夜間斥候物語。



本日直々に指名を頂いて、夜間の重要任務に赴くこととなった。
この快挙はもしかすると今年初めてではないかと思わされるくらい久しぶりであり、少々の昂奮と緊張を禁じえなかった。


普段は「パパ、嫌。ママと寝るの」との厳命により、寂しく仕事部屋に篭っていたのだが、どういう風の吹き回しか「今日はパパと寝るの」とのたまい、思わず耳を疑ってしまった。
しかし、この栄誉ある「寝かし付け」の職務は、その分、難易度もすこぶる高い。
なんせ、2歳11ヶ月に達した幼児のずる賢い戦術をかいくぐって目的を果たさなければいけないわけで、それは、昔懐かしい「風雲!たけし城」のように、次から次へと刺客が送り込まれ、油断をすれば汚い池に落ちる代わりに蹴りや肘鉄を食らうのである。

まずは歯磨きからその過酷なレースはスタートする。
なんせ、準備万端「歯磨きしようねえ~」と誘っても、なぜか、毛布をかぶり、反応はない。
お風呂では「もう眠たいの~」と言っていたくせに、どうやら先ほど冷凍庫の奥から発掘されたアイスクリームにより目が覚めてしまったらしい。

元々寝ることよりも遊ぶことが大好きな男の子のような女の子であるため、パパを指名したのも、うまくたぶらかせて眠らずに何とか遊びに持ち込もうという作戦だったのかもしれない。
こちらも舐められたものであるが、なにくそーっと反逆する手立てを持っていないのも哀しい。

それでも何とか説得を試み、甘えた態度で歯磨きに応じさせることに成功した。
ここまででもだいぶスタミナを消耗させられるのであるが、そこはさすがはわが娘。
父親の疲労加減を見るや否や、ごろんと甘えてきて「パパと寝るの~」と再びくどき文句を炸裂させる。
そんな言葉に騙されるか!との抵抗虚しく、あっさり父は陥落した。

とてもかわいい・・・。

早くも戦況は不利に動く中、ママの援護射撃を受けながら何とか奴を布団に引きずり込むが、今度は、「ちょこっとだけ、本、読んで」と甘えてくる幼児。
ま、ちょこっとだけなら・・・と応じる父。

やはりまたも勝負アリなのだが、まぁ、一冊だけなら、と決意を固めて本を読んであげる。
(こういう甘甘な態度な時、自分は父親だけでなく、おじいちゃんの役割も担っているような錯覚に陥ることがよくある。というのも、僕が娘に接する態度は時に、今は亡き僕の祖父から学んだものを思い出させるからである。しかし、娘の祖父は既に二人とも亡くなっているので、それもまた大切な役割なのかもしれない)

しかし、奴はその内容にはすっかり飽きていて、勝手に別の遊びを考案していた。

「パパ、『これミズチ?』って言って」
と絵本の中のミッフィーちゃんを指差してくる。(ミズチ:娘のニックネーム)

素直に「これ、ミズチ?」って聞いてあげると、「違うやん。みっぴーちゃんやん」と反論してくる。
「何?自分が言えと言ってたくせに」と反抗心を覚えるが、そこは大人な態度で流してあげることにする。

次に「これ、ミズチ?って聞いて」と同じく絵本の中に登場する星の絵を指差す。
「これ、ミズチ?」って質問してあげると、「パパ、違うやん。これミズチだったら大変やん」と。

「じゃあ、次は、これミズチ?って聞いて」と雲やメラニーちゃんなどを次々指差す。
「これ、ミズチ?これもミズチ?」と乗ってあげると「違うやん。ミズチ、こんなんじゃないやん」と。

どうも、「絵本を読む」ということにかこつけた、ボケとツッコミの練習だったようで、さすがは大阪人のDNAを持つ生き物は違うようだ。
しかも、「発表会でもあるのか?」というくらいの熱心さで繰り返されるので、「こうして大阪人は幼い頃から芸を磨いていくんだな」と新たな発見をしてしまった。
生まれつき面白い人が多いと言われるが、こうして影の努力があってのことなんだろう。
そう思えば、大阪人である奥さんも幼少の頃はボケとツッコミをひたすら練習していたのか?との思いに至り、尊敬の念が生じた。
なるほど、確かに彼女のボケ芸は時折凄まじい切れ味を見せることがある。

さて、そんな新仮説に思いを馳せているうちに、すっかり奴のペースで事が進み、かなり戦況が悪化していることに気付いたので、徐に本を閉じ、「もう、寝るの」と電気を切って強引に寝る態勢に入ることにした。

