旅に出るときは予定を詰めてしまう癖が何十年経っても変えられないので、予約していた宿にたどり着くのはたいていが夜遅くになってからである。
セミナーやセッションや打ち合わせを終えて、誰かと食事を共にし、ひといき付くためにひとりでバーに訪れて、チェックインカウンターにたどり着くのである。
部屋のキーを受け取り、エレベーターを待ち、目的階に降り立ったのち、人気のない廊下を歩いて今宵の部屋に着く。その一歩一歩が徐々に心に平安をもたらしてくれるようになり、カードキーをドアにかざして部屋に入った瞬間に、ふーっと息を付き、ようやく安息の時が訪れる。
クローゼットを開けてコートを脱ぎ、ハットを置き、ジャケットを脱ぐ。そして、風呂にお湯をためながら荷解きをする。男子にしては荷物は多い方だと思う。スーツケースを開ければ体重計があり、朝のランニングのためのシューズやウェア、そして、何種類もあるサプリメント類が出てくる。それらを適当な場所に据え、着替えをクローゼットなどに納めてスマホをWi-Fiに繋げればバスタブのお湯はちょうどよい加減になっている。
こうしたルーティンがいつの間にか定着し、儀式のように粛々と行為は進められる。いつしか、カーテンを開けて夜景を眺めることも、この部屋のアメニティを確認することも優先順位は下の方になってしまった。
長湯をするときはそれなりの準備をし、本やらスマホやらを持ち込んでじわっと汗が出てくるのを湯船の中で待つ。同じホテルでも部屋によってはお湯の温度はまちまちだし、定宿と決めていてもお湯の出る癖までは覚えていないので、時に熱すぎたり、温すぎたりするものである。
熱すぎるお湯に水を足しながら頃合いになるのを待つのもまた妙な安息をもたらしてくれることを私の体はきちんと知っている。
シャワーを浴び、柔らかいタオルで水気を取り、時計を見る。まだ早い時間だと悟ればパソコンを開いてしまうのはハードワーカーの悪い癖なのであろうか。
そうして、都会の夜景の一部となって原稿を書くのは案外嫌いではないのだから始末に終えない。しかも、そういうときに限って深い話が思い付いたりする。セミナーの告知文もそうだ。
そうして一仕事を終え、心地よい眠気が襲ってきた頃にベッドに潜り込み、翌朝のランニングコースなどを思い描きながら眠りに着く。
ホテルではなかなか寝付けない時期もあったが、最近は運動やサプリメントのお陰か、スムーズに入眠ができている。
そうして、いつしか安息の時は静かに終わっていく。