「帽子と私」



過日、東京にて4時間のフォローアップセミナーを終え、打ち上げへと馳せ参じた時のことである。
片付け等のため、他のみんなと遅れて、信号待ちでようやく集団から追いついた矢先、昔から馴染みの受講生が「え?根本さん?一瞬、誰が紛れ込んできたのかと思った」と、目を丸くして言い放ったのである。
その後、彼女は私をじーっとみて、きゃははははーっと笑い飛ばした挙句、「ほんと、根本さんとは全然分からなかった」と何度も繰り返すのである。

帽子というアイテムが、私にとっては変装道具であることを知った瞬間であった。
サングラスもマスクも不要で、ただ、帽子があればいいようである。

その後、大阪に戻り、そのキャップをかぶって事務所に顔を出してもやはり同様の反応をされた。そのときは、Tシャツに短パン姿であり、「誰か分からんかった」「現地の人かと思った」「海にでも行ってたの?」等の発言を巻き起こし、ますます、私にとって帽子というアイテムが自分のアイデンティティを封印してくれるものであることを知ったのである。


実はここだけの話、どういうわけか私はあまり帽子が似合わない。

以前からあちこちのショップで試着してみるのであるが、何だか鏡餅やダルマに帽子をかぶせたようにしかならず、また、怪しいおじさん以上の者にはなれず、それはそれで恥ずかしい思いをしてきたのである。

その理由についてもあれこれと考えてみた。

私は頭のサイズもそれなりにデカイが、市販のキャップが被れないほどでは決してない。
また、顔も比較的ビッグサイズであるのだが、それを売りに笑いが取れるほどの出来栄えでもない。

しかし、帽子をかぶると、これがまた、見事に似合わないのである。

分かり易くいえば、おっさんがふざけて子どもサイズのキャップを被っているような、そんな図になってしまうのである。

とはいうものの、私はかつて野球少年であった。よって、基本的に野球帽を被り、バットを振り、白球を追いかけていた時代が遠い昔にはあったのである。
当時と比べれば“多少は”肉付きが良くなったとはいえ、帽子が似合わない、というのはイマイチ理解に苦しむのである。

とはいえ、現実は鏡の中にあり、また、帽子を被って振り向いたときの妻や子ども、そして、店員さんの表情の中にあり、受け入れざるを得なかったのである。

さて、話は飛ぶ。いや、飛ぶようで、実は飛んでいないのであるが、我が家は数年前より石垣島を第2の実家としており、故に、最低年に1回、時に年に2回は里帰りをしている。実家であるからして、それは義務であり、必然であると我が家の面々は心得ており、しばらくご無沙汰した折には強烈な“ホームシック”を引き起こして、不安症、神経症、ふるえ、動悸、情緒不安定等の症状に陥るものである。

さて、彼の地を踏んだことのある方ならご存知かと思うが、石垣島の夏の日差しは「暑い」のでも、「熱い」のでもなく、「痛い」のである。
アスファルトは昼前にはフライパンと化しており、タマゴを落としたら見事な目玉焼きができるのではないかというくらいに熱されている。
車の中はサウナ好きな私ですら驚嘆するほど高温であり、エアコンを全開にしてしばらく放置せねば、ハンドルを握ることはおろか、座席に着いてシートベルトを締めることすらままならないほどである。

故に、その紫外線量たるや、巷間言われるところの「内地の2倍」どころではないような気がするのである。

そして、再び意外な話をするが、私は皮膚があまり強くない。日焼けすると、ほんとうに火傷になってしまうのである。
故に、石垣滞在中は、SPF50の日焼け止めクリームを全身に塗りたくり、完全防備で外出しなければ大変なことになる。

なんで、そんな思いをしながらも石垣に行くのか?と問われれば、「実家だから」と答えるほかあるまい。
もう少し別の言葉で表現すれば、惚れた弱み、とでも言おうか。恋でも、完璧な女よりは、トゲがあったり、毒が見え隠れする方が魅力的に感じるものではないか?それと同じである。

