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自分のことを理解してもらえない、というのは孤独や寂しさを生みますが、もし、それが才能だとすると、なかなか自分を理解してくれる人が現れないことも納得できます。
それは与えることで満たされ、また、その能力を自分に使うことで人に求める必要がなくなくなるからです。
理解者の才能はその能力を磨くため、そして、与えるために理解してもらえない環境に生まれてくるのです。
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個人セッションが気になっていて、ネタ投稿します。
先生のブログで拝見した「稼いでくれる男性と結婚して、自分は仕事は趣味程度に」という価値観に「素敵~、そんな旦那様がいい~」と思った依存的な(?)女子です。タワマンもブランド物じゃなくていいけれど。
この流れで全然関係ない相談なのですが、「カウンセリングやセラピーを受けても、自分のことを理解してもらえた感じがしない」という悩みがあります。
子どもの頃から心身ともに病気がちで、これまでたくさんカウンセリングやセラピーを受けてきました。心の病気は卒業できたものの、今度は身体の大病や恋人との関係など、いろいろ問題が出てきて、誰かに頼りたいと思っています。でも、頼れそうなカウンセラーがいません。
前のセラピストさんには継続コースを含め、3~4年お世話になりました。それでも最後に「実はあなたの〇〇なところを見抜いていた」と言われ、さらに「そういう気持ちはわからない」と言われました。理解されていたというより、内面を踏み荒らされ、セラピストの力の誇示に使われたように感じました。
その後も、相手の知識や経験のひけらかしに使われているように感じることが多く、嫌だと直接伝えても伝わりません。なぜか私がカウンセラーの話を聞いていることも多いです。
最近、両親との関係でも「この人たちは私を理解しないし、理解を求めても無駄だ」とはっきり気づき、関わるのをやめようと思った出来事がありました。そういう家庭環境だったので、同じような関係を再現する場所に行ってしまうところはあるのだと思います。
でも、どうしたらそこから抜けられるのかわかりません。
私は昔から誰かの理解者になることはたぶんたくさんやってきたし、感謝されることも多いです。でも、私も理解されたいし、どこまでも味方になって一緒に人生の作戦会議をしてくれる第三者がほしいです。
どうしたらよいか、アドバイスをいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。
(Rさん)
「私は相手を理解するが、相手からは理解されない問題」というのは、類似の問題が多数あるものでして、昨日も「わたしはいろいろ気づいてしてあげることばかりで、相手がそうしてくれることはほとんどない」というお話を聞いておりました。
同様に「自分が誘うと来てくれるけど、相手から誘ってくれることはない問題」とか「自分はみんなの相談に乗ってるけど、誰もわたしの相談に乗ってくれない問題」など、〝一方通行”な感じにちょっとした違和感、嫌悪感、なんか損してる・・・という気分になってる方は多いようです。
読者のみなさまの中には「まさにそれ!」と思われた方も少なくないでしょう。
たぶんRさんも「理解者であること」は嫌いじゃないと思うんですね。
むしろ、自分が相手を理解することは苦じゃないし、自然とやってしまうことだと思うのです。
つまり、それは「才能」というものです。
当たり前にやってることだからなかなか自覚できないし、その価値をちゃんと評価することが難しいんですけど、「それがわたしの才能なんだ!!」と何度も叫んで知ることが非常にとてもめちゃくちゃ重要です。
そして、その理解者であることで多くの人に感謝されるように、それはめちゃくちゃ価値のあることなんだ!!ということをやはり大声で叫びまくってそれを知ることが非常にとてもめちゃくちゃ重要なのです。
で、それが才能であるがゆえに大事にしなきゃいけないんですけど、自分にその自覚が少ないので、「ついサービスしすぎて相手を依存させる」「いつの間にか〝犠牲”になる」、そして、「人から利用されてしまう」ということになるものです。
すなわち、自分がふだん使いしているバッグがめちゃくちゃハイブランドのもので、自分はそんな大したことないから人に気軽に貸しちゃったりして、返してもらったあちこち傷が付いちゃってた、みたいな感じです。
もったいない!!
「才能」はちゃんとその価値を受け止めて、大事に使ってあげる必要があるんです。
Rさんがカウンセラーやセラピストさんに理解されず、逆にマウントを取られるのも「理解者」としての才能がその人たちを上回ってしまったからかもしれません。
そういうわけで、難しいんだけど、まずはその理解者としての才能をきちんと理解して受け入れて大切にすることが必要なんじゃないかと思います。
ちなみにここでいう「大切にする」というのは「相手を選ぶ」とか「お金(仕事)にする」とか「使う場面を厳選する」みたいなイメージです。
嫌な奴に思われるかもしれないけど、ハイブランドのバッグって「ここぞ!」ってときに使うものでしょ?それと同じような感覚で自分の才能をちゃんと自分が守ってあげることが大事なんです。
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さて、「理解者」という才能で見てみると、どうなんでしょう?Rさんは自分に対してもよき理解者でいらっしゃるのでしょうか?
