「才能」はうんざりするような「問題」と共に現れる~期待、犠牲、オーバーワーク、疲弊などから読み解く才能とは?~



「才能」というと素晴らしいもので、わくわくするようなヴィジョンを与えてくれるもの、みたいなこともあるんですけど、中には「また、これか」と自分でもうんざりするような問題として現れることも多いものです。
それを上手に才能として活かせるようになるアプローチを考えてみたいと思うわけです。

頼まれ事を断れないどころか、自ら提案して引き受けてしまいます。
本当は生きてるだけでしんどくて人助けする余裕はありません。
馬鹿ですよね。いい加減やめたいです。

母がヒステリックだったせいか、未だに他人に対して、地雷原を歩くような恐怖を感じています。
昔は対人恐怖でしたが修行で克服し、今は問題なく他人と会話できるようになりました。
でも他人のニーズを察して叶えようする癖は消えず、心は嫌だ嫌だと叫んでるのに、顔はニコニコ笑顔で「~~しようか?^^」と自ら提案してしまいます。

好きでもない人に自ら遠くまで会いに行って愚痴を聞いてあげたりします。
気づけば苦手な相手ばかりに時間を使っていて、優しい人、好きな人、大切な人は後回しにしています。

辛い時ほど顔が勝手に満面の笑みになり、口が勝手に褒めちぎります。
酷い時は手が震えて人の話が頭に入らないのに不思議とバレていません。
モラハラやレイプされても日記の内容が病む程度で表面上はニコニコと受け入れています。
限界が来れば無視や避けるなど無理やり縁を切って終わります。

嫌われたくないというよりも本能でやってしまいます。
塩対応できる人が羨ましいです。
何か止める方法はないでしょうか。
(Nさん)

「才能」ってのはいろいろとややこしいものでして、たいていの場合、うんざりするような問題とかを伴って見せてくれるものです。

例えば「オーバーワーク」。

確かにそれはあなたの才能であり、やってることはライフワークなんだけど、やりすぎじゃね?というもの。

だから、それ自体がイヤになるし、いつも疲れてしまうし、という状態。

それで「正しい休み方講座」みたいなことが急遽開かれることになるものです。

また、「犠牲」

オーバーワークとかぶるところも多いのですけれど、その人が持つ才能ってのは「搾取」されやすいものがあるんです。

お金持ちが周りの人からたかられる(アテにされる)、美人はちやほやされる一方でアクセサリのように扱われる、巨乳な女子は胸しか見てもらえず中身は見てもらわれへん!みたいな。

あなたのその才能を意識的、無意識に利用しようとする人が現れて、でも、それが才能だからついその要望に応えてしまうわけです。それが犠牲。したくないことを無理してやること、です。

だから、疲弊しちゃいます。

さらに、「期待」

これもまた犠牲とかぶるところがあるのですが、その才能に周りが期待するって奴ですね。

「あなたならきっとできる」「あなたに任せておけば大丈夫ね?」「それくらい簡単にできるでしょ?」みたいなもの。

イラストレーターをやってるからと「簡単なものでいいからちょっと描いて」と頼まれたり、聞き上手だからって常に愚痴を聞かされる羽目になったり。

でも、期待されるのもうれしくないわけじゃないからつい応えようとしてしまうんです。
それで、犠牲をして、オーバーワークになる、という流れもあります。

ライフワークグルコンを定期的に東京や大阪でやってるんですけど、そうすると「これがあなたの才能なんだけどねえ」という話に対し、「それ、もううんざりなんですよ」という声を聞きます。

期待されて犠牲してオーバーワークになって疲弊しちゃってるんですよね。

そしたら、それがもう嫌で辞めたくなるわけです。

ところが、それが才能である以上、逃げようがない一面もあります。

「そんな人の話を聞くなんてしんどいだけだからもうやめる!!」と決意するんですけれど、でも、どうしても断れない、話を聞いてあげたい人から連絡が来ちゃったりします。

それで「この人は特別だから!」ってその話に付き合ってあげます。

そうするとまた断りづらいというか、「いつでも話聞くから」って前に言っちゃった人から「話聞いて!」て連絡が来ちゃいます。

自分から言った手前、断れなくてまた引き受けちゃって、「ああ、この人、ほんと話長いんだよな」と思いながらも笑顔で聞いてあげて、喜んでもらえて、で、自分はどっと疲れるんです。

だから、もうやめよう!無理!と思うんだけど、職場でなんかつらそうにしている後輩が目に入っちゃうんですよね。

それでつい口が勝手に「どうしたの?ちょっと話しようか」って別室に行っちゃうわけですね。

それで帰りの電車の中で「ああ!あたしは何をしてるんだー!!」と天井を眺めるのです。

「才能」ってそんな風に問題と一緒に現れることが多いんです。

だから「問題の陰に才能あり」なんて格言も生まれるわけですし、ライフワークを見つけていこう!って際には自分が抱えてきた問題についてお聞きするんです。

なのでみなさんも「なんでいつもこうなるんだー!!!」という問題の陰に才能が隠れてると思ってみるといいですよ。

自分はただ才能の使い方がまだ分からないだけなんだ、と。

とはいえ、その「才能」ってのは自分が思うすごいものじゃないかもしれません。

先ほどの「聞き上手」なんて才能って大したことないと思いません?

