「必要とされる」ことが付き合う条件。



ラブ・カウンセリング

「彼のこと、好きかどうか分からないんですよね。別れたほうがいいですか?」

かつてカウンセラーとしてデビュー間もない頃、こうしたご相談を伺うと「え?なんで?」と思っていました。

「好きかどうか分からないのに、付き合っているの?」

素朴にそんなことを思っていたのです。以来、このご相談は間断なく今に続きます。

「どうして別れないんだと思います?」

恋を見つめなおす参考になりましたら幸いです。


そうお聞きすると、その理由は様々なものが出てきます。
腐れ縁のようなもの、一人になるのが怖いから、彼がすごく好いてくれてるから、付き合いが長くて当たり前になってしまったから・・・等々。

そんな中で「彼が私を必要としてくれてるから」という理由によくお目見えします。

「自分はそれほど好きではないけれど、でも、必要とされるとうれしくて、それで付き合っているんです。」

ただ、始めは良かったんだけど、だんだんそれに違和感を感じるようになります。
例えば、一緒にごはんを食べているときに、その好みや食べ方や表情に嫌な感覚を覚えたりします。寝顔が「かわいい」と思えたら良いのに、全くそうは思えません。
もちろん、エッチだってしたくてしてるというよりも、求められたから答えている、拒否したらかわいそうだし、申し訳ないし、という感じでしていて、だから、全然良くなかったりします。

そういう違和感がちょっとしたもの、ごまかしの効くレベルのうちはいいのですが、付き合いが3ヶ月、半年、1年と続くと、無視できないくらい大きくなっていきます。

そうすると「好きかどうか分からないのだけれど、付き合っていていいのか?」という疑問が膨らんでいきます。

でも、そこで迷うのは心の中に

「好き」<「必要とされる」

という図式が描かれているからなんです。

“無価値感”という感情があります。
「私は愛される価値がない、私には魅力がなく、誰からも愛されるはずが無い」
といった感情で、私達の人間関係や仕事、性格に多大なる影響を与える感情です。

これは自分自身をとってもちっぽけな存在に扱います。
だから、自分には価値なんてないので、自分の「好き」という気持ちは軽視せざるを得ません。
それよりも、誰かが「必要としてくれている」方が遥かに重要に感じられるのです。

無価値感が強くなると、自分で自分の居場所を確保する自信がありません。
「ここにいていいの?」
「私はここにいても迷惑じゃない?」
という不安が常に過ぎります。

自分が誰かを好きになっても、その人にとっては迷惑なことにしか思えません。
だから、好きな人に近づけなくなります。(あるいは、手に入らない人を好きになります。)

だから、誰かに「ここにいていい」と言われると、その言葉や存在にしがみ付きたくなるのです。

また、「必要とされること」が付き合う条件になってしまうのに、“無力感”という感情が影響を及ぼしていることもあります。

読んで字の如く、自分には力がない、という感情で、それは「誰かを助ける力がない」「誰の役にも立てない」さらには「誰かを助けられなかった」と言った気持ちのことを言います。(だから、罪悪感にも似た感情ですね)

役に立てない自分は価値も無ければ、意味も無い、だから、自分を必要としてくれる人に尽くし、力を注ぐのが私の存在価値・・・と感じてしまうようなものです。

一種の“奴隷マインド”と呼ばれるものに近くなります。

こうした無価値感や無力感が心を占めていると、周りからは「なんであんな人と付き合ってるの?」「そんなにボロボロになるんだったら別れたらいいじゃない」と言われても、なかなかその言葉が耳に届きません。

中には単にお金や体が目的な関係だったり、DVやパワハラなどのひどい関係性に陥ったりしても、そのまま関係性を持続させようとする方もいらっしゃいます。

私達は1人では生きていけません。
特に、このパターンを持つ方はそれを強く感じています。

だから、自分を居場所としてくれる人、自分を必要としてくれる人が付き合う条件となってしまうんです。

もちろん、こうした背景には幼少期から思春期までの人間関係が強く影響しています。
家族の問題、学校での問題、友人関係、恋愛。様々な要素が絡み合っています。

カウンセリングの中ではそうした過去の問題を癒すことはもちろん、今、できることも大切にしています。

例えば、カウンセリングや私達のワークショップが“居場所”になること。
そうすることで、彼に強く依存していた気持ちが軽くなっていきます。

そして、一つ一つ、自分が受け取れない価値を伝えていくこと。
「ほんとうに頑張ってきましたね」と伝えても、無力感の強い方は、それに強い拒絶反応を示します。
でも、私達は、それも分かった上で、承認し、また、価値を伝えていこうとするでしょう。

1、2度くらいはなかなか受け取れません。
でも、それが10回、20回と続くと、やがて「まあ、そういういいところが自分にもあるのかな」と思えるようになっていきます。これは多くの方に見られる傾向なんでうすね。

そうして“自分を大切にする”ことを学んでいくんですね。
必要とされることも大事なことなんだけど、自分の「好き」という気持ちも大切にしたい・・・。
そういう思いが芽生えたとき、いよいよ“選択”のときが来ます。

必要とされる、という受身の姿勢ではなく、「誰を愛したいか?誰を愛するか?」という選択ですね。

実は、この変化は“受動的(依存的)”な生き方から“能動的・主体的”生き方への変化を意味します。

自分の人生を自分で切り拓き、自分の足で歩いていく、いわば、生まれ変わりのポイントになるのです。

・・・とまあ、大きなことを書きましたが、“自分で選ぶ”のと“選ばれる”では、うまく行ったときの達成感、うまく行かなかったときの納得感が全然違います。すなわち、後悔の量が違うんです。
だから、“必要とされる”ことも大事だけど、“必要とし、愛する”という姿勢を大切にしたいと思うのです。

いかがでしょうか。
自分の

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