娘のしまじろうに対する愛を量る



このところ、皆様のお陰で忙しい日々を遅らせていただいている。
つくづく自分が仕事好きで、ToDoリストが立て込んでくると俄然やる気が出て元気になり、あまつさえ、普段は絶対にしない「頭をリフレッシュさせたいから散歩してくる」なんて台詞を吐いてしまったりする。
しかも、その先に「石垣旅行」というニンジンがぶら下がっているのだから、連日寝るのが3時、4時となろうともアドレナリンは全開である。(ただ、ランナーズハイになっているだけ、という説もある)


因みに自分に流れる血を辿れば、父も母も経営者で従業員を抱える仕事人間であったし、祖父母もまた律儀な職業人であったことを思えば、お金になろうと、ならまいと、面白い仕事であれば喜んで飛び込んでしまう性格は、代々伝来の血のなせる業と言える。

さて、そんな幸せな日々の合間に、うちの娘は無事3歳の誕生日を迎えた。

改めて子どもが生まれて一番気付かされたこと。
それは、わずか3年であっても生きていくのは奇跡か、それに近い現象だということだ。

この3年の間に、どれくらい多くの子どもの訃報を耳にしたか数え切れない。
その親御さん、祖父母、叔父叔母などの気持ちに思いを馳せれば、胸が張り裂けそうになったことも一度や二度ではない。
時には娘と同じ名前の子どもが事故死したニュースに触れ、様々な病気(ノロウィルスやインフルエンザもその一つ)の存在に怖れをなした。

今だって、いつ何が起こるかわからないわけで、子どもが生まれて以来、ずっとこの種の不安や怖れはすぐ手の届くところにあり続けている。
もちろん、それを補って余りある恩恵を、その小さな体で大量に放出してくれているのも事実で、それに本当に救われている(それが無ければやってられない・・・笑)。

だから、なんぼ「ぱぷぅ~」と呼ばれようが、「ぱぷぅ~はあっちの部屋で仕事しとき~」と追い出されようが、全然耐えられてしまうのである。

(ここからは急に話題が幼児化するので注意されたい)

さて、誕生日プレゼントというか、以前からマークしていた「しましまタウン」に行ってきた。
ここは言わば、ベネッセの「こどもちゃれんじ」を購読している家庭では聖地のような場所で、タイガースファンにとっての甲子園、イスラム教徒におけるメッカのような威厳すらある。

家を出る前から「大きなしまじろうに会える!」という興奮を隠し切れない娘。
電車の中でも、しましまタウンへの道すがらも、ずっと「もうすぐ、大きなしまじろうに会えるの?わーい」と連呼していた。

娘にとって“しまじろう”とは、全ての旅に同行する友であり、何を差し置いても優先される大切な恋人のような存在であり、熱狂的なファンといっても良い。
しまじろうに会いにしましまタウンに向かう娘の気持ちを解すれば、さしずめ妻にとってみれば「キムタクかスティーブン・タイラーに間近で会える」に等しい状態であり、僕にとってみれば「石垣島往復航空券年間無料権」に等しい価値があろうと思う。

そ、それはすごい、とんでもなくすごいことだ・・・。

そう思えば、しましまタウンの入場料など安いものである。
うちの奥さんがバックステージでスティーブンに会えるとなれば、何十万でも平気で持ち出すだろうし、石垣にいつでも行けるとなれば、僕は彼の地で家を契約してしまうだろう。

しましまタウン

さて、そんなしまじろうとのラブーな一日を過ごした娘は家に帰れば、しまじろうのケーキでお祝いをした。
何から何までベネッセの陰謀にはまっている・・・のかもしれない・・・。
子供達の夢を背負ってるわけで頑張って欲しいものだ・・・。

しまじろうのケーキ

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