自分を自由にするかどうかは「思考」がカギを握っている。

自由じゃない、と思う時、私たちは、自分を自由にしない思考に縛られています。
だから、自分を自由にしてあげるには、自由な思考を手に入れるといいんです。
そのカギのひとつは「許可(許し)」だと思います。

先生、こんにちわ。
ネタになるかどうかわかりませんが、いつかとりあげてもらえたら幸せです。

私は、自由になりたいです。

親には、老後の面倒はみたくない!生涯独身でも実家には戻らぬ!宣言をしています。そのときがきたら、面倒みると思いますが。好きなので。

相方はふりんです。
家出してきてますが、やっぱり一緒にいればそれでいい!なんて思えません。
1年後に誰と結婚してるかなんて、わかりませんが。好きなので。

仕事も朝からいきたくありません。
頑張れません。仮病という風邪をひいています。

他人からみれば自由です。
好きなように生きてるみたいです。

でも、私は窮屈です。
(Mさん)

まわりからみれば自由に生きてるように見えても、自分がそう思っていなければ全然自由ではないんですよね。
逆に、まわりからみれば束縛されまくってるように見えるけれど、そこに本人が自由を感じていれば、それは自由に生きてることになるのです。

そもそも「自由」とは何でしょうか?

いろいろな定義があると思いますが、私は「自由とは選択肢があること」と捉えています。

A,B,C,D・・・どれを選んでもいいよ!!って状態が自由です。

「朝起きる。すごく気持ちのいい天気だ。さあ、今日はどうやって過ごそうか。海まで歩いて行ってぼーっとするのもよし、ダウンタウンに行ってショッピングをしながら遅い朝食をオープンエアのカフェで食べるのもよし、焚き火セットを持って山に行くのも楽しそうだし、そろそろ今週末に提出する資料の取りまとめを部屋に籠ってやるのもありだ。」

という状態。一方、

「朝起きる。今日は週末が締め切りの資料の取りまとめをしなきゃいけない。外はいい天気だがそんなことは言ってられない」

という状態は「仕事をする」以外の選択肢がないので窮屈さを感じるのです。

じゃあ、どうしたら「自由」になれるのか?
大事なことは、その選択肢を作るのは他ならぬ自分自身ということです。

ここで「他人軸」になって「誰かが選択肢を与えてくれるのを待っている」とか「この選択肢を持っていいのかを誰かに判断してもらいたがってる」などとなると、途端に不自由さが襲ってきます。

だから、選択肢は自分自身で創造するものなのです。

これ、ものすごく大事なこと。

そもそも「選択肢がない」という現状分析に見える“思考”も、自分が演出したものです。

そこでは自分軸に戻って「自分は今、選択肢を作らないようにしている」という自覚がある方が、より心身の健康に役立ちます。

そして、もし、あなたが今「自由じゃない」と思っているのならば、それは自分の思考が作り出した幻像だということに気付く必要があります。

誰のせいでもなく、誰かに強制されているわけでもなく、自分がそれを創っている、という自覚です。

だから、「自由になる」ためには、「自由な思考を持つこと」が求められます。
選択肢を創造する思考です。

「仕事しなきゃ生活できないでしょ?
だから、嫌でも会社に行かなきゃいけないわけ。
それで嫌な仕事を嫌な上司と一緒にして、それでお給料もらえるんだからしょうがないんだよ。
それが仕事ってもんだからさ。

そりゃ、経済力がある人はそんなことしなくても生活していけるけど、実際、そうじゃないでしょう?
だから、仕方がないのよ。

しかも、別に取り立てて能力があるわけでもないし、傑出した才能があるわけでもないんだから、せっかく雇ってくれた会社の言う通りにしなきゃいけないのよね。」

まあ、私も昔はそんな「思考」に憑りつかれていたわけですが、これは「思考」による説得です。

ここにある思考を列挙してみましょう。

・仕事しなきゃ生活できない
・嫌でも会社に行かなきゃいけない
・それが仕事ってもん
・自分には経済力がない
・能力もない、才能もない
・会社の言う通りにしなければならない

これ、全部、「自らが創造した思考」です。

「あなたはそう思ってるんだよね~」と、あるカウンセラーにさらっと言われてしまう「思考」です。

嫌味なカウンセラーっすねえ(笑)

