放っておくと私たちは安楽な方向に流れる~向き合うことの難しさ~

私たちは嫌な感情を感じたくないので、自然とそれを回避するルートを作り、無意識にその道を辿るように生きています。
外の世界に起こる問題はきっとその嫌な感情と向き合うために起きるのです。

ちょっと想像してみてください。

あなたの職場にすごく嫌な上司がいます。直属ではないけれど、何かと嫌味を言ったり、言いがかりを付けてきたり、あなたに意地悪をしてきます。
あなたは経理部に用事があるときはその上司のデスクの前を通るのが最短ルートなんですが、いつもそんな態度を取られるので自然とそこを避け、少し大回りをして経費の精算に向かうようになります。
そして、いつしかそれが当たり前になり、足が上司を避けるルートが自然なものになります。

そんな経験したことありませんか?
でも、今日お話ししたいのは職場の人間関係についてではありません。


私たちは「嫌な物からは自然と目を向ける」のが自然な行動になります。
川が蛇行しながら流れるように、心に引っ掛かりや痛みがあると勝手にそこを避けるように生きるようになるのです。

もしあなたが「恋」に痛みを抱えるのであれば、「好きにならない」ように異性と接するでしょう。
だって痛いのも、嫌な気分がするのも私たちは大嫌いだからですね。

だから、放っておくと私たちは痛みを回避する方向に自然と流れてしまうのです。
まだ嫌な上司、嫌な恋と認識しているうちはいいのですが、それが当たり前になってしまうと、その回避ルートが自然になりますから、何ら疑問を持たなくなるのです。

それでうまく行っているうちはいいのですが、何か問題が起こった時、その嫌な部分と向き合わざるを得なるんです。

しかし、避けることが癖になってしまっていると、向き合うことがなかなかできません。
自分では向きあっているつもりでも、覚悟が無かったり、逃げ腰だったり、形だけだったりするので問題は一向に解決しません。
正当化したり、相手を批判したり、自己防衛したりするのはまさにそんな時。

でも、その問題は実はそうして目を背けていた自分の内なる感情と向き合うために起こります。
だから、回避し続けているうちは問題は進展を見せないのです。

でも、嫌ですよねえ・・・どうしたらいいのか途方にくれますよね・・・
そもそも何でこんな目に・・・と被害者にもなりたくなりますよね・・・

だから、その痛みと向き合うにはすごく覚悟と勇気が必要なんですね。
ちゃんと物事に向きあうには。
そして、誰かのサポートをも大事です。

だから、よっしゃ、向き合うべ、と思った時は、腰を据えて、覚悟を決めるところから始めます。
逃げ腰になる自分、言い訳する自分、めんどくさがりな自分、被害意識が強い自分、競争心が露わになる自分、弱い自分、怖れが強い自分、いろんな自分が出てきます。

そこと向き合うことがまずは一歩目です。
その自分から逃げないことから始めるんです。

あらゆる問題は自分と向き合うことで解決を見ます。
そんな弱い自分と向き合い、受け入れ、乗り越えていくと、外に起きていた問題は気が付けば無くなっている(忘れている)んですね。

嫌な上司、というのも本当はあなたの心が作り出した幻想です。
あなたの心の中にある、何か向き合いたくないものをその上司に投影しているのです。
だから、向き合うのはその上司ではなく、その上司に投影している自分の心の内なのです。
すなわち、その上司は関係ないって言ってしまっても過言ではありません。

だから、こんな話をすることもあるんです。
「いやあ、きっとその上司、頑張ってくれてますよね。あなたの内面にある嫌な面を映し出すためにすごく努力されてるんですよー。あなたがちゃんと自分と向き合えるようにボランティアしてくれてるんです。日々泣いてると思いますよ。『おれ、そんなに嫌な奴じゃないのにあいつのために頑張って嫌われ役、引き受けてるんだよ。彼がちゃんと自分と向き合えるようになるためにな。これもあいつのためだ。』って(笑)

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