感情を優先させて失敗して後悔することが起こらないものでしょうか?


感情を優先させる、ということは、感情にいつも従う、という意味ではありません。
ちゃんと感情を認めて、感じて、その上で、行動を選択する、という意味です。
ややこしいですけどね。

今日はリクエストにお応えしましょう(^^)
***
思考より感情を、自分の好きなことを、ということが、大切なのだなぁ、ということをここ最近のブログを見させていただいて感じます。
もう少し踏み込んでお伺いしたいのですが、例えばケンカをして、感情的には自分からは連絡なんてしたくない!!と思ったとします。
でも、相手のことを考えると、こちらにも歩み寄る点はありそうだし、がんばれば歩み寄れそうだし、だから歩み寄ってあげたほうが、いいのかなぁ、と考えたりします。
そこで、、感情を優先させて、自分の気持ちが向くまで連絡を取らないことを選んで、結局破局してしまったとします。

その場合、「ああ、あの時もう少しぐっとこらえて歩み寄っていれば・・」と結果後悔するようなことにはならないのでしょうか・・?
一時の感情を優先させて後悔したくはないのですが、感情を優先させたほうが、結果うまくいくもんでしょうか?

感情を優先させて失敗、取り返しのつかない後悔することが起こらないものでしょうか?

なにかの折にでも触れていただけたらと思います。
(Hさん)
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なるほど~、確かにな~というご質問ありがとうございます。

>その場合、「ああ、あの時もう少しぐっとこらえて歩み寄っていれば・・」と結果後悔するようなことにはならないのでしょうか・・?

そういうことはすごくあると思います!!
でも、ちゃんと破局の可能性も考えた上で、感情を優先させた結果が破局だったとしたら、後悔は少ないと思います。

つまり、感情を優先させる、ということと、感情に流される、ということは別なんです。
そして、さらに大事なことは「感情と行動は別」なんです。

「今、自分はめっちゃ怒ってるし、もう近づきたくなんかない!」という感情があったとき、自分はそういう気持ちなんだ、と認めてあげることはすごく大事です。

でも、そこでその感情に任せて連絡を取らないのか、でも、その感情はあるけれどそれを乗り越えて連絡を取るのかは「選択」です。

だから、「うち、めっちゃ怒ってるねんけどなあ、やっぱり彼とのことが大事やから、近づいたほうがいいと思うねん。」という風になります。

よくやめたほうがいいですよって言ってる、「感情」よりも「思考」を優先させている、というのは、自分が怒っていることはさておいて(認めずに)、「ここは近づくべきだろう」と考えて近づくことなんです。いわば、感情は「無視」されています。

これらは似てるけれど全然違うことなんですね。

感情はただ認めてあげるもの。それは今の天気が晴れだとか雨だとかと同じこと。
行動は選択できるもの。雨が降っているから傘をさす、とか、今日は外に出ない、とか自分の意志で選べるもの。

でも、精神的に成熟さがないと、行動が感情に支配されてしまいます。いわゆる、感情に流される状態です。
難しいですけどね。

だから、パートナーとケンカしてめっちゃムカついたときに、「その怒りを大事にするの?それとも彼との関係を大事にするの?」という風に見るわけです。
怒りも大事だから、それを「御恨み帳」に散々書き殴って、友達に愚痴垂れ流してすっきりさせて、その上で、彼に「ごめん。仲直りしよう」って近づくのが理想なのかもしれません。

なんとなくイメージが湧きますでしょうか?

ちゃんと心の声を聞きましょう、ということなんですよね。
自分の心と対話しましょう、と。

今、自分の心が「疲れてるなあ。今日は仕事したくないなあ」と言ってたら、「そうやなあ、したくないよなあ。でも、今日は大事な会議があるから行かなきゃいけないんだよな。その分、週末はゆっくりするから今日はちょっと頑張ってよ。お願い」なんて会話できたら心も納得するわけです。
でも、思考的になると、その心の声を無視するようになっちゃうわけですね。
それが辛いんです。

参考になりましたら幸いです。

 

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