2019/5/10 MB×根本裕幸トークセッション 自己肯定感を高める~きょうの失望を明日の希望に変える方法~」根本裕幸の講演パート全文



2019/5/10に、MB×根本裕幸トークセッション 「自己肯定感を高める~きょうの失望を明日の希望に変える方法~」が日比谷で開催されました。
その時にお話しした内容を文字起こしして頂きましたので、皆さんに公開したいと思います。

ちなみにMBさんとのコラボセッションはこちらのページからご覧いただけます!
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/30993

45分くらいの講演でしたが、文字数にして12文字を越えましたので、PDFファイルに纏めました。
早く全文読みたい!という方はこちらからどうぞ。
20190510根本パート全文.pdf

では、大変長いですが、私の口調そのままに文字に起こして頂いているので、講演の雰囲気が伝われば幸いです。

【根本裕幸の講演パート全文】

テーマが自己肯定感ということで、僕に寄せてくれたのかなと思うんですけど、持ち時間が45分ということで非常に短いですね。昨日は100分間話してきたんですけど、そこから考えると、話が盛り上がってきたところで終わっちゃうかもしれませんが、その時は「続きはメルマガで」ということで(笑)

今日は、人生の変え方ということを話そうかと思います。MBさんは「外を変えるのは簡単」とおっしゃっていたので、僕としては「中を変えるのも簡単だよ」という話をしないと、お客さんをMBさんに持っていかれてしまうので、危機感を持ってしゃべりたいと思います(笑)

人生の変え方を、話の中にはさみながら行きたいんですけど、MBさんは正解主義ということを言ってました。さっそくそこからパクろうかなと思うんですが(笑)、まずは自己肯定感を下げる方法っていうのを、逆に最初に話そうと思います。

自己肯定感というのは、簡単に言うとありのままの自分、今のままの自分でも幸せになれるよという考え方です。不完全なまま、ダメなまま、不十分なままでも、十分幸せになれるということを、僕はお伝えしたいんですね。でも、ほとんどの方は「何者かにならないと幸せになれない」「何かを身につけないと成功しない」といった、幻想みたいなものに取りつかれているところがあると思います。これはメディアの影響が結構大きいんですけどね。

僕たちの中にはそれぞれ個性があって、人は当然違いますよね。同じ顔の人は3人いるとか言われますけど、顔もスタイルも価値観も当然違います。同じ兄弟だとしても、性格は違いますし、同じ親に育てられたとしても、人生がまるで変ってしまうということはよくあります。「お兄ちゃんは頭も良くてモテるのに、何で自分は……」ということも、よくありますよね(笑)。

ところが正解主義というのは、簡単に言うと必ず答えがあって、そしてそれが一つであるという、いわゆる学校のテストのように囚われることで、「何が正解なんだろう」ということに囚われてしまうことです。

カウンセラーという仕事をしていると、人から「どうしたらいいんですか?」ってよく聞かれます。「職場で上司からの質問にこういう風に答えたんですけど」「パートナーに会いたいから、こうLINEを返したんですが、合ってますか」みたいな感じで。まぁ、僕のメルマガを読んでくれてる方はわかると思うんですけど、僕は人から「合ってますか?」って聞かれたら、「合ってるんちゃう?」って答えます。「どうしたらいいんですか?」って聞かれたら、「好きにしたらええんちゃう?」って答えます。ほとんど自動返信です(笑)。最近は読者もわかってて、「これ、良かったんですかって聞いても、どうせ“よかった”としか言わないですよね」って、自分で振ってちゃんとオチまでつけてくれる方も増えていて、僕としては大変楽になってるんですけど。で、それがなんでかって言うと「自分がやると思ってやったんだったら、それでいいじゃん」「自分が良かれと思ってやったんだったら、それでいいよね」というのが大前提で、どうせ上手くいかないこともあるし、今は上手くいってたって、そのうち失敗することもあるだろうし、何をもって成功なのか定義ってできないからなんですよね。

