ナチュラルな生き方をするために(?)

カウンセリングはオフな一日。
でも、ワークショップのテキストをホチキス止めしたり、ホームページのデザインを少しいじったり、地味~な仕事をしつつ、本を読んだりしつつ過ごしてました。
僕は何だかんだ言うて細かい作業をコツコツこなすのが好きなタイプなんだなあ、と思いつつ、でも、どうしてお金は貯められないんだろうなあ、などと思ってました。

旅先で壊れたデジカメを修理に出したら、なんと2万近くかかってしまった!とても痛い出費!


そんな僕が今コツコツ読んでるのは、未だに沖縄を引きずるがごとく「日本人の魂の原郷 沖縄久高島(集英社新書)」という超マニアな本。
「この本、久高島に行ってなかったら絶対読まないよなあ。地元の人はみんな知ってるけど、観光客にはあまり知られていない島だもんなあ」と思ったので敢えて紹介。

久高島で行われてる祭祀を中心に纏められているのですが、出てくる単語がもう日本語じゃないから他国の風習を読んでいるような気持ちになります。
でも、自然信仰や母性社会など中身は日本古来の文化に通じるところもあって「奈良時代の文化を紹介した本だよ」と言われても信じてしまいそう。

近頃、小説やエッセイなどの右脳的書物ばかり読んでいるので左脳にはいい刺激です。
そして、帰ってきてからますます沖縄にはまる今日この頃。

ほんとうに自然と共に、ゆるやかに、おだやかに、たおやかに生きるというのは人間として基本的に必要なものだろうとの思いを深めています。
自然に触れる生活というのは、ある種自分の力を超えたものに常に接しているということで、そこから謙虚さや協調性が育まれるのではないでしょうか。
現代は自分(あるいは人間)がコントロールしてしまえるものが多くて(例えば、エアコンで室温が調整できることなど)、便利な一方で精神的には傲慢さが生まれてくるのかもしれません。

心や人間関係というのは、そんな現代にあっても兎角思い通りに行かないもので、コントロールできるものが多い分だけ、現代人はそこに悩みを持つのかもしれません。
そこで、心やその人とどう折り合いを付けて行くのか?現実を受け入れ、対応していくのか?を一緒に考えていくのがカウンセラーの仕事です。
それは自分ひとりの力では叶わない“自然”と向き合う姿勢と同じなんじゃないかな、と最近思い始めています。

でも、雨が触れば傘を差すのが当たり前なのに、心に雨が降ったときには、その雨を自力で止めさせようとするところが私達にはあるのかもしれません。
その「自分で止めさせられる」という思いが、一番の傲慢さなのかもしれませんね。
力を抜いて、自然の流れに任せられる余裕や謙虚さを持ちたいものです。
それがナチュラルな生き方に通じるのではないでしょうか。

で、何が言いたいかというと
「天気予報によれば、明日22日は夜から雨が降るようなので大阪の心理学ワークショップに来られる方は素直に傘を持って来た方がいいですよ。ほら、講師がやっぱり雨男だからかなあ?しょうがないよね、天気ばかりは。特に打ち上げに行く方は必要かも知れないよ!」
ということです(笑)

ああ、何とか持つといいなあ。
でも、翌日はみんなが盛り上げてるカウンセラーズ・フェスタがあるので、それまでには上がって欲しいなあ、とも思っているのです。

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