愛することと信じることと。


例えば、自分の意に沿わない人を、自分を傷つけるような言動をする人を、愛することができますか?

その人が取る言動に自我や痛みを選ぶのではなく、その人の中にある痛みを見て、それを愛することができますか?

その行為を「信じる」というのかもしれません。

私たちは幸せな時、ご機嫌な時、気分がいい時に人を傷つけようとは思いません。平和で、人を愛することに喜びを感じ、与えること、笑顔になることに意欲的になるものです。

もし、あなたの大切な人がそういう態度でないのならば、その人は不幸せで、不機嫌で、気分がよくない状態です。
そして、その不快さからあなたに対して傷つけるような、困らせるような、混乱させるような態度を取るわけです。
あなた自身もそうでしょう?

天気のいい、清々しい気分で目覚めた朝に、自分の大切な人を傷つけたいと思うでしょうか?

怖い目をした人がいるでしょう?
その人がどれくらい怯えているか、怖がっているかを想像してみましょう。
その人がどれくらい傷つき、自分を守らなければならないと考えているのかを想像してみましょう。
そして、その痛みの奥に深い悲しみや寂しさや絶望を見ることができることに気付いてみましょう。

その時、あなたの内側から湧いてくる愛の気持ちに素直にならざるを得なくなります。

傷付くことを選ぶのではなく、愛することを選びましょう。

相手のせいにすることを選ぶのではなく、相手を愛することを選びましょう。

そして、その愛を選べば選ぶほど、あなたはきっと自分の愛に自信が持てるでしょう。

その時は、あなたの中にあった怖れや不安は消し飛んで、ただ、安らかで、深い愛に包まれていることを感じられるでしょう。

その自分の愛に自信が持てたときに、あなたはその大切な人を信じることができるでしょう。
自分の愛に自信を持つ、ということは、自分の愛を信じることに他ならないわけですから。

まずは、自分の中にある愛に、その偉大さに気付くことが必要かもしれません。

でも、よくよく見ればあなたの前にはそれにチャレンジするに相応しい現実が広がっていませんか?

そこにただただ愛を与え、その愛の素晴らしさに気付き、そして、その効果を実感してみましょう。

 

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