他人軸と自分軸、そして、自意識過剰との関連性~まだ地球に慣れていない皆さまへ~


それぞれの関係性を図に表してみると分かりやすいと思います。
そして、その心理を掘り下げていくと、他人に意識を取られやすい他人軸の人と、自分のことしか考えられない自己中心的な人とは実は同じであることも見えてくるのです。

根本先生こんにちは。
8月6日の「自己主張と図々しさとわがままと自分勝手の差はどこにあるのか?」のお話とてもタイムリーで舐めるように読ませていただきました。
そしてすぐに「地雷本」も予約させていただきました。

私も人との距離感が上手くとれず、いつもそこで悩んでいる気がします。
なので「まずは“自分軸”であることを意識する」というのはなるほどで、そこからなら少しずつやれる気がする、やりたい!と思いました。もうひとつの対策「いっぱい失敗しましょう」には尻込み中ですが笑 ま、こちらも自分と相談しながら徐々に…。

それで質問なのですが、その「自分軸」についてです。
私の悩みは相手の顔色を見てしまうというより、逆に自分の欲求しか見えてない言動です。
先日も「自分が興味あることしか話さないね」と言われることがありました。
ほんとにその通りなんです。
恐ろしいのは、言われるまで自覚があまりなかったという笑
いやあったかな…?笑

自分の好きなようにしかも独断的に話すのでへんな空気にしてしまうこともしばしばで、「あちゃーまたやってしまった!」と。
そしてそんな時の自分がほんとうに嫌いなんですよね。
「なんて歪んで独善的で狭量な人間なんだろう!」と。

これは自分軸があるようで実はないということなのでしょうか…?
確かに本当に自分軸がある人は、人の気持ちも自然に慮れる気がします。

ちなみに距離感計測下手の原因の自己分析は、
1.そもそものオタク気質(興味のあることにしか反応出来ない、過集中と飽きっぽさ、会話を情報メインで楽しんで情緒的なところを汲めない)
2.母が過干渉気味でそれに対抗するように物心つく頃からアイデンティティを常に探し結果、キャラが立ち過ぎなくらいの変人に仕上がった。
(母は逆に究極の末っ子愛され体質、父のみならずご近所のアイドル、保護者面談すれば同性の担任までファンにする漫画のような姫キャラ)

と、こんな塩梅ですがタイミング合ってネタとして使って頂いたら幸いです。

(Yさん)

文中に登場する「自己主張と図々しさとわがままと自分勝手の差はどこにあるのか?」はこちら。
https://nemotohiroyuki.jp/everyday-psychology/20499

>そしてすぐに「地雷本」も予約させていただきました。

ありがとうございます!!新刊に目を奪われがちですが、こちらの本も我ながら名著だと思っております。
人間関係がスーッとラクになる 心の地雷を踏まないコツ・踏んだときのコツ」(日本実業出版)

未読の方はどうぞ(^^)

さて、宣伝ばかりで皆さんに嫌われるといけないので(これを真剣に思うなら他人軸)、本文に入りたいと思います。

Yさん。タイムリーかつ素敵なシェアをありがとうございます。

自分軸と他人軸についてはよくブログ/メルマガでも触れております。
ちょっとこの図を見て頂くと分かりやすいかと思います。
自分軸と他人軸、そして自己中心的を表したものです。

自分軸というのは、自分に意識をちゃんと向けつつ、その上で、他人のことに意識が向けられる状態です。
Yさんがおっしゃるように、

>確かに本当に自分軸がある人は、人の気持ちも自然に慮れる気がします。

ということです。

一方、他人軸というのは自分以外のものにばかり意識が向いていて、自分のことを見ていない状態です。

嫌われるんじゃないか?
変なこと言ったんじゃないか?
相手はどう思っているんだろう?
怒らせちゃったかな?

という風に、相手のことばかり考えてしまい、不安になっている状態です。

さらに、もう一つ、自己中心的、あるいは、自意識過剰と言われる状態があります。これは逆に自分のことしか考えられなくて他人のことまで意識が及んでいない状態です。

Yさんが懸念されてるのは自分がこの状態なんじゃないか?ってことですね。

敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法」(あさ出版)の中で触れているのは、主に「他人軸から自分軸へ」というお話です。(また宣伝かい!!)

宣伝ついでに、今書いている新しい本はこの人間関係の距離感の作り方についてです。来年3月に出る予定で締め切りも迫っておりますが、現在、絶賛現実逃避中です!笑

さて、Yさんの話。

>私の悩みは相手の顔色を見てしまうというより、逆に自分の欲求しか見えてない言動です。

ということで、この記事ではYさんのことを自己中心的な人、あるいは自意識過剰な人という風に敢えて表現させていただきますね。
気を悪くしましたら申し訳ありません。
あくまで分かりやすく記事にするための表現上のことですので。

で、他人軸に陥る方が自分軸に移行するためには、まず一度、自己中心的か?と疑念が湧くくらい、自分のことに意識を向けることが大切です。
そもそも他人の気持ちを慮ることはできてるわけですから、そこに「自分はどうなの?」「自分がやりたいことは何なの?」と意識を向けていくことでバランスを取っていきます。

そう、自分軸ってのは「バランス」なんです。
自分のことも見てるし、相手のことも見てる、という状態。

だから、ゼロか100か?というタイプの方はけっこう苦手なんです。
「他人!!」となったらドドドドドーっ!と他人にしか意識が向かなくなるし、
「自分!!」となったらドドドドドーっ!と自分にしか意識が向かなくなるんです。

