娘が自転車のカギを失くし、父が筋トレに励むことになった話。



ああ、やっぱりねえ・・・。

翌日鍵が出てきたとき、素直にそう思った。本来ならば怒るところかもしれないが、ほんとにそういうことになるんだ!とむしろ感動した次第であった。

その前日、私は娘と息子と一緒に、新しく買ったばかりの自転車を持って家から1kmほど離れて自転車屋さんに向かっていた。
きっかけは買ったばかりの自転車のカギを失くしたという娘の一言であった。
そのカギを新しいものに付け替えてもらうために真夏の太陽が照り付ける中、熱中症をも恐れずにてくてくと自宅からの道を歩いていたのである。

後輪を固定するカギを失くしたので、終始私は自転車の後ろを持ち上げて歩かねばならない。
もちろん、自家用車に乗ればわけのない距離であるが、残念ながら我が家のnissan noteくんにそのスペースはなかったのである。

実は娘のそうした粗相を想定して我が家では「何かあったら自宅まで修理にかけつける権利」を購入していた。
よって、予想通りそうした粗相が起きても当初は余裕の構えを見せていたのである。
だって家まで鍵を取り換えに来てくれるはず、だからである。

しかし、娘が電話をかけたその修理センターの対応は意外なものであった。
「大変申し上げにくいのですが、ご加入頂いたサービスは9月1日からの適用となっておりまして、現在はまだ8月でございますので・・・」

その自宅出張サービスの企画でも、まさか購入した当月にトラブルが起きると想定していなかったのであろう。
うちの娘の言い分を採用すれば「まだ買ってから一度も乗ってないのに鍵がない」ということなので、ぜひ今後はそうしたケースも想定してサービス内容を決めて頂きたいところである。

そこで改めて購入店に相談したところ「お店に持ってきてくれるのであれば・・・」という条件を提示され、真夏の炎天下に自転車をかついで歩く羽目になったのである。

思わぬ筋トレの機会に恵まれた。
何の打ち合わせもなく、前輪とハンドルは娘の担当となり、後輪を持ち上げて歩く筋肉労働は迷うことなく父親の役割となった。
当然、6歳になる息子は戦力外であり、いや、戦力外どころか娘や父親の周りをあれこれ走り回ってむしろハンデであった。

そして、約1kmの距離を休憩を取りつつ運んだのち、無事鍵を取り換えることに成功した。

さて、当然のことながら帰りもまた歩いて帰らねばならない。
娘は自転車の鍵が新調されてご機嫌で乗って帰ることができるのだが、私と息子には乗り物がない。
よってふたたびてくてくと汗まみれになりながら家に帰るのである。しかも、帰りは延々と続く上り坂である。
今度は「暑い~ジュース買って~アイス食べたい~抱っこして~ダメならおんぶして~」というハンデが付きまとってウザい中、自宅まで黙って帰った父親は賞賛に値するはずである。

さて、翌日朝、起きていくと娘の姿がない。
どうやら自転車に乗れるのが嬉しく、朝早くからお散歩に出かけたらしい。

そして、その旨報告するメモ書きには続きがあった。

「パパごめんなさい。自転車の鍵、ポケットに入ってた。」

そして、そのメモの脇にはもう役に立たなくなった新品の鍵が置いてあったのである。

その時私がにんまりしながら呟いたセリフが冒頭のものである。

娘も中2である。すなわち、それだけ私たちは付き合いが長い。よって、その程度のことで怒り心頭になっていたら神経が持たない・・・そんな娘なのである。それどころか、

「このことを隠さずに正直に言うところが可愛いよね~」
「思春期だったらふつう隠すか逆ギレするよね~」

我々夫婦はそんな会話を交わしたのであった。よくできた両親である。これも娘の調教の成果であろう。

私は両手の筋トレができたし、子どもたちと1kmも散歩して、イオンで買い物して、いい夏休みの思い出ができた・・・それだけのことなのである。

さて、本日、家族でご飯を食べに行こうという時。

少し距離のあるお店なので、自転車で行こうか、という話になったのだが、これまた予想通り娘の自転車の鍵がなくなっていた。

今回はちゃんと対策を練っているので、余裕で「じゃ、歩いて行こうよ」ということになり、家族の平穏は何ら乱れなかった。

だいぶ、私たちも強く賢くなったものである。

そして、食事を終えて帰れば、娘のカバンから鍵が無事発見されたということも、また予想通りのことであった。

その程度のことでキレてはうちの娘とは付き合えないのである。

そのことを夫婦でイジリ、「二度あることは三度あるで~」と脅したり、「とりあえず、こそばしの刑」と我が家伝統の技を見舞ったりして、何事もなく夜は更けていくのである。


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