情的で過干渉、完璧主義な母とロックマンな父のもとに生まれた次女として平和を希求して生きてきましたが、年末から遂にお恨み帳を書き始めたところ、日々押し殺していた感情、親に感じていた怒りに日ごとに気付くようになりました。

2022年は十数年ぶりにエネルギッシュなスタートを切れたと感じています。ありがとうございます!

一方、困っているのは止まらない怒りです。特に仕事で雑な依頼や計画が狂う依頼をされたときは、すぐさまぶち切れてしまいます。

お恨み帳にただ恨みつらみを書き連ねるに留まらず、ペン先で刺しまくられたそれはすでにボロボロですし、それでも怒りは収まらず、罵詈雑言をお口にも出してしまい、落ち着いてから思い返すと自分でも若干引いてしまうヤバイ奴です。

もう社会人の端くれですし、自分の怒りくらい上手く扱えるようになりたい、狭義の社会(同居家族、会社の方々)とは共存して生きていきたいのです。
粛々と続けていればいつの日か仏になれるものでしょうか。
(Yさん)

御恨み帳を書き始めると「やべぇ、怒りが止まんねぇ」とYさんのように紙もペン先もボロボロになるほど怒りが出ちゃうことがあるんですけど、それは至って順調な証拠なので、悪いもんじゃないんです。

【保存版】御恨み帳(お恨み帳)の書き方~心の健康を維持するための素敵なノート~

そういうときはこういう風に解釈するわけです。

「あたしはこんなにも怒りを溜め込んでいたのかー!!!」

つまり、止まらないやめられないくらい怒りがてんこもりになってるわけで、それだけ我慢してきた、抑圧してきたってことなんです。

それに気付けて良かったんですよね。

怒りってそれはそれは強いエネルギーを持ちますから、それを抑圧しちゃったら無気力、抑うつ的になっちゃうんです。

要するにやる気がなくなっちゃうんですね。

だから、怒りを解放し始めたらエネルギーが流れるようになって

>2022年は十数年ぶりにエネルギッシュなスタートを切れた

ということになるんです。その節はまことにおめでとうございますっ!!!

で、他の方からもたくさんご相談いただくんですけど、

「止まらねぇ怒りをどうすりゃいいんだよ。このまま垂れ流していいんかよ?いつまで続くんだよ?」

「御恨み帳に書き出してたらふだんから怒りっぽくなっちまったじゃねぇか。あちこちで怒りを感じるようになっちまって困ってんだよ!」

「他人に対してイライラをぶつけることが増えてきてヤバいんだよ。人間関係壊れちまうよ!どうしてくれんだよ!」

等々の怒り交じりのお言葉を拝聴しながら「うんうん、順調だね~♪」とお答えする今日この頃です。

そういうときはこういう風に解釈するわけです。

「ああ、あたしはこんなにもエネルギッシュでパワフルで情熱的でセクシャリティが強い女だったのかー!!!なるほどー!!!」

余談ですけど、こういう風に解釈することを「物事を肯定的に受け止める」ということでして、すなわち「自己肯定感」ということになります。

物事には様々な面があって真実は一つじゃないんです。

ネガティブな解釈をついついしがちだけど、その裏にはポジティブな見方も存在するんです。

もちろん、そのポジティブな解釈が正しいってわけじゃなくて、どっちの見方も正しいんです。

さて、「怒り」って悪いもののように思われますよね。

怒りをぶつけられるのはすごく嫌だし、怒りをぶつけるのもすごく嫌ですよね。

「怒る=感情的=大人じゃない」という風潮も未だに根強いので、怒りを出すってのは悪いことで、まだまだ子どもっぽいし、ダメなこと、と思っちゃうんです。

また、怒りってエネルギーが強いわけで、「怒りを怖れる」という人も多いと思います。
これ、他人の怒りはもちろんだけど、そもそも自分の中にある怒りを怖れるんですね。

だから、怒りって抑圧されやすいし、なんとかごまかそうとするし、見ないようにするものです。

でも、それでも怒りってなかなかなくならないので「アンガーマネジメント」というジャンルが確立されるほどです。

しかし、怒りというのはすでに言ったように情熱的であり、エネルギッシュであり、セクシャリティが豊かであることを示すサインです。

怒りを解放すればやる気が出てくるように、私たちを動かす原動力=エンジンのような働きもするんですね。

だから、「怒りを愛する」とか「怒りと上手に付き合う」ってのは私たち全員に与えられた課題とも言えるんです。

怒りについてはちょくちょく書いてきたのでテキトーにググってもらいたいんですけど(筆者怠け者ゆえ)、ほかにも次のような特徴があります。

「怒りは心の中の痛みに触れたときに出る防衛的な感情」

例えば、Yさんがある日、段差で豪快に躓いて腕やら膝やらを思い切り擦りむいたとするじゃないですか。

それでツバを付けて「痛いの痛いの飛んでけ~!」とかやってるけど、じんじん痛みがあるとするじゃないですか。

そんなときに友人のMちゃんがおもむろに腕の傷口に「よぉっ!」と触れようとしたらどうします?

「やめてよ!痛いじゃん!」と反射的に“怒り”を出すと思いません?