「○○ができない」
「○○しなければいけない」
「○○がない」
「○○するしかない」

などの思考はそうして私たちの選択肢を狭めていきます。

つまり、自由を奪っていきます。

だから、「自由になりたい」と思うのならば、「その自由を奪っているのは他ならぬ自分自身」であることにまずは気付くことが大切だと思うのです。

誰かのせいにして他人軸になるのではなく、ここは自分軸でいきましょうね。

そして、それに気付いたら、それを手放していくことが可能になります。

私、昔は思考に捉われていましたし、カウンセラーとしても「こうあるべき」「これが理想」という姿をクライアントさんに押し付けている時代がありました。
(ま、今もそういうところがあるかもしれないけれど)

それがクライアントさんにとって良いだろうという勝手な判断を私自身がしていたわけです。

しかし、そういう思考を解放していくにつれて、

「まあ、そういうこともアリだよなあ」
「そういう風になっちゃうもんだよねえ」
「それでも幸せになれるんじゃない?」

みたいな感じで、受け入れられる器は広がって行きました。
これが良い、これがダメ、という判断が少なくなっていったのです。

自分を自由にするには「許可」が役立ちます。

「それでもいいんじゃない?それもアリなんじゃない?」という許可。

Mさんの話を引用してみましょう。
たぶん、カウンセリングの場でもこういう話をすると思います。

>親には、老後の面倒はみたくない!生涯独身でも実家には戻らぬ!宣言をしています。そのときがきたら、面倒みると思いますが。好きなので。

好きってことに気付いているってのはいいことだよね。
でも、今はそうじゃないんでしょう?
だから、実家にそうやって宣言しているのもいいよね。
自分を自由にすることだよね。
だから、そこに罪悪感とか持たなくてもいいんじゃない?

>相方はふりんです。
>家出してきてますが、やっぱり一緒にいればそれでいい!なんて思えません。
>1年後に誰と結婚してるかなんて、わかりませんが。好きなので。

好きならそれでしょうがないよね~
だって好きなんだもんね~
今はそれがいいんでしょう?

ほんとはフリーな人と一緒にいられたらいいのかな?

でも、今はそれでいいんじゃない?
それがしたくてしているんだもの。

>仕事も朝からいきたくありません。
>頑張れません。仮病という風邪をひいています。

お、ちゃんと自分に素直になって偉いですね~
無理に仕事行くよりも全然いいんじゃない?

会社の方向いて「ごめん!」って一言言うておけばいいと思いますよ。

Mさんの中に罪悪感という感情があって、「ほんとうはいけないのにそれをしている自分が許せない」なんて思っているとしたら、途端に窮屈になりますよね。

でも、「それもアリなんじゃな~い?」って思えたら、すぐに自由を感じられると思います。

「会社に行かなきゃいけないのに、行きたくないから仮病を使って休んでる自分なんてダメだ」と思っていると窮屈です。

「会社に行きたくないなら仮病を使って休むってのもアリだよね?」と思えたら、「それでも会社に行く」or「仮病を使って休む」という選択肢が生まれているので、自由です。

思考の便利なところは、それに気付けば思考を使って別の思考を作り出せるところです。
感情をコントロールするのは難しいですが、思考をコントロールするのは比較的簡単です。

だから、「本当は会社行かなきゃいけないのに」と思考が選択肢を狭め始めていることに気付いたら、「あ、でも、行かなくてもいいんじゃない?」と思考することで、自分に自由を与えられます。

つまり、自分の思考によって自分を自由にすることができるんです。

その方法が「許可(許し)」です。

もちろん、本当の意味では感情が伴わないと、罪悪感が生まれたり、葛藤が生まれたり、モヤモヤしたりしてしまうのですが、私たちにはアファメーションという武器があるので、何度も何度も自分に許可を与える思考をすることで、だんだん感情を変えていくことができます。

親の面倒を見てもいいし、見なくてもいいし、
不倫を解消してもいいし、続けてもいいし、
会社に行ってもいいし、行かなくてもいいし。

さあ、どっちを選ぼうかなあ~?という状態は「自由」なんじゃないでしょうか。

そういう思考を採り入れるために「許可(許し)」を使ってね、という提案でございました。

自分を解放して、自由な思考を身に着けるためにとても役立ちます。

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