さて、そんな猛烈な紫外線が降り注ぐ中を移動するのであるから、石垣旅行の際は、帽子は必需品なのである。しかも、昨今、私の頭皮は持ち主の意志に反して、急激な勢いで空き地を増やしており、来るべきハゲ生活に備える意味でも、帽子は必需品と言えるのであった。

事実、石垣をはじめ、沖縄各地では、内地よりも遥かに帽子を売っている店は多いと思われるのであるが、いかがであろうか?
そこで、私はみやげ物屋でも、雑貨屋でも、各種ショップで私は帽子を探して回ることになる。

そんな中、ツバの広い、ハイビスカスの模様が描かれたキャップが、川平湾近くのみやげ物屋で見つかった。一目ぼれであり、恐る恐る被ってみると、意外と大丈夫である。ファッションセンスに長けた妻が、「いいんじゃない?」と若干目を逸らしつつも、即断してくれたので、少し自信を持てた。

値段も安かったことであるし、迷わずレジに走り、お買い上げとなった。
以来、その帽子は石垣旅行のよき友人となってくれたのである。

とはいえ、長い夏を乗り切るのに1つだけでは心もとない。元々、スポーツブランドのキャップを1つ持ってきていたのであるが、それは「無難である」との理由で購入したもので、被った途端に変質者のように見えて朝の散歩時には非常に気を使うアイテムになっている。

そんな思いで、石垣一番のお土産ゾーンである、あやぱにモールを散策しているとき、昨年Tシャツを購入した、少しお高いお店に魅惑的なハットを見つけた。
キャップならまだしも、ハットとなると、さらに敷居は高くなる。
サイズが小さければ明らかに懐かしいカールおじさんのようになり、サイズがぴったりならば、明らかに農作業のおじさん風な出で立ちになってしまう品物である。
(要するに私は伝統的な田園風景に見合う顔立ちと言うことであろう)

しかし、一目ぼれである。
抜け目ない店員さんが「MとLとありますが、大き目の方が皆さんお好みですから、Lを試されますか?」と、明らかに内地出身者の口調で迫ってくる。

は、はい・・・と答えて、それを被ると、意外といい手ごたえが感じられるではないか。

確かに、さとうきびを収穫しに向かう青年団員的風情は否めないが、なかなか悪くない。

よく見ると「パナマ帽」とある。その響き、実は憧れの品であった。
メイド・イン・エクアドル、ともある。
やはり、夏の暑い日差しにパナマを掲げ、知り合いと出会えばさりげなくパナマを脱いで「ごきげんよう」と言いたいではないか!(笑)

ほとんど即決にてご購入を決めてしまった。
以来、旅のお供はそのパナマに変わったのである。

さて、1週間の帰省を追え、家族共々泣く泣く大阪に戻ってきた。
パナマ帽は割れ易いと店員さんから聞いていたので、飛行機を降りた後も、梅田に向かうバスの中でも、江坂のお好み焼きに向かうタクシーの中でも、ずっとパナマを被っていた。

石垣ではその風景に馴染んでいたものが、都会に帰ってくると徐々に違和感を増し、自宅に戻る頃には何だかオブジェを見ているような気分になる。

当然、出張には持っていけないし(変わりにハイビスカスのキャップを持って行き、このコラムの先頭のような羽目にあった)、普段のお散歩にももったいない。

旅行後に出張が続いたこともあるが、帰ってきてから2週間、ずっと活躍の機会を与えられないまま、私の部屋に飾られている。

夏もいよいよ盛りである。ぜひ、まぶしい日差しに、パナマのひさしをかざしてみたいのであるが、果たしてその勇気は出せるであろうか?

もちろん、ここでの勇気とは、元々ファッションには手厳しい妻と、最近、ますます小姑と化している娘に加え、今後当分はお付き合いが続くであろうと思われるご近所様の視線に耐えることである。

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