いや実はものすごく素晴らしい才能なんだけど、自分としてはたいして価値がないもののように感じられることもあるわけです。

なんかもっと「人を笑顔にする才能」とか「会う人をみんな元気にしちゃう才能」みたいなのが良かったわー!と思っちゃうものです。

そもそも自分が持ってる才能に価値を見るってのもひとつの課題になるんですよね!

ややこしいでしょ?笑

で、その才能に価値を見ることができるとだいぶ変わると思います。

もっと大切に使おう、もっと丁寧に扱おう、という風に意識が変わるんです。

そこから自分の才能を正しく使うことを学び始めるんです。

という風にNさんの話とは全然関係ないように見えながらずっとNさんのお話をしているわけですが気づきました?

「人助けをする」
「人を喜ばせる」
「人を元気にする」
「困ってる人を放っておけない」
「癒し上手」
「人のためにとことん頑張れる」

みたいな才能があるんですけど、どうでしょうか?

え?うんざり。もうやだ?

ですよねえ。。。これだけ「犠牲」で「オーバーワーク」気味にやってきたのであれば。

「本能」って書かれてるからそれが才能って気づいているフシもあるわね。

「使い方」を学びましょうか。

なんでそんな貴重な才能を疲弊するほど使ってしまうのかと言うと、たいていそこには「親」の影響があるものです。

Nさんの場合は「母」ですよね。

母のおかげで才能が磨かれた、という風にも見れるのですが、ずいぶんと母に鍛えられましたよね?

24時間年中無休で、娘のNさんの状態なんていざ知らずで、その才能を使わされてきましたよね?

だとしたら、ほんとにもう嫌になっちゃっても無理はありませんし、それが才能だなんて言われたくないと思うでしょう。

でも、やっぱりそれはNさんの魅力であり価値であり才能なんです。本能的なほど。

だからその才能に価値を見てください。

使い方、扱い方がよく分かってないだけで、才能としては素晴らしいものなんだ、と。

また“修行”しましょうか?笑

人のニーズをキャッチしないようにする!とか、人のニーズに気づいても応えないようにする!という修行はちょっと難しいと思います。

気づいたときにはもう動いちゃってますから。

だから、違う方角から攻めることにしましょうか。

まずは「自分軸」を確立していくことから。

「わたしはわたし、人は人」

これをひたすら念じ続けましょう。

「わたしはどうしたいの?何が欲しい?」

自分に問いかける時間をたくさん作りましょう。

また、「自分自身にお伺いする(問い合わせする)」という意識を持ちます。

「これってどうなのか?楽しいか?うれしいか?」
「自分は今、どう思ってるんだろう?」

そうして人と自分との相手に線引きができるようにしていきます。

まあ、これだけでだいぶ楽になると思うんですけどね。

*セミナー動画:ワークショップ「自分軸とは何?なぜ自分軸が大切なのか?どうしたら自分軸が確立できるのか?」
*文庫版『人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本』 (だいわ文庫)
*新書版『なぜ、あなたは他人の目が気になるのか?』(フォレスト出版)

ヒステリックな母ちゃんとか、過干渉母とかの場合、人との境界線が作りづらくなるんです。

自分が作った境界線を母ちゃんが平気で踏み込んできましたから。

だから自分軸の確立がとっても大切なのですが、少々時間がかかるのも事実。

飽きずにコツコツ自分軸を確立していくと、自分がその才能を使うかどうかの選択ができるようになります。

その才能の使い方として分かりやすいのは、それを「仕事」にすることです。
ボランティアでもいいですが、「プロ」という意識を持つことは大事かな、と思います。

ただ、もう少し深堀するとたぶん「罪悪感」という感情が動いているはず。

>気づけば苦手な相手ばかりに時間を使っていて、優しい人、好きな人、大切な人は後回しにしています。

この辺なんかはその分かりやすい表現なのですが、どうもNさんの中には強い罪悪感や無力感が根付いているようなのです。

何の罪悪感はこの際重要ではないので、ご自身を常にしんどい方に向かわせる、幸せにならないほうに仕向ける罪悪感を手放していくことが効果的かもしれません。

これも淡々とイメージワークを繰り返すのが良いかもしれません。

自分をきれいにする、浄化するなどの意識を持ってみるのがいいかもしれません。

「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(ディスカバー21)
*セミナー動画:『私の幸せを阻む「罪悪感」を「愛」で癒して「私」を自由に解放するワークショップ』
*心理学講座動画:『罪悪感と癒着の心理』
光の瞑想~疲れや罪悪感などを癒すイメージワーク~

せっかく素晴らしい才能を持ち、でも、そこから逃れられないとしたら、正面からその才能と向き合っていくことだと思います。

それが修行っちゃ修行になるでしょうか。

そしたら、たぶん人のことも怖くなくなっていきますし、作り笑顔をする場面としない場面を選べるようになるし、もっと人に喜んでもらえるようになるんじゃないかな、と思うのです。

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