Re: 探し物が見つからなくてイライラする心の裏にあるものは?>ネタ元さまからの感想


またまたご紹介が遅くなりました。ネタ元さまからのご感想を紹介します。
元記事:探し物が見つからなくてイライラする心の裏にあるものは?

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 根本先生、先日はリクエスト(「探し物が見つからなくてイライラする心の裏にあるものは」)を採用くださってありがとうございました。
ちょっと長くなりますが、感想というか、気付いたことがあったのでご報告させてください。
(まとめ方が下手なので、読むのが面倒でしたら、適当にスルーしてくださいね)

「むしろ、自分を責めるために完璧主義者になるくらいで。」
という一文が心に残り、もし、そうだとしたら?と考えてみました。

ヒマを見つけては考察していましたが、完璧主義的に思い通りにしたいけどそうならない、という思考パターンは母親から引き継いでいる課題のような気がしました。
というのも、私の母は外にフルタイムで勤めに行っていて、小さい頃の私は自分の思いを上手に伝えられなくてカンシャクを起こすことがあったらしいのですが、それを押さえつけるために小児はりやお灸をされていました。
両親からすれば、療法としてのお灸やはりですが、子供の私からすれば痛い熱い思いをする罰のようなものでした。
思い通りにならない、予定を乱す自己主張の激しい私は親にとって都合が悪く、それをどうにかコントロールしなければ、という思いだったのかもしれません。

自分の思っていることを表現することはいけないこと、母の予定を乱すのはいけないこと、思った通りにならない自分は悪い子、順調に予定通りになっていれば愛されるかもしれない、という観念が私の中に培われたような気がします。
思春期ごろの中学生ごろには本当に完璧な成績(満点)を求められて、1点でも足りなければ、足りないところを指摘され、満点をとっても「次もね」と言われていたような気がします。(もしかしたら、気がするだけで実際は違っていたのかもしれませんが、その印象が強く残っています。)

思った通りにならない=コントロールして思い通りにさせる
または、
思った通りにならない⇒親を困らせている⇒そんな自分はいけない⇒だから思った通りにならなければならない、
というような思い込みが「親から見放されてしまう」という怖れとともに育ってしまったような気がします。
認めて欲しい、認めてもらうには完璧でなければならない、というように。

今は母もすでに亡く、インナーチャイルドセルフセラピーにも取り組んで、ずいぶん親の未熟さも許しているつもりでしたが、自分の中の哀しみはまだこびりついていたんだなぁと気付きました。
結局生前の母は、私を認めるような言葉ははっきりと伝えてくれたことはなかったのですが、自分を責めて認めないことで、母が認めてくれなかったことを責め続けていたのかもしれないと思いました。

簡単には軌道修正もできないかもですが、その都度気付いたら手放して楽に生きられる方を選択していきたいと思います。
ありがとうございました。
(Mさん)
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やはりお母さんとの関係が響いていましたか。
こういう自分の思い通りにならないと切れてしまうお母さんだと、Mさんはずっと緊張が続いて、ほんとギュッと窮屈になってしまい、苦痛だったこともいっぱいあるだろうと思います。

だから、何かと余裕を失いやすいし、また、完璧主義にもなりやすいですね。

ゆったりとした状況でも、常に心はせわしなく周りを気にしているのかもしれません。

インナーチャイルドを癒し始めたことは素晴らしいことですね。
きっとこれからどんどん良くなると思います。

自宅でもできる言葉をお伝えしましょう。
子ども時代の自分を思い出しながら、こんなメッセージを自分に伝えてみてください。

「あなたは何も悪くないのよ。お母さんはただいっぱいいっぱいで余裕がないだけ。あなたのことを本当はとても愛してくれている。しんどかったよね。よく我慢したし、頑張ったよね。ほんとうに偉いよ。ほんとうにすごいよ。あなたは何も悪くないから、安心してね。私がずっと側にいてあげる。私がずっとあなたの味方でいてあげる。私がずっとあなたを守ってあげる。だから、もう大丈夫。安心してね。」

そして、少し気持ちが楽になり、余裕が出て来たら、少しトリッキーな課題に取り組んでみましょう。
それは「天国のお母さんから、娘であるMさんへの手紙」をMさん自身が書いてみることです。
また新たな気付きがあるんじゃないかな?と思うんですが。どうでしょうか。

 

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