自分を許したら親のことも許せるようになった!?



世界は自分が創っています。だから、自分が自分を許すことができれば、それが投影される社会もまた許された社会になるのです。
親とかパートナーとかあるけれど、最終的には自分を許すことがゴールです。

はじめまして。
わかりやすく心にスッと入ってくる文章が大変心地よく大好きです。

心理学で常に出てくる親との関係。

親を許す事、親も親で色々事情があり仕方のない事だったんだと理解する事。

これが、幸せに生きる秘訣みたいに心理学の先生方は口を酸っぱく(?)しておっしゃられます。

私はずっと気に入らなくて、そうは言っても、自分の人生を挫かれ、転ばされ、許す気になれると到底思えませんでした。

最近は先ず、自分を大切にする事に意識を向け、兎にも角にも、私の失敗や傷を癒すのだ!と甘やかしすぎなんじゃないか?と思うくらいに自分を許す事に意欲的に取り組んでいました。

すると、あら不思議。自然と親にも親の事情があったんだろうなと、仕方がなかったんだろうなと無理なく思えるようになって来ました。

私は、親よりも、ずっと自分を許していなかったと言う事なんでしょうか?

正直、殴りたくなる程許せなかった親に対してこんな風に思えるようになったことが不思議で仕方がありません。

ネタにしていただけたら幸いです。
(Fさん)

そりゃあ、良かったじゃないですかーー!!
めでたい、めでたい。

なんで「親を許せ」という話をするのか?というと、許すことで親との関係がフラットになり、その感情的束縛から抜け出せると同時に、親との関係で生まれた人間関係の癖を手放すことができるからです。

この感情的束縛というのは親に対する怒り、恨み、憎しみ、嫌悪感、罪悪感、無力感、寂しさ、悲しみ、空虚感などのあらゆる感情が「親」に対して向かうことで、自分自身の自由が奪われることです。

「クラスの中で嫌いな奴ほど目に着く」って経験ありませんか?

嫌い、とか、怒り、とか、ネガティブな感情はインパクトがあるので、どうしてもそっちに意識を取られやすくなります。

親に対して怒りや憎しみや罪悪感があると、どうしたって、親のことが頭を離れなくなります。
常に当たり前のように親のことを意識するようになるのです。

それってしんどいでしょ?辛いっしょ?だから、手放した方がええんちゃう?というわけです。

ちなみに「お父ちゃんのことが大っ嫌いで、憎んでますっ!」という方にはもれなく「ファザコン」という称号が与えられるのですが、それはその感情的束縛の強さによるものです。

親との関係で生まれた人間関係云々はよく触れてますように、私たちは言葉も価値観も考えも感じ方もあらゆるものを母親を軸として、両親からコピーします。
だから、親を許すことで、人間関係における親からのネガティブな影響を取り除きやすくなるんです。

さて、よく最初の問題では「父親」がラスボスだと思っていたのだけど、プロセスが進むたびに「母親」が実はラスボスじゃね?と変わって行くことがあります。

「暴れん坊でお母さんをいつも泣かせていた父親のことが大嫌いだったのだけど、だんだん、そんな風にお父さんを追い込んでるのはお母さんじゃないのか?と思い始めたんです。」みたいな感じね。

それは父親とある程度向き合うことができて、癒しも進んだ結果、当初、ラスボスだと思っていた父親は「中ボス」で、その向こう側に、いよいよ本当のラスボスである母殿って感じなんです。

あ、当たり前のことですが、母親が中ボス、父親がラスボスってこともありますからね。

で、そんな風に癒しの話をしてるんですけど、実は、両親ってのは実のところ二の丸、三の丸でございまして、本丸に控えたるは実は「私」なんですな。

でも、ちょっとピンと来ない人も多いと思うのですが、実は私たちは誰が一番許しがたいか?って自分自身なんです。

お父さんが浮気を繰り返すのも私のせいだし、
お母さんがいつもヒステリックなのも私のせいだし、
お父さんがお金を家に入れないのも私のせいだし、
お母さんが被害者になっていつも泣いてるのも私のせいだし、
お父ちゃんが暴れまわってるのも私のせいだし、
お母ちゃんが病気になったのも私のせいだし、、、、。

という風に私たちは思っているんです。なぜならば、お父さん、お母さんのことが大好きだから。愛してるから。

大人になってみりゃ、サイテーで最悪な両親だったとしても、私たちは愛してしまったんです。

それくらい子どもというのは「偉大な存在」と言えますよね。
あんな大人を愛しちゃうんですから。

だから、両親が幸せでなければ、その責任はすべて私にある、と幼き自分は思い込むのです。

愛する人が苦しんでたら自分のせい?って思うでしょ?
その人を救えなかったら自分が悪い!って思うでしょ?

そうして、一番許しがたいは自分自身と言えるんですね。

だから、許しのゴールは「自分自身」です。

私も、親やら何やらの話をしつつも結局は「自分なんだぜ」って話をよくしているのですが(自分軸とか自己肯定感とか)、まあ、そういう背景があるわけです。

ただ、自分を許す、ってのがこれまた難しい・・・と感じられる人が多いので、まずは分かりやすい両親から行きましょか?という風に思ってもらっても構いません。

だから、Fさんはとにもかくにも「自分」って自分を許すことを真っ先にされたことで、結果的に両親を許すことになったわけです。

そもそも「世界は私が作ってる」んですよね?
私が「創造主」ですよね?

だから、私の感じ方が変われば世界が変わるんです。
私が、幸せになれば、今まで憎んでいた人のこともあっさりと許せるんですね。

自分のことを許せば許すほど、両親はじめ、みんなを許せます。

「投影の法則」って一言で片づけることもできますが。

だから、まずは自分、自分ってなわけです。

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