ここは私もどっちなのか分からないのですが、「人のことは理解しようとするけど、自分のことは理解していない」のであれば、それは「ハイブランドのバッグを人にばかり貸して自分では使わない」というとてももったいないことをしてるように思えます。
一方、自分のこともよき理解者であるならば、他人に自分を理解することを求めるのかな?という疑問もわいてきます。
その上で「人に理解してもらいたい」ということであれば、今度は「表現」の問題があるのかもしれません。自己アピール不足というか、自分を表現して伝えることが苦手問題というか。
そういう風に見ると「人がわたしのことを理解してくれない」とRさんが感じている問題の本質は「つながり」が切れちゃってることなのかもしれません。
つまり、Rさんにとって「相手を理解する」ということは、人とつながる手段という意味があるのかな?と思うのです。
>最近、両親との関係でも「この人たちは私を理解しないし、理解を求めても無駄だ」とはっきり気づき、関わるのをやめようと思った出来事がありました。
という風に、両親をそれで切ってしまったがゆえに、自分が相手を理解することでつながりを作ろうと思われたのかな?(もちろん無意識だけど)と思うんですね。
だから、「理解してほしい」というニーズがすごく強くなるし、「理解されない」ということで傷ついてしまうのかな、と思うのです。
しかし、逆にその経験が、Rさんの理解者としての才能を磨いたとも言えます。
そんな両親に対する「わたしは人を理解してやる!!」という反発心が、より人を理解する能力を育ててくれたわけです。
でも、そうすると「理解者」としての才能の裏には、「両親に理解されなかった」=「両親とのつながりが切れてしまった」という痛みがあるんです。
それについては各種カウンセリング&セラピーによって解決されました?
つまり、今は両親とのつながりを感じられるようになりました?
それならいいんですけど、もし、そこは手付かずであるならば、着手すべき課題は「両親とのつながりを取り戻す」ということになります。
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さて、また少し話を戻しましょう。
>でも、私も理解されたいし、どこまでも味方になって一緒に人生の作戦会議をしてくれる第三者がほしいです。
「才能」について誰もが同じようなニーズを持つものです。
「わたしってすごく気が利くからサービス業やってるとすごくお客さんに喜ばれるんですよ。わたしがわたしのサービス受けたいくらいです。」とおっしゃる方がいました。
Rさんも「自分が相手を理解するのと同じくらい、相手から理解されたい」と思いますよね?
でも、ここまでの話の流れで、それがけっこう難しいことだ、というのはご理解いただけたかと思います。納得はできないと思うけど。笑
だから、「わたしを理解してくれる人ってそんないないのかもね」という前提で探すことが重要です。「だってわたしみたいに人を理解する能力がある人って少ないもんね」と価値を受け取ればそれができるはずです。
そして、先ほどお話した「両親とのつながり」を取り戻せているならば、「わたしを理解してくれる人」を探す方法が変わるんですよね。
>そういう家庭環境だったので、同じような関係を再現する場所に行ってしまうところはあるのだと思います。
とお気づきのように、今までは「理解してくれる人」を探しているつもりで、実は両親を投影する「わたしを理解してくれない人」を探してたわけですよね?
自分を理解してくれるカウンセラーを選んだつもりで、実はそうじゃないカウンセラーを選んでいたのかもしれないわけです。
でも、両親へのわだかまりが解消され、自分の才能を受け取ることができれば、「わたしを理解してくれる人」をちゃんと探そうと思えるでしょう。
ていうか、もしそうなったら自分を理解してくる人を探そうという気にはならないかもしれませんけど。
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ということでRさんはすでに履修済みかもしれませんが、「両親とのつながりを取り戻す」にはどうしたらいいのか?というお話をさせていただきましょう。
〇両親に理解されなくて寂しい思いをしている自分とつながる。
インナーチャイルドワーク的なセッションが役立つでしょう。
内なる子どもとのつながりを取り戻していくために、イメージなどを使ってその内なる幼い自分と対話をしていきます。
その子が笑顔になることが目的です。
〇自分なりに両親に与えたことを思い出し、自己承認する。
自分は両親をどう愛したのか?を思い出し、そんな自分を認めてあげます。
〇なぜ、両親は自分を理解できなかったのか?を理解する。
そもそもそういうことが苦手だということも含めて。
両親の生い立ちを知らないと理解