怖れ



今日も東京カウンセリングルームにて。
ふらふらと散歩しながら近くのパン屋さん(メゾン・カイザー)にて美味しいパンを見繕う。
あとで部屋に戻って食べたら、クロワッサンがほんとうに美味しくてそれだけで幸せな気分にさせてもらった。

食べ物ってほんとうに大切なものだ。

でも、そう思うのでなおさら慎重になってお店選びが優柔不断になってしまう(笑)
・・・で、けっきょくコンビニで済ますわけで一番あかん選択なんじゃ???と気の小ささを嘆くしかない。


だからというわけじゃないと思うけれど、今日のカウンセリングは「怖れ」と向き合うことが多かった。
人への怖れ、成功への怖れ、次のステップの怖れ。
最近、よく扱うテーマの一つのような気がする。

変化を望めど、それは誰にとっても怖いもので、それがワクワク感となって持ち上げてくれる場合はいいけれど、そうじゃないとそのパワーに押さえ込まれてしまう。

怖れを取り除くには、誰かと繋がっていて守られている、という感覚や、その逆に誰かを守らなければ、という言わば母性のようなものが必要だと思う。
よって「母は強し」となるのだ。

でも、その前者、繋がっている、守られている感覚というのも行き着くところ母胎になる。
小さい頃、押入れなどの暗い空間が好きだったり、狭いところにはまると妙に落ち着いたり、丸くなって毛布を抱き込んだりした経験はないだろうか?
僕は子どもの頃、母が乗る車の後ろにある狭い荷物入れのようなところにはまっては喜んでいた記憶がある。窮屈で決して気持ちがいい場所ではないのに、変に安心したものだ。
抱き枕が人気なのも、僕達の深層心理にある胎児の頃の安心感を思い出させるかもしれない。
その場合、抱き枕はへその緒ということになる。

セラピーとしてイメージワークを作っていくときも、怖れを癒す方法として、その感覚を用いる事がある。
ふわっと包まれて、少し窮屈で、でも、温かい感じ。
そこに入ると人はほんとうに安堵感を覚えるのかもしれない。

日々のミニコラム

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