しかし、奴もここからが本領発揮。
寝つかずに済むような数々の方策を次々と打ってくる。

「パパ、いみず(お水)~」と寝る前に必ず口にする水を要求し、次も「CDかけてよ」とか様々な要求が続いていく。

こちらも慣れたものであるから、予め音楽をかけ、お水入りペットボトルを枕元に設置し、照明の具合などにも気をめぐらすのであるが、何か一つは抜けていたり、あるいは、その設定がご不満なようで、いつも何かと文句をつけてくる。

「これは将来いいお局さんか、お姑さんになるぞ」と大器の片鱗を感じさせてくれるのであるが、対応する下々の身分としては大変である。

しかも、ようやく落ち着いたと思えば、「ママも横にくるの~」とか「ミズチ、やっぱりママと寝たいよー」とか、こちらの動揺を誘う戦略に出てきた。
ここで撤退は許されない(それはそれで妻になんと言われるか分からない)ので、必死に前線を死守する。

「ママはお風呂入ってるのよー。ママが良いならパパ、ばいばいしようかー。ミズチ、一人で寝るか?」
と脅しにかかる。大人を舐めてはいけないのである。

しかし、あっさり「うん。いいの。パパ、あっちの部屋で寝ー。自分のベッドに行き~」と突き放される父親。
もうとっくの昔に失っている「父親の威厳」がまたも地に落ちた事を実感させられる次第である。

しょうがないので「もう、また、そんなこと言うて。コワチコ(怖い人、怖いお化けなどの総称。ミズチ作の用語)来るで。さっさと寝えや」と無理やり毛布を掛ける。

ところが、無言の反抗のようにゴロゴロと盛んに寝返りを打ちながら、パパの顔に復讐の肘鉄並びに蹴りを見舞った挙句、「今日一日の出来事」についての演説が始まった。
今日の彼女はほとんど家にいたので、あまりネタがなかったようで、ほとんどが得意の創作物であった。

「しまじろうがぼうき(病気)して、注射を打ったら、ポポちゃんがえーんえーん泣いたから、ミズチママが暗いところにしまじろうを連れて行ったら、しまじろうがごめんなちゃーい、ごめんなちゃーいと言ったの」
という、分かるような分からないような話である。

しかし、夢の中の怖い出来事を引きずって午前中をつぶすくらいリアルなファンタジー娘であるから、その創作も悦に入っていて、思わず引き込まれてしまうのである。
そうして「さっさと寝なさい」と言いつつも、話の続きを聞いてしまうので、やはりまんまとその手に載せられてしまう。
その創作性と空想力を生かせば、将来は立派なSF作家になれるのではないか?と思われるのであるが・・・やはり親の贔屓目だろうか。

さて、そんな思い出話タイムも架橋に入ると、そろそろ寝かしつけを始めて1時間が経ち、さすがに奴も疲れてきて話の内容がますます訳の分からないものになっている。
眠気とともに、創作性が鈍るのだろう。

これで寝てくれると一安心なのだが、奴はまだまだ眠りたくはないようで、寝返りを打つついでに僕の方に転がってくる。
そして、おそらくママにしたなら即死刑を食らうであろう角度で僕の腹部にエルボーを見舞った後、ゴロンと僕の上にのっかかるのである。

そして、眠い眼のまま、僕の顔の上で「えへへ」と笑い、「パパ、かっくいいー」とチューをしてくれた。

!!

生きてて良かった・・・と心底思う瞬間である。
神様ありがとう!とこのときばかりは無心論者を返上した。

そして、薄暗い部屋の中で見る我が子は本当にドキッとするくらいかわいくて、惚れてしまいそうになるのだ・・・。
(あ、もう惚れてるけど・・・)
(いかん、また正妻に嫉妬されてしまう・・・)

そして、パパを夢うつつにさせたのち、またゴロゴロと自分の世界に奴は戻っていくのだ。
もう十分眠たいので、静かな呼吸とともに部屋のエネルギーもスーッと下がってくる。

ああ、これで大丈夫。
今日はこの「眠る場」ができるまでに1時間以上かかってしまった・・・と反省しつつ、チューの感触を思い出してニヤニヤしてしまうのであった。
とりあえず、妻にはこの顔は見せられない。できるだけ、無表情に日常生活に戻らねば・・・。

そして、何とか大役を果たした後、再び仕事部屋へと戻って、残りの作業に取り掛かる。
すると心なしかリラックスしており、体も軽くなっていることに気付かされる。

日々のミニコラム

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