僕が雨男なのは間違いなく遺伝だと思った日。



ほんとうに不思議なくらい母がやってくると雨が降る。
ちょっと親子を感じる瞬間だ。
「明日はゴルフだけど、そういう時は晴れるの」
という台詞からも血の繋がりを感じた。

子どもはいっぱい遊んでもらってはしゃぎ過ぎて、今夜もまた眠らないんじゃないか?というテンション。
たまにしか会えないのに、ちゃんとパパのママであることを覚えていた。
もうちゃんとした人間になってきてる!と実感することが多い。


早く来て早く帰った母(明日のゴルフに備えるためだそうだ)。
晩ご飯の予定まで考えてたのでちょっと拍子抜けしながら家族で散歩。
東急ハンズで兼ねてから欲しかった財布をゲット。
自分のものを自分で買うのはとても久しぶりな気がする。

そして別のフロアで小物をいくつか買ったら何と料金が777円。
自慢げにレシートを見せると、奥さん「ロトとか買ったら?随分キャリーオーバーしてるらしいよ」と教えてくれる。
でも、よくよく思えば、この買い物で運を使い果たしてしまったのかも。

夜は近くのとても感じのいいお店でお好みを食べる。
この街に住んで5,6年になり、それくらい長い付き合いのお店も少しずつ増えてきた。
子どもが生まれてからは2回目だが、道端でよくお兄さんに出会うし、子連れの場面もよく目撃されているようで、常連のような気分でとても落ち着くし、居心地が良い。
因みにこの店はマスターもそうだが、独身のイケメンな常連が多い気がする。

気付けばここ数週間でママ、ママ病がどんどん酷くなるうちの子。
ママが見えなくなると不安になって泣き出して、今までだいじょうぶだったお風呂や歯磨き、寝かし付けもパパでは無理になってきたようで。
ちょっと寂しいけれど、それも成長の一部なんだろうと感じてむしろ清清しくもあります。

実際家にいる時間が少ないし、出張などで全く会えない日もあるので、知能が成長してきて自分が弱いものという認識が強まれば、自然と守ってくれる存在(ママ)に全神経を集中させるはず。
それが証拠に大きなクマさんと小さなクマさんが載っている絵本などを見てると
「パパはこれ、おっきいねぇ。みじゅきはこれ。ひいちゃいねー(小さいね~)」
と指を差してます。

もちろん全面的に頼られるママも大変です。
毎日「まま~まま~」という泣き声がコダマする根本家。
育児ノイローゼにならない方がおかしいのが現実です。
やはり核家族は厳しいところですな。
少子化の一番の要因はこういうところにあると思う。

育児の大変さを感じるので、ベビーシッターさんとか保育所とか、たまにはそういう場所を頼るのもいいんじゃないか?という話を奥さんとする。
うちはまだ奥さんの実家が近く、ずいぶんと助けてもらっているのだが、それでも体があまり強くない奥さんにとってはきついようだ。
体はいつもパンパンに張っているし、子どもが寝ると一緒に寝入ってしまい、自分の時間はないし、家事も中途半端でお掃除好きな奥さんとしてはストレスが溜まる。
何より体を壊すかもしれない。

資料を取り寄せたり、インターネットで調べたりもするけれど、最後は「いつまでも続く事じゃないし、これだけ一緒にいられるのは後1年しかないんだから」という結論に至る。
確かに来年の今頃は幼稚園の入園準備の真っ最中だし、幼稚園に入ればずっと家にいることもうないわけで。
それを思うと、ぎゃーぎゃー泣き喚くことも貴重なことのように思える今日この頃。

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