「分かってる」は防御・防衛の言葉。

自立的な人ほど「一人で」何とかしてきた、とか、しなきゃ、と思っているので、周りの意見に対してつい「分かってるよ」と言いたくなります。
しかし、それは他人と壁を作る防衛の言葉なのです。

自立的に生きている人ほど、頑張っている、とも言えるし、完璧主義とも言えるし、間違いを認めたくない(正しさを主張したい)ですし、競争心がありますし、負けるのは嫌だし、、、ので「分かってる」と言いたくなります。

昨日の「できてる」に続く提言です。(自戒も込めて(笑))

そもそも「分からない」とか「分かってる」というのは“怒り”の一つの表現です。
(そもそも自立的に生きている方は、この怒りを内包していることがとても多いのです。というのも、自立するために怒りのエネルギーを使うからですね)


『自分のために毎日働いてくれるスタッフに感謝しましょう』

「分かってるよ。自分なりにやってるよ」

『もっと周りの人を信頼した方が楽に生きられるんじゃないかな?』

「分かってるよ。信頼しようとしてるよ」

と言いたくなるような。

皆さんも誰かに「分かってるよ」と言われたとしたら、拒否されたような気がしたり、ムッとしたりしたことありませんか?

それは「分かってる」と言われることが怒りから来る防衛、防御、壁だからなんですね。
そっから先は立ち入ってはならん、という言葉だからですね。
そこで『何も分かってないじゃないの!』と言ってしまうと余計に壁を作られるか、戦争が勃発しますよね。(むしろ、その言葉は相手を追いつめてしまうことにもなりかねませんね)

これも本当に「分かってる」のであれば、「ほんとそうですよね。その通りだと思います。」と謙虚に受け取ることができます。

しかし、「感謝が足りねーよな」とか「信頼できないよな。でも、しなきゃいけないんだろうな」という意識が心のどこかにあったりすると、その言葉に反応してしまうんですね。怒りとして。
要するに、痛いところを突かれてしまったわけです。

頭では分かっているけれど、なかなかできていない自覚が心のどこかにあるのです。

また、頑張って精一杯やっていていっぱいいっぱいの時にそのセリフを耳にすると、何かもっと頑張れって言われてるような、もっとやらなきゃいけないような気がしてしまうとか、あるいは、まだまだ足りない、お前には能力が足りないとか言われているような気がしてしまうわけですね。

(私自身も大いに思い当たるところがあり、書いていながらも、なぜか痛みと冷や汗が出てくるわけでございます。)

つい「分かってる」と言いたくなったら、思い出してくださいね。

・自分だって頑張ってる、ということを認めてもらいたい。
・やろうとしているけれど、うまく行かない状況に自分でも苛立ちがある。
・もっと自分のことを褒めてほしいと思っている。
・自分なりにやっているのだけど、自信がないから、これでいいのか不安がある。
・頭では分かっているけれどなかなか実践できずに困っている。
・大事なことだと自覚していながらも、つい忙しさ等で忘れてしまっていた。

こんな心理が隠れているのですね。

ここに素直になれると、楽になれます。
そして、そんなに防衛・防御しなくても、ちゃんと認めてもらえているし、理解してもらっているし、サポートだって手に入ります。

意地を張らないようになりたいものですよね。(はい。気を付けたいと思います。)

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