「わたしたちは誰かを愛したくてしょうがないのかもしれません」



私達の心の中、それは人によってはとても「深い」「奥」と感じられるところに、ちゃんと「愛」の部分が存在しているのかもしれません。

そう、感じてしまう場面に、いくつも遭遇してきました。


私達は、愛されなかったときに傷つくのではなく、愛を受け取ってもらえなかったときに傷ついてしまうようです。

自分が愛を持っているからこそ、相手の行為に裏切りを感じたり、ハートブレイクを感じたり、してしまうのです。

愛を持っていないものに対しては、私達は、傷ついたり、恨んだりすることはありません。

例えば、あなたが信じていた人が、約束を反故にしたとしたら・・・あなたは裏切られたようなショックを受け、その人への信頼を失ってしまうでしょう。

でも、それは「あなたが信じていた」からなんですよね。

(因みに、信じることと、愛することはイコールです)

信じていない人があなたを裏切ったとしたら・・・それは「やっぱり」ということになってしまうはずです。

逆説的ですが、私達が傷ついたときに「その人のことを愛していた」ということに気付かされるものかもしれません。
時にそれは後悔を招き、時に自己嫌悪や罪悪感を招きますが、しかし、重要なのは、その人を愛していたことではないでしょうか。

また、私達に誰も愛する人がいないとしたら、どのような気持ちで毎日を過ごすことになるでしょう?

無機質で、無味乾燥な毎日がやってくるような気はしませんか?

だから、私達は誰か、あるいは、何か、愛するものを常に探しているのかもしれません。
例え、傷ついたとしても、その行為はやめられないものかもしれません。

私達は、誰かを愛したくてしょうがないからです。

心の処方箋

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