実際、今すごく成功している経営者が、3年後には落ちぶれてるってことはよくあります。で、その経営者は3年前までド貧乏で、ホームレス寸前の生活をしていたという話もよくあります。何をもってうまくいくのか、何をもって成功なのかというのは、実は定義できないんです。形としては。

幸せというものを人は目指していて、僕の仕事というのは、どうしたら今のままで幸せになれるかを考えて、お伝えする仕事です。本来は今のままでも幸せなんですが、それを感じられない自分がいるだけなんです。この考え方は皆さんも聞いてきているかもしれません。でも、人は幸せじゃないって感じてるから、幸せになるために何かをしなければいけない、何者かにならなければいけないと思ったり、より具体的に言えば「おしゃれになれないと女の子にモテない」とか思ったりするんですね。「おしゃれになりたいっていうモチベーションでおしゃれになる」これはうまくいくと思います。だけど、おしゃれにならないとモテないと思っておしゃれになると、おしゃれになった自分を受け入れられなくなるんです。「もっとやらないと」「これではダメだ」と。これって自己否定の話なんですね。

実はモチベーションの話にも繋がるんですが、正解主義には理想主義という似た言葉があります。理想主義というのは、こうあるべきだと思う姿のことです。例えば、「入社して10年たったら一人前だから、自分の仕事は全部自分で完結させないといけない」「専業主婦なんだから、これくらいのことはできて当たり前だ」「いい大人なんだから、これくらいのことは自分で決めなければいけない」というように、本来こうあるべきだとか、こうしなければいけないという考えのことを、理想主義と言います。いっぽうの正解主義というのは、どれが正しいのかずっと探している考え方です。これらは、すべて思考の中にあるものです。ところが何が問題かというと、幸せって感情なんです。感じるものなんです。思考で「これが正しい」とか「これが間違ってる」とかって判断しても、実は正しさって追えば追うほど幸せが逃げていくものなんです。

例えば、こういう話があります。旦那さんが浮気をしましたと。「不貞行為をするなんてとんでもない悪い奴だ」といって、奥さんが街頭に立って署名を集めるとします。「うちの旦那、悪い奴ですよね? どうか一筆お願いします」って感じで、1万人の署名が集まったとするじゃないですか。それを持って旦那の前に行って、「お前こんなに悪い奴だから、性格変われや」と。そうしたら、旦那は浮気をやめるでしょうか? それとも普通に怖がるでしょうか?(笑)

奥さんが主張していることは、正しさです。そして正しさというのに、こだわっちゃう方も多いと思うんですけど、最も怖いのは、正しいからそこに安心感が生まれることなんです。「正しいことをやっていれば良い」という幻想に、僕らは囚われています。ところが、正しいことを追求すればするほど、幸せが逃げていく。なぜかというと、敵を作るからです。正しさを証明するためには、必ず間違っている人が必要なんですよ。

時代劇の『水戸黄門』ってありますよね。黄門様は毎週、日本各地の村々に行きますが、行く先々で必ず問題が起きるんです。要するに、お代官様が町娘を攫わないと、物語はスタートしないんです。だから、黄門様が来る村は大変なんです。お代官様が悪さしないとダメだし、お奉行様が不正働かないといけない。仮に黄門様が来て、「いや、この村めっちゃ良い村でね、みんな仲良しなんですよ~」って踊ってたら、番組が一時間持たないんです(笑)

だから、必ず犯罪者が必要になってくる。じゃないと、黄門様の印籠という正しさのシンボルが使えないと。つまり、正しさを見せるためには、必ず悪い人や間違っている人間が必要になってくる。正しさを証明しようとすればするほど、敵を作ってしまうんです。そして敵を作るとどうなるかというと、常に報復を恐れるようになります。だから、常に防御を固めなければならない。その時に僕らは、理論武装というものをよく使います。ところが、そうやって正しさに囚われれば囚われるほど、ギスギスしてくるんです。「俺、間違ってないよな? 正しいよな?」という不安から、逃れられなくなります。

これはけっこう正しさの罠で、正解主義の中でも非常に怖い部分になります。だから僕は、正しさよりも幸せを選ぶことをオススメしてます。全ての場面でそうしろとは言わないです。「赤信号を待つのは正しいけど、幸せなのはスキップしながら横断歩道を渡ること」といってドーンと事故っても、僕のせいじゃないですよ(笑)。それは自分の中で選択可能です。

