「息子とチューをする」



ある日、仕事から帰ると妻が満面の笑みで自慢話を始めた。

「今日ね、チューしてって言ったら、ハルキが口をあぐって開けて私の口をパクッとしてくれてん。ヨダレべちゃべちゃやったけど~」

甘い声であった。

「ふん。俺は男同士でブチューなんてしないし、そもそもそれって、チューなんじゃなくて、食べ物としてあんたの口を食べただけなんやないの?」

とは、もちろん強がりであり、嫉妬である。因みに心の声でもあり、もちろん、いい夫である私は

「おぉ、それはよかったやん!ついにその時期が来たか!」

と嘯くわけである。


さて、その頃、娘は盛んに「ミズキも、ミズキも」と息子にチューをせがんでいる。

誰に似たのかしつこい性格の彼女は、せがむというよりは強要であり、明らかに嫌がっている息子の顔に強引に自分を顔を近づけている。
息子が顔を右に背ければ、そちらに周り、うつむけば、下に潜り込んでチューさせようとする。
この根性を晩御飯の苦手な食材が出たとき、もしくは、宿題のときに発揮してくれたら言うことはないのであるが・・・。

とはいえ、何だか、自分の姿を客観的に見られているようで複雑な気持ちになってしまう。

すると、息子はそのあまりのしつこさにいい加減切れたのか、いきなり首を立てに振り、娘に頭突きを食らわしたのである。

もちろん、彼にその意図があったのかは分からない。
しかし、誰に似たのか、齢10ヶ月にして7歳の娘よりも顔がデカイ息子の頭突きは強烈である。

娘は一撃で退治され、「いたーい!」と騒ぎ立て、ケラケラと大笑いし始める。

しかし、そこは我が娘である。そんな1回や2回の抵抗ではくじけない。かつて、自分が何度顔を背けようが決して諦めない(父)親の態度をしっかり学習しており、再び弟に挑むのである。

そうして、「ねえねえにチューして」(ゴチン)「いたーい!ねえ、ねえねえにチューしてよ」(ゴチン)「いたーい!ねえねえ、いいでしょ。チューしてよ」(ゴチン)を延々と繰り返すのであった。

しつこいのか、学習能力が無いのかの判別が付き難くなってきた頃、娘もようやく諦め、その日はあえなく敗退となった。

さて、続いてパパがチャレンジである。娘は自分より先にパパにチューされるのではないかと若干心配そうにパパを見ている。

しかし、安心したまえ、そもそも彼の中で私の存在は「抱っこしてくれるおじさん」「高い高いをしてくれる人」であり、膝の上に抱き上げた瞬間から、彼のテンションはマックスとなった。
静かにあんぐり口を開けてパクッとやってくれるくらいの落ち着きなど毛頭無く、早く立て、早く俺を持ち上げろ、早く動け、とばかりに手足をバタバタさせるのである。

パパのチャレンジはものの数秒で終了となった。

さて、翌日である。所用を済ませて家に戻ると、娘がだだだっと駆け寄ってきた。
かつては玄関のドアを開ければ真っ先に飛んできた娘も、今はWii、iPad、テレビアニメの方が遥かに重要なため、「ただいま」と言っても顔を上げやしないことがほとんどである。

その彼女がニコニコしながらやってきたわけであるから、これは嫌な予感が過ぎるのである。

「ハルキが、ミズキにもチューしてくれたんだよ~」

嬉しそうに自慢するのである。

「ふん。どうせ、無理やりやったんちゃうの?」と心の中で呟きながら、「良かったやん!見せてみぃよ」と返事をする。

すると、パパに見せようという娘は再びテンションが上がってしまい、昨日と似たような展開となったのである。

「おかしいな、2回もちゃんとしてくれたんだよ」

という娘の言葉に嘘偽りはないと思うが、今の息子はねえねえよりも、抱っこしてくれるおじさんの方に興味津々なのであった。
ハイハイしながらパパに近づき、足を伝ってつかまり立ちをする。それはたまらなく可愛く、ものすごく嬉しい。

さっと抱き上げ、再びチューをせがむのであるが、やはり、高い高いのつもりの息子は無反応であった。

どうも、その頃には「ママ」に対しては比較的高い成功率でチューをし、「お姉ちゃん」に対しても、比較的積極的にチューをしているらしいことが分かってきた。

「ま、男同士がチューするのも気持ち悪いしな。健全な証拠よ。」と思い込もうとするも、気分は複雑である。

しかし、妻からは3日、娘からは2日遅れて、いよいよ私の番が回ってきたのである。

ソファに座り、ひとしきり抱っこして喜ばせ、落ち着いたところで「チューして」とせがんだら、ニカッと笑ってパクッとやってくれたのである。

どうも、チューをするとみんなから褒められることを覚えたらしい。
その後、家族みんなからワーワーキャーキャー褒められると、10ヶ月にしてドヤ顔の息子は満面の笑みを見せて嬉しそうである。

「ママにもチューして」と言うと、ニカッと笑ってブチューとしてくれる。

ママ。「きゃー。うれしいー。」

調子に乗って、娘が「ねえねえにもチューして」と言うと、ゴチン。きゃはははは。「あんたのやり方があかんねん。ほら、パパにチューして」ゴチン。「いたたた・・・」。

まだまだ我らは修業が足りないようである。

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