特に情熱的な人ほど自分のエネルギーの取り扱いが難しいですから(つまり、排気量大なエンジンを積んでるってことだから)、そのバランスが取りにくいんですね。
ちなみに自意識過剰になる人も、他人軸になりすぎちゃう人も、どちらも自分のエネルギーの扱い方に慣れていない方が多いです。

私はそういう方のことをよく「まだ地球人としての活動に馴染めていないだけ」と評しております(笑)

もちろん、Yさんもそうですよね?ね?ね?(笑)

だから、これからは「なんて歪んで独善的で狭量な人間なんだろう!」と思うんじゃなくて、「まだ地球に馴染めてないだけ」とか「まだ人間になり切れていない」と思ってみてください。

で、他人軸ではなく「自分が興味あることしか話さないね」という状態になっちゃってて、それが苦しいのならば、次なる課題は「空気を読む」ということです。

他人軸の人は空気を読み過ぎるので、空気を読んじゃいけませんが、自己中心的と思われる方は空気を読むのも大切なレッスンになります。

「少しは他人に興味を持ってみれば?」なんて話をそういう方にはよくするんです。

相手の人が何を感じているか?
相手の人がどう思っているか?

そんなところを探ってみるんです。
興味本位でいいんですよ。もちろん。

さらにその次のステップは「与える」ってことです。
相手を喜ばせる、という意識で話をするってことです。
(ちなみにこれが次の本のメインテーマになる予定です)

この話は相手を喜ばせてるか?

この話を相手が喜ぶようにするにはどうしたらいいか?

ということに意識を向けるんです。
これはとても創造的な作業ですので、実はとても楽しいプロセスなんです。

さて、ちょっと掘り下げてみると、自己中心的な人というのはずっとそうだった!という人は稀で、元はバリバリの他人軸だった人も多いんですよ。

つまり、他人軸で生き過ぎて辛い!苦しい!うげっ!って人が、振り子が逆に振られるように自己中心的になってしまってるわけです。

Yさんの話から引用すれば、

>2.母が過干渉気味でそれに対抗するように物心つく頃からアイデンティティを常に探し結果、キャラが立ち過ぎなくらいの変人に仕上がった。

まさに、こういうプロセスがあったわけですね。

過干渉なお母さんの元では子どもは「他人軸」(母軸)にならざるを得ません。
それが苦しいぜ!辛いぜ!窮屈だぜ!と反抗期を迎えたときに、真逆に振れていき、自分のことしか考えないようになるんです。

つまり、Yさんは自己中心的になることで母親からの干渉を防御してきたわけです。

こういうことは過干渉な親を持つケースでよく起こるんですよね。
母殿の侵入を防ぐために高い壁を築いて他人を自分の中に入れないようにするわけです。
結果、その壁の中では自由な世界が展開される一方で、他人に対しては興味を示さないようになります。壁越しになるから他人から自分のことも見えない代わりに、自分も他人のことが見えなくなります。

それは逆に「母親に干渉されて苦しかったから、他人に関わると自分も同じことをしてしまうんじゃないか?と思っている」という風にも言えます。

だから、「自意識過剰、自己中心的な人は、意外と他人軸だった時代を持っていて、そういう風になることで自分と他人を守っている」と言えるんです。
すなわち、「自己中心的に見せかけて、実は他人軸である」という深層心理が読み解けますよね?

ちょっとびっくりかもしれませんが、自己中心的・自意識過剰な人と、他人軸で他人のことばかり意識している人は、心理的には同じである可能性が高いのです。

そういうわけで、ここまでのプロセスは致し方がないってことで、なるようになっただけですので、自分を責める必要は全くないんです。

だから、そこでYさんに提案するのは「母殿防御壁」にいくつか穴を開けて外の世界を見てみてはどうかな?ということです。

ただ、さっきも書きましたが、今の状況が苦しいなら、変えたいなら、という前提で壁に穴を開けることを提案するわけで、別に今の方が安全で気楽で楽しい、というのであれば、それはそれでいいんです。

人にはいろんなタイプの方がいて、芸術家な人なんてのはその感性を自分の興味あることに全部ぶっこんだ方が結果的に世のため人のためになることが多いんです。
自分は自分がしたいこと、好きなことに没頭してオタクになってていいんです。
それが自分本来の生き方であれば、周りの人があなたの代わりにあなたの目となり耳となって周りの人との関係性を築いてくれます。

ほら、芸術家の人って人間関係作るの下手な人、多いでしょう?
でも、逆にだからこそ、心の奥深い世界を表現できるわけですし、同時に、あなたと世間を繋いでくれる人物がマネージャーとかパートナーという立場で現れてくれるもんなんです。

要するに、自分らしさってことが大事なんですね。

だから、

>1.そもそものオタク気質(興味のあることにしか反応出来ない、過集中と飽きっぽさ、会話を情報メインで楽しんで情緒的なところを汲めない)

だったら、それで生きましょうよ!とも言いたいわけです。

ちなみに「会話を情報メインで楽しんで情緒的なところを汲めない」というのはよく男性心理として紹介しています。Yさんは男友達ができやすいタイプかもしれませんね。

ちなみに私も自分が興味あることしか話しませんし、聞きません。
興味のない話をしている空間では「あからさまに不快な雰囲気を醸し出している」と一緒にいる人には思われているようです。(本人はその自覚ありません)

でも、これって誰でもそうなんじゃないかなあ、と思うんですけどね(違う?)。

だから、興味あることが一致している人たちと一緒に居れば、何ら苦痛じゃないと思うのですが、どうでしょうか?
そして、興味のない話題で盛り上がっている場にいるならば、自分の世界に入ってもいいんじゃない?
それでうまく行かなくなる人間関係ならば、自分にとっては必要がないものなんじゃない?
と思うわけですが、いかがでございましょう?

 

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