ちょっと話は飛びますけど、自由というのを僕は「選択肢がある状態」と定義しています。選べる状態というのを、自由と言っています。幸せを選ぶというのは、横断歩道を渡ってもいいし、渡らなくても良いという選択肢を持つことなんです。例えば、今日この講座は21時半に終わりますよね。みなさん晩御飯はどうします? そこから晩御飯食べると、22時をまわりますよね。ダイエットの敵ですね。そんな時に「でもお腹すいたし、なんか食べたいし、とりあえず食べに行った」っていうのが、正解主義や理想主義だと否定の対象になるんです。「そんな自分はダメだ」「そんなことしてたら、ダイエットできない」と、そこから皆さん大好きな『独り反省会』が始まるんですね。

よくありませんか? 仕事帰りとかに「ああ言えばよかったな」「こう言えばよかったな」っていう、大反省会を自分の中で繰り広げることが。それこそがまさに自己否定。自己肯定の裏返しですね。

さっき浮気の話をしましたが、最近多い相談が奥さんの不貞問題。今日は男性のお客さんも半分ぐらいいますので、男性に喜んで欲しいんですが、女性と男性比べた時にどっちの方が浮気性だと思います? 男性だと思う人? 女性だと思う人? ……この質問、あんま面白くなかったかな?(笑) ご存知の方も多いようですが、女性の方が浮気性なんです。

恋愛関係で浮気する数字って世界共通らしいんですが、男性全体の2割が浮気するらしいんですが、女性は3割って言われています。でも、そもそもそう思いません? 男性のみなさんには、ずーっと通っている行きつけの居酒屋とかありませんか? 会社を出たら必ず同じ店に寄って飲んで、そのあと行きつけのスナックに行って、必ず同じ歌を歌うとかってないですか? それを20年やるっていうのが、男性はあるんです。その点で言うと、女子が10年以上続けられるのって、美容室くらいです。女子は「この店良かったね~」「また来ようね~」って言いながら、店を出た瞬間に「隣の店も良くない?」「次こっち行かない?」って感じで、すぐ気が変わるんですよ(笑)

似た話で、こんなのもあります。例えば、新しいバッグを買いたいなと思って、買い物に行くとするじゃないですか。男性の場合だと、デパートに行ったとして、カバンが欲しくて行ってるわけだから、カバン売り場直行するんです。でも女子の皆さんのなかには、カバンを買いに行ったのにカワイイ靴を買って帰ったことないですか? 「カバン売り場に行く前に、“わー、これかわいい”って靴買っちゃった。それで満足したから帰ってきたの。何がいけないの?」っていう感じで。男の方が目的に向かってまっすぐな生き方をしているのに対して、女子の方がカバンを買いに行ったくせにカバンすら見ない……そういう不埒な生き物なんです(笑)

女子は口が立つんで、僕も負けるんですけど。男性の方は、今日聞いた話を奥さんや彼女に言うと、200倍くらいになって帰ってきますので、心の中でつぶやく程度にとどめておいたほうがいいです。そうすると、ちょっと心が強くなると思います。実際、口にしてしまうと、後悔するようなことしか起きませんから(笑)

……ていうか、なんでこんな話になったんだろう? よく分からないんですけど、結局僕らは何かを足そうとすることをよくやるんですよね。足りないから何かを足そうとすると。例えば、新しい知識を取り入れようとします。新しいスキルを身に着けようとします。これは否定しないです、やりたい場合はOK。だけど、義務感でやる場合はオススメしないです。身に付かないですから。

ところが、足したところでもういっぱいいっぱいなんですよ。足すのは学生時代までで十分で、あとは引かないと入っていかないんです。その何かを削っていく、止めていくものとして、一番オススメしたいのが自己否定をやめることなんです。

続きは下記PDFをご覧ください(全文あるので、ここまで読んでこられた内容と思い切り重複しましてすいません(汗))

20190510根本パート全文.pdf

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