本当に自信がある人、偉い人。



男性はよく自慢話が好きって言いますよね。特に飲みの席では武勇伝が花盛りになることもあります。
そういう雰囲気を嫌だなあ、と眺めていることもあれば、つい自分も自慢話をしてしまうこともあります。

自慢話は自己顕示欲。自分ってこんなすごいんだぞ!だから褒めてくれよ!認めてくれよ!というアピール。

そんな「ニーズ」を感じるから、自慢話を聞いていると嫌な気分になるのです。

でも、そんなニーズが溢れてくるのも「自分ではすごいと思ってない。褒められる価値がない。認めてもらえるようなことしていない」という自信の無さが隠れています。



同じように「私の彼はすごい自信家なんです」という場合も、同じことが言えます。
俺は何でも知ってる、できる、という自信家の方は、どんなに仕事で業績を上げていたとしても実は自信がないのです。
でも、競争心が強いので、そんな弱さは認められません。だから、自分はすごいんだぞ、と少々天狗になる勢いで生きています。

また、自信家もそうですが、偉そうにしてる人こそ、自信がない人ですよね。
「俺は部長なんだぞ」「俺はこんな会社に勤めているんだぞ」「俺は年収2000万なんだぞ」と偉そうに振舞ってしまう人は、心の中にはとても自信がない、弱い自分が隠れています。

そんな自分を隠すために偉そうにし、自信家を演出するわけです。

本当に自信がある人、本当に偉い人はとても謙虚です。
本人が言わずとも周りがそのすごさを語ります。
その人の醸し出すオーラがただモノじゃないんだな、と思わせます。

しかし、偉い人が偉くすると周りと壁ができたり、距離ができたりしますよね。
そしたら、その人と付き合いにくくなるでしょう?
だから、相手の人が自分に気を遣わなくて済むよう、むしろ、低姿勢になります。
笑顔を絶やさないし、物腰も穏やかだし、聞き上手になるのです。
そして、とても自然です。
ある人はとても明るくパワフルだし、ある人は物静かでクールです。でも、それが自然体なので、傍にいると居心地がとてもいいのです。

だから、本当にすごい人、偉い人は、近くにいる人を和ませ、リラックスさせる心の広さを持っていると思うのです。
だってそれだけの「器」を持つんですものね。

もちろん、そんな彼らもかつては天狗になったり、偉そうにしていた時代があったかもしれません。
その後、いろいろな経験を経て、物腰の柔らかい、謙虚な紳士・淑女になられたのでしょう。

そういう方にお会いするたびに、自分もそうなりたいな、と強く感じますし、学ばせてもらいます。

「そんな風になりたいです」と素直に憧れを告白すると、決まって彼らは「そう?ありがとう。でも、そんな難しいことじゃないよ。根本君だってすぐにできることだよ!」と笑顔で答えてくれます。
その言葉で癒されてしまうのです。

そして、改めて、そんな人になりたいなあ、と憧れを強くするのです。

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