投影とシャドウ。

自分が何らかの事情で切り離してしまった感情は外の世界に映し出されます(投影)。
しかも、それはその感情を持ってる人(シャドウ)となぜか接する機会が多くなるのです。
それはその感情を解放するためであり、その感情のポジティブな一面を才能として受け取るためなのです。

先日の週末は東京でヒーリングワーク・アドバンスのトレーナーをしてきました。
アドバンス故に、少々深いところ、難しい話をたくさんするので、イマイチ理解し辛い点も出てきたかもしれません。

今回扱ったものの中で分かり難い概念の一つが「投影」の考え方。
そもそも「心の中にあるものを外の世界に映し出す」という「投影」自体がイマイチピンと来なかったりしますよね。


私たちは幼少期から自立するにつれて「自分」と「他人」を区別するようにしてきました。
私は私、あなたはあなた、で、別人としてきたわけです。
だから、その「あなた」に見る要素が、私の内なる要素だ、と言われたって、ぴんと来ないし、それを受け入れるのにも抵抗があると思います。

しかも、外の世界に投影されるものの中には「自分がかつて切り捨ててしまった感情」が含まれるとしたら、その部分は到底自分自身の中にあるとは受け入れられないわけです。

例えば、かつて自分が「嫉妬心」がすごく嫌で、それを感じないように抑圧して麻痺させてきた場合、普段の生活の中では他人に嫉妬することは無くなります。
仮に嫉妬するような状況が起きたら、それを上手に回避しますし、仮に感じたとしても、その麻痺があるので「嫉妬してる」とは分かりません。もちろん、それを認めたくはありません。

ところが、そういう風に抑圧された感情(切ってしまった感情、麻痺させた感情)こそが、外の世界に映し出されるので、自分が触れる世界にはよく「嫉妬」にまつわるものが目に付くようになります。
職場の人間関係で自分が頑張ったのに他人が評価されるような、自分が嫉妬するような状況が起きたり、誰かが誰かにひどく嫉妬してる場面に出くわしたり、ドラマを見ればそんなシーンが飛び込んで来たりするんです。

でも、自分の中で嫉妬心を切ってしまっているので、まさか自分が嫉妬してるなんて、認めたくはないですよね。
そもそも、嫌で切り捨てた嫉妬心ですから、が自分の中にまだあるなんて最悪です。

故に、外に見える嫉妬の世界をますます自分と切り離すようになります。
しかし、そうして切り離すが故に、また投影が強まり、ますます自分は嫉妬に塗れた世界を意識せざるを得なくなります。

さて、そんな風に抑圧した感情を映し出してる人をシャドウと言います。
嫉妬心を抑圧した人は、嫉妬深い人ががシャドウ(影)となり、とても嫌いになったり、接触したくなったり、見たくなかったり、会いたくなかったりする相手です。

自分が嫉妬を嫌っている分、嫉妬を持ってる人を嫌う、というのが「投影」と「シャドウ」の関係性です。

だから、仮にあなたが「○○な人が嫌い、苦手」と感じるのであれば、きっと「○○」はあなたがかつて切り捨てた感情と言えるのです。

○○にはどんな言葉が当てはまりますか?

・だらしない
・きちんとしてない
・怒りっぽい
・いい加減
・嘘を付く
・人をバカにする
・暗い
・調子に乗ってる
・下品
・不潔
・場の空気が読めない
・自分勝手
・わがまま
・人を振り回す
・頑張り屋さん
・まじめ
・人に気を使う、等々。

もし、あなたがそうした要素を苦手だと感じるのであれば、それこそが、あなたの中にある要素と言えるのです。

嫌でしょう?(笑)

嫌だから切り捨てたんです。
でも、切り捨てたから外の世界に見えてしまうのです。

でも、そもそも自分の内に無いものは外の世界にあるとは気付けません。
元々嫉妬心が無い人であれば、外の世界に嫉妬と言う概念があるとは思えません。
だって、嫉妬心自体を知らないのですから。

だから、そういう人って嫌なんだけど、目に付く、気になる、と思いませんか?
もしあなたが怒りっぽい人が嫌いだとしたら、怒りっぽい人を見かけたら、その人のことを意識してしまいませんか?

なぜ、投影が起こるのか?と言えば、それが目的だからです。

「あなたの中にも怒りがあるよ」
「あなたの中にも嫉妬があるよ」

ということを教えてくれているのです。

なぜそんなことをするのか?と言えば、一つはそれを解放するためです。

感情は感じた分だけ解放されます。
怒りも嫉妬も寂しさも悲しみも罪悪感も、感じて解放した分だけ、すっきりします。
だから、感情を癒すためには、それが心の内にあることに気づくこと、認めることから始める必要があるのです。
そして、それを感じることで解放、解消されるのです。
心は軽くなり、すっきりして、余裕が生まれ、自分らしい毎日を送れるようになります。

そして、もう一つの目的は、あなたの才能を教えてくれます。
怒りは情熱の化身です。
怒りを抑圧すると情熱も抑圧され、やる気が無くなります。

嫉妬は相手の価値を情熱的に認める才能を表します。
だから、嫉妬を認めないと、あなたは人に対してつい批判的な目を向けてしまいます。

そう、そもそも長所と短所は同じもの、裏表です。
見方一つで良くも悪くもなるものです。

そのネガティブに見える部分を見たくなくて切り離してしまったとしたら、そのポジティブな要素も切り離されてしまうのです。

わがままさやいい加減さを嫌った人は、自由を抑圧しまい、不自由な毎日を送っている可能性があります。
きちんとしてない人が嫌いな人は融通が利かない窮屈さを毎日感じているかもしれません。

もちろん、そうした要素を嫌うだけに相応しい事情がかつてあったことも事実です。
嫉妬して辛かったり、嫉妬されて苦しかったり、わがままだって親からいつも怒られていたり、きちんとしてなきゃダメと厳しく躾けられたり。
それがトラウマになってその要素を嫌うようになって切り離してしまったのです。
だから、ヒーリングという目線では、そうした過去の体験を癒すことも、自分自身を解放する大切な手段の一つになります。

だけど、そのためにもまずは外の世界に見る嫌なものが、自分の中にあることを認め、受け入れる必要があるのです。

とても嫌だけど。
それに、切り捨ててしまったので「自分の中にある」とはとても思えないのだけど。

「シャドウは統合することで癒される」と言います。
嫉妬を抑圧しているのであれば、嫉妬深い人と近づき、繋がることがそれを癒します。

嫌でしょう?そんなのは。

でも、嫉妬を抑圧しているとき、その長所の要素である「価値」「魅力」を持った人と繋がることでも、シャドウは統合されます。

わがままさを抑圧している人は、自由な人に近づき、繋がるといいのです。
怒りを感じるのが嫌な人は、バイタリティのある、情熱的な人に近づくといいのです。

そうすると、あなたは「嫉妬深い人になる」のではなく「人の価値や魅力を上手に見ることができる、情熱的な人」になります。
この「 」内は同じ意味ですから。

さて、あなたの周りにいる人で、ちょっと嫌だな、苦手だな、と思う人を観察してみましょう。
そして、その嫌で苦手な要素が自分の中にもあることを、まずは「知り」ましょう。

「それが自分にある」と思うだけでいいです。
強い抵抗を感じるかも知れません。
でも、ただ、そう思っているだけでいいんです。

後は心が処理をしてくれます。

※参考
心理学講座『652-1.投影とその活用方法2~目に映るもののすべては投影である~』

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