怒りの感情は腕や膝の傷から自分を守るために発せられた感情なんです。

で、それは肉体的な話だけじゃなく、心でも同じなんですね。

だから、怒りが出たということは何らかの心の痛みに誰かが触れようとした、ということを表します。

そうするとテーマは「どんな痛みがあるんだろう?」というところに移ります。

怒りを感じられるようになり、御恨み帳を3冊ほどボロボロにした方はそろそろもう一段深い部分に入ってみると良いでしょう。

心の痛みって言うくらいですから、それは感情的な痛みです。

悲しい、恥ずかしい、苦しい、辛い、寂しい、不安、怖い、申し訳ない(罪悪感)、自分なんてちっぽけだ(無価値感)、自分は何もできない(無力感)、惨めさ、不信感、裏切りと言った痛みです。

こうした痛みは例えば「分かってもらえなかった」「見捨てられた」「ないがしろにされた」「助けてくれなかった」「愛してくれなかった」「バカにされた」「見下された」「否定された」「笑われた」「信頼してもらえなかった」と“自分が解釈したできごと”によって刺激されます。
(これらは良く見ると他人軸であることにも着目!)

つまり、痛みから自分を守るために怒りが出るわけですが、それ故に「怒りは感情の蓋」と言われます。

ほんとの感情を隠すための蓋なんですね。

また、実は怒りは愛から誘発されることもあるんです。

「なんでそんなに自分を傷つけるの?もっと自分を大事にしなよ!」
「あんたはもっと魅力があるのに何でそれを受け入れないの!」
「自分が愛されてること分かってる?全然受け取ってないじゃん!」
「あなたが周りの人からどれくらい慕われてるか分かってない!」
「もっと自分の力を信じなよ!あんたは間違いなく力があるんだから!」

なんて風に。

ちなみにこの怒りは「叱る」と表現されますね。

皆さんも友達や家族から愛ある怒りを受けて目が覚めた経験があるかもしれません。

それから若干順番が逆な気もするんですけど、「怒り」が「やる気」に変わった経験だって皆さんふつうにあると思うんです。

「ちくしょー!あたしをこんな目に遭わせやがって!絶対いい女になって後悔させたるわ!」なんてこと、皆さん、ふつうにやってきませんでした?笑

「ムカつくー!あたしのことバカにしやがって!見返したるわ!」という風に怒りからやる気に変わり、それが結果を残すことになったりもするんです。

こうなってくると「怒り」って必ずしも悪いもんじゃねぇな?と思いませんか。
むしろ、私たちが人生をイキイキ生きるためには必要なもんだと思いませんか?

怒りを抑圧してたら退屈するし、つまんないし、面白くない毎日がやってきます。
それはある意味「平穏」なのかもしれませんが、決して楽しくありません。
そして、その日々はいづれ「後悔」にとって代わるでしょう。

ということで、とりあえずYさんや同志の皆さまには「怒りって悪いモノどころか必要なもんじゃねぇか?」と思っていただければ幸いです。

逆に言えば表面的に出てくる怒りだけを見るんじゃなくて、その奥にある感情もちゃんと見極めてあげたいよね?という話なのです。

もちろん、怒り心頭のときはちゃんとその怒りに目を向けてあげましょう。
そして御恨み帳なり何なりでその怒りを解放してあげましょう。

人や物に怒りをぶつけるのは怒りの解放ではなく、怒りから逃げてることになるので要注意ね。

タイミング的にはこの辺です。

>落ち着いてから思い返すと自分でも若干引いてしまうヤバイ奴です。

落ち着いてから思い返した時に怒りの奥にある感情って何だろう?って思い出してみるんです。

「なんかバカにされたように感じたんだよな。自分でも薄々気にしてたことを上から目線で言われてイラっとしちゃったんだ。やっぱまだまだ自分を受け入れてないんだな。もっと自分を肯定してあげなきゃ。」

「すごく段取りが悪くてイラっと来ちゃったんだけど、自分ならもっとスムーズに準備するし、ちゃんとするから、それができない相手にムカついたんだよな。でも、相手も悪気があったわけじゃないんだよな。」

「なんか嫉妬しちゃったんだよね。正直彼氏とラブラブって羨ましいし、こっちは寂しく過ごしてるのに全然配慮もしてくれなくて自分のこと蔑ろにされたようにも思っちゃったのか。」

「あんなに怒っちゃったんだけど、彼女がそんなに自分のことを粗末にするのが悲しかったんだよね。あたしは彼女のすばらしさをたくさん知ってるから、もっと自分を大事にしてほしいし、幸せになってほしいんだよね」

みたいな感じで。

でも、これは自分を責めるためにするんじゃなくて、自分の心にちゃんと寄り添ってあげるためね。

そして、怒りに隠された「本音」や「本音の本音」を知るためね。

痛みから来る怒りだって行き着く先は愛だったりするので、そこまで掘り下げられたら最高なのですが、そこまで行けなくても「あたしはほんとはなんて言いたかったんだろう?」と後追いで思い返してみることは意味のあることです。

そうして、怒りの裏の本音に気付けるようになるとコミュニケーションが変わってきます。

怒りを表現しなくても本音の方を先に言えるようになってくるんです。

ふだんなら「怒り」で防御しちゃうところを「そんなこと言われたら悲しいやん」という風に。

とはいえ、その辺をうまくやろうとするよりも「本音」があることを知り、その本音を後から追いかけてみるとだんだん怒る頻度も下がっていきます。

なので、

>もう社会人の端くれですし、自分の怒りくらい上手く扱えるようになりたい、狭義の社会(同居家族、会社の方々)とは共存して生きていきたいのです。

という風に思うのも自然なことだと思うんですけど、周りと共存しようとすることがかえって怒りの封印につながることもあるので、「しばらくの間はごめんなー!」という気持ちで今のまま過ごしてもらえたらと思う次第です。

でも、こういう試みを続けて怒りは怖いもんじゃないし、悪いもんでもないという理解を「体感」していくと、怒りと上手に付き合えるようになって行きます。

怒るときは怒るし、そこまでじゃないときは本音を言えるし、ね。

ということで、「あのとき怒っちゃったけどほんとは何を伝えたかったんだろう?」という意識を持ってみたらいいんじゃね?というお話でしたー。

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