旅愁と言う意味が分かるようになったのは年を取ったからなのであろうか?



動物性たんぱくを摂りたいと感じているからか、無性に焼肉が食いたくなった。セミナー後、すでにオープンしている焼肉店に連絡を取り、運よく席があったのでスタッフと一緒に少し早めの夕食と相成った。美味なる肉を頂き、少しだけ馴染みのバーに顔を出して銘酒とスイーツを食らい、大阪に帰る車中の人となった私がこの記事を書いている。

5日前、ひとり自宅の湯船に浸かりながら「明日から東京かあ。なんか、このままずっと家で仕事ができたらいいのになあ。出張減らすか」などと思っていた私は、その5日後、「今日、大阪に戻るのかあ。家族に会えるのは嬉しいけれど、もうちょっと東京に居たいなあ。滞在増やせないかなあ。」と思っている。

根っからの旅好きであるから、家にずーっといることなどできず、出張族という形式をかれこれ20年ほど選んでいる。その期間に1か月連続して自宅にいたのは1回あるかどうか?という水準の旅人である。

お弟子さんのひとりから懇親会で「そんなに旅が好きなのに、なんで海外には行かないんですか?」という質問が飛んで来た。「移動時間が2時間半を越えると蕁麻疹が出るねん」などのボケもあり得たが、少々酔っていることもあり、その質問の意味を真剣に考えてしまった。

以前も何かに書いたことがあるけれど、私の旅は、人に会いに行くことが最大かつ唯一と言ってもいい目的なのである。もちろん美味い飯も酒も好きである。札幌や仙台や福岡の魚はそれぞれ種類が異なりどれも甲乙つけがたい絶品であるし、12月には鰤と香箱蟹を求めて金沢に行くことが慣例となっているし、広島ではB級グルメを堪能するために旅の1週間前からネットで情報を細かくサーチしている。さらに通うほどに奥深さを見せる名古屋の店にはマニア心をくすぐる演出がいつも用意されている。一生かかってもめぐり切れないであろう名店が揃う東京においては言わずもがなである。
そして、あの海の色を見せられたらハワイですら感動することができぬ体なってしまった罪を、沖縄は大いに反省すべきであると真剣に思っている。

とはいえ、飯より海の色より上位に来る存在が、人、なのである。
飲み食いが好きなので必然的に飲食店の店主がその対象となりやすいのであるが、各地で「避けては通れぬ店」ができてしまった。その店の店主がSNSをやっていようものならば、駅や空港に着いた途端に「お待ちしております!」のメッセージが私のスマホに届いている。まさにネギが鴨を背負ってる状態であろう。

観光には興味がほとんどない。神社もパワースポットも美術館も好きだし、温泉はモチベーションを高めるひとつのアイテムではあるが、それが目的ならば神楽坂に定宿を構えることなどしないだろう。都内で言えば蒲田周辺には滾々と重曹泉が湧きだしている。市井の人が集まるふつうの銭湯で十分満足できるほどの謙虚さを私は有しているのである。そもそも沖縄に滞在しつつ一度も海に行かないことがあるなんて、おそらくふつうの旅人は信じられないだろう。那覇の街中をふらふらさまよい、友人と飲み食いするだけで私は満たされてしまうのである。

話がだいぶ逸れてしまった。
つまり、旅好きなのに海外に興味がない理由は、店主が「根本さーん。最近、顔を見せてくれないから飲まなきゃいけない酒がこんなに出て来ちゃいましたよー。大丈夫ですかー?これだけ飲めますか?もちろん、全部飲むまで帰さないですけど!」と嬉しそうにカウンターに酒瓶を並べるようなつながりがまだそこにはないからである。

「会いたい人がいるから旅をする。」

一見、かっこいいこのポリシーは、同時に、寂しさや孤独感との付き合いを余儀なくされる運命にある。

大阪にいれば家族や友人たちに対して居心地の良さやいとおしさ感じ、離れられないと感じている。なんせ最近は親友夫婦が大阪に居を構えてしまったのである。その一方で、旅に出れば仲間や馴染みの店のマスターが居心地の良さを提供してくれるから、帰り道はいつも後ろ髪を思い切り引かれている。今のところ、その両方を同時に手に入れる答えをまだ私は見つけていない。

つまり、家族や友人や行きつけの店のスタッフを全員連れて各地を周るほかにその寂しさを払拭する手段を、未だ私は見付けられていないのである。

要は人が好きなのであろう。たまらなく好きなのであろう。

他人事みたいに書いたのはそれを素直に認めるのがまだまだ恥ずかしいからである。

仲間の存在に救われてきたからこそ、仲間を作りたいし、大切にしたいと思う。
この金曜日は東京のリトリート仲間と新年会をしたが、それは彼らが私の家族のような存在だからである。

お弟子さん制度をスタートさせたら、また新たな仲間ができた。連日の懇親会で各テーブルを回りながらたくさん話をした。また、好きになった。彼らは「師匠!」「先生!!」とあがめてくれているが、私にとっては一緒に過ごしてくれるかけがえのない存在なのである。だから、そこでは対等(win-win)であると思っている。

東京駅のホームに向かうとすでに乗る予定の車両が私を待っていた。
私の旅好きの要素を占める一つに「乗り物好き」がある。売店でビールと炭酸水を購入し、自分の席に座ればここから始まる旅にまたワクワクし始める。自宅に帰る道程も旅には違いない。神楽坂を離れるときや、タクシーの後部座席にて新幹線の席を予約しているときに強く感じていたはずの寂しさも、そのワクワクがだいぶ削ってくれているようだ。だからこそ、こうして20年以上も旅人生活ができるのかもしれない。

そんな都合の良い発想をしているうちに新幹線は名古屋に到着しようとしている。この街にも多くの借りがある。借りがある、ということは会いたい人がたくさんいるという意味である。今日のところはゴメン!と心の中で詫びて素通りささせていただくことにする。この記事をアップしたら、伏見の地下で、あるいは、亀島の立ち飲み屋で、コップに注いでいたであろう酒を思い浮かべながら、しばし次の訪問の計画を練ろうと思う。

そう、次なる旅の計画が、この寂しさを埋める数少ない手段のひとつであることに今さら気付かされるのである。それを20年も繰り返してしまっている。笑えるほどに何ら成長のあとはない。20年前、ふつうのサラリーマンであった私も水天宮のホテルを後にする際、今と同じことを思っていたのである。

どうせ、また来週には旅の予定が入っている。それにホッとして、また、会うべき人の顔を思い浮かべることで自分を慰めることにする。名古屋を過ぎれば大阪まではあとほんの少しである。

あ、すっかり忘れていた。まだ行きつけの地元のバーに新年のあいさつをしていなかった。足元を軽視し過ぎる悪い癖は散々妻に指摘されているところだ。さて、どうしたものだろうか。


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