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「頑張らなきゃ必要とされない」という「怖れ」をベースに頑張ってた。
けど、それはしんどくなって「怖れ」を手放して、「愛」をベースに変えて行った。
そしたら前みたいに気力がわかなくなったし、頑張れなくなった。
それでいいの?ダメなんじゃない?
そう、「怖れ」は刺激的だけど「愛」は穏やかなのです。
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「ちゃんとしなければ認めてもらえない」
「こんな私は人一倍頑張らなきゃいけない」
「何者かにならなければ愛されない」
「自分ひとりで何とかしなければならない」
「負けてはいけない。舐められてはいけない。」
「常に成長し続けなければならない」
これらは「怖れ」がベースになっている価値観です。
「怖れ」って刺激的で、インパクトも強いので「瞬発力」もあり、かつ、火事場の馬鹿力じゃないですが、たいへんパワフルです。
ふつう「怖れ」というのは「持続力」に欠けるので長続きしないものなのですが、強い怖れの場合は「刺激中毒」の状態を作り出すので、その頑張りを続けることができるんです。
体力・気力に充実している間は「怖れ」をベースにした頑張りもできるんですけど、その頑張りが体力・気力を削っていくことになるので、言うてもそんな長期間にわたって頑張り続けることはできません。
どこかで心身を病んでしまうことになるでしょう。
だって、出力オーバーの状態が何年も続いてしまうわけですから。
そうすると「燃え尽き症候群」を思わせる気力の低下が起こり、出力が落ちて、以前ほど頑張れなくなっていきます。
そこでもう一度「怖れ」というガソリンをぶち込んで頑張ろうとするのですが、それもまた限界があります。
それで、「このところやる気が出なくて」とか「以前より頑張れなくなって」というテーマでカウンセリングに来られるわけです。
でも、その状態も放置していくとやがてほんとうに病気になっちゃうでしょう。
そう、怖れを原動力に頑張るのは短期に限るんですね。
とりあえず3か月くらいは大丈夫です。長くても1年くらいなら何とかなります。
それ以上は「要注意」なんです。
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そこでカウンセリングやリトリートセミナーでは「なぜ怖れを原動力に頑張るようになったのか?」というそもそも論を展開していきます。
「親が厳しくていい点数を取っても褒めてもらえなかった。だから、もっと頑張らなきゃいけないと思っていた。」
「周りからの「期待」に応えなければ愛情をもらえなかった。」
「過干渉な母親で何かとコントロールされてきた。だから、自分が何者か分からなくなり、とにかく頑張るしかなかった。」
「母の依存心を必死に受け止めてきたら自分のことを後回しにする癖がついた。」
そういう環境で育つと「無価値感」がすくすくと成長してしまいます。
「そのままの自分には価値がないんだから頑張って何かしなければならない」というわけです。
また、親から「罪悪感を植え付けられてコントロールされた」という場合も多いものです。
「かわいそうなお母さんのためにしっかりしなきゃ」
「お父さんに迫害されてるお母さんを助けなければ!」
「自分がしっかりして家族の面倒を見なければ!」
そうすると、無価値感や罪悪感の“補償行為”をバンバンするようになります。
そこには怖れや不安が絶え間なく流れ込むことになるので、「怖れを原動力として頑張る!」という自分ができあがっていくのです。
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そこで、その罪悪感なり無価値感なり怖れなり、それをベースに生まれる様々なネガティブな感情を手放していきます。
頑張らなくても愛されることを体感し、ありのままの自分でも大丈夫だ、ということを実感していきます。
競争に勝たなくても生き残れることを知っていきます。
自分にも価値があることを知り、また、今まで自分がしてきたことにも価値を感じられます。
親にも親なりの事情があることを実感し、許していきます。
そうして、自分のことも周りの人たちのことも許していきます。
女性性を解放し、自分を休ませる、ゆるめることを学びます。
そうすると「原動力」だった「怖れ」が減るんですね。
その時期は戸惑いの期間です。
今までよりも頑張る気力が分からなくなり困ったような表情をされる方もいます。
「心も体も軽く、楽になったのだけど、やる気が出なくて困ってます。」という風に。
「今している仕事に興味がなくなってきた。辞めたい。」なんて思います。
「もっと自分に合った生き方をしたい!ライフワークを生きたい!」と思うようになるのですが、それが具体的に何かが分かりません。
そうして「今までみたいな生き方はしたくないけど、だからと言ってどう生きたらいいのかが分からない」という戸惑いが生まれるのです。
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私はこうした事例を数多く扱っているので、カウンセリングにせよ、リトリートセミナーにせよ、「自分らしい幸せな生き方(=ライフワーク)」を常に探求するようになりました。
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その戸惑いはとてもプロセスが順調に進んでいる証拠なのですが、訳の分からない迷宮に迷い込んだような不安も出てくるものです。
そこで「愛」というものに目を向けるようにします。
私たちの心の奥底に必ずあるものです。
それは「与える」「受け取る」「感謝」「信頼」「許し」「手放し」「才能」「親密感」などに置き換えられるもので、自分らしくいられるときに一番発揮できるものでもあります。
ほんとの自分は何を与えたいのか?
自分の才能は何なのか?
ありのままの自分は何がしたいのか?
ここに意識を向けていくんですね。
そうすると「こういう生き方がライフワークかもしれない」というものが見つかってきます。
実はその多くは今までの生き方とさほど変わらなかったりします。
そう別にライフワークを見つけたからといって会社員だった人が独立起業するってわけじゃないんです。
会社員のまま、ライフワークを生きることだって全然おかしくありません。
ただその「原動力」、つまり「動機」が異なるだけです。
怖れから行動するのではなく、愛から行動するようになるだけ、です。
しかし、「怖れ」は中毒を産むほどに刺激的ですが、「愛」は全然刺激的じゃないんです。
むしろ「あまりに自然」なんですよね。
だから、刺激中毒になっていた心も体も「物足りなさ」を感じてもぞもぞしたり、そわそわしたり、生ぬるい感じがしたり、甘えてるだけのような気がしたり、「これでいいのかな?」と不安になったり、これって手を抜いてるってこと?と疑心暗鬼になったりしてしまうんです。
居心地もいいし、楽だし、軽いし、面白いし、楽しいし、だけど・・・という感じ。
だから、「気持ちが悪い」と感じる方が多いのです。
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また、この「怖れ」から「愛」への原動力の転換には「思考」から「感情・感覚」に原動力の仕組みそのものが変わります。
「怖れ」は「思考」を盛んにさせます。
「愛」は「自分の気持ち」に素直にさせます。
だから、そもそもの行動理由が「思考的」から「感情的」に変わるんです。
「やらなきゃいけないからやる」から「やりたいからやるし、やりたくなければやらない」に変わるってことです。
そうすると今までの感覚を覚えている元ハードワーカーからすれば、ほんともぞもぞしちゃうんですよね。
「これでいいんですか?ほんとにこれでいいんですか?」って何度も聞かれます。
「それで困ったことってあります?」
「いや、ないですけど」
「じゃあ、それで大丈夫なんですよ。楽でしょう?」
「楽です。」
「今までは修行僧みたいにしんどいことをやらなきゃ意味がないって思ってたってことですね。」
「いやはや全くその通りでごじまして。かたじけねぇ。」
それ以外でもかつての思考がいろいろとけしかけてきます。
「全然頑張ってないじゃん。成長しないよ?」
「それって単に怠け者になっただけなんじゃないの?」
「ずいぶんと人に甘えてない?もっとしっかりしなよ」
そういう声を「ああ、以前の自分の声だー!そうやって頑張ってたのよねー」と冷静に見れるようになることを目標にしましょう。
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「やるべきことを探してやる」という怖れベースから、「わくわくすることをする」という愛に変わるわけで、今までよりもはるかに自分の気持ち、感情、心を優先できるようになります。
つまり、「感情を感じる」ということがとっても大事です。
思考でガチガチになっていると、これが難しいんですね。
だから「どうしていいのか分からない」「これでいいのか不安」になるんです。
「自分は今どのような気持ちなのか?私は今、何を感じているのか?」をふだんから意識してみるといいですね。
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そうして「義務」「正しさ」「思考」が羅針盤だったのに、「喜び」「面白い」「わくわくする」が羅針盤に変わるんです。
まあ、まるで何十年も乗り続けた車を最新の車に乗り換えるようなもんですね。
だから初めのうちは、勝手が全然分からん!どう使っていいのか見当もつかない!となるものです。
「感情を羅針盤にする」というのは今まであんまりやったことないはずなので、しばらくトレーニングと検証が必要です。
気分の赴くままに動いてみる。
楽しいと思うことをやってみる。
ワクワクする方に進んでみる。
↓
それで何か困ったことって起きたかな?
↓
あんまりないよね。じゃあ、これでいいな。
ということを“学習”していくんですね。
もちろん、「困ったこと」が起きることだってあります。
「ほんとにそれって困ってる?」と聞いてみます。
すると以外にも「いや、そんなでも」という回答が自分の中から聞こえることも多いです。
「困ったこと」ってのは今までの自分の声か!と気付けます。(気づくだけでいいです)
でも、ほんとうに困ったことも起こることもあります。
そのときは「ほんとうにそれってわくわくしてた?」という角度から検討してみます。
例えば、気持ちの赴くままに“深夜のポテチ一袋”という禁断の一手を繰り出したとしましょう。
そのときはわくわくします、楽しいし、背徳感もあって刺激的だし、満足です。
しかし、寝る頃から「なんか気持ち悪ーい」ってなったり、朝起きたら「胸焼けがするー」ってなったり、ゴミ箱のポテチの袋を見て「ああ、体に悪いことしちゃったー」と感じたりします。
つまり、そこまで見越して「わくわくしていたのか?」ということなのです。
そうすうると「深夜のポテチというのは“わくわく”ではなく“ゆうわく”だった」ということに気づくのです。
それもまた学習です。
そうしてトライ&エラーを繰り返しながら「わくわくした気持ち」に素直になっていくんです。
そういう学習を繰り返しているうちに「ずいぶんと生きやすくなったなあ」と感じていることに気づくでしょう。
そうして、「怖れ」から「愛」への原動力の移行は進んでいくんです。
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こうした変化はパートナーシップにも顕著に表れます。
怖れがベースの時代は刺激的な恋やセックスを求めます。
刺激的な相手を求めたり、刺激的な関係に魅力を感じたり、刺激的なセックスを欲します。
しかし、愛がベースになると穏やかで平和で落ち着いた関係を求めます。
そうすると出会う相手、魅力を感じる相手も変わるし、セックスにも愛を求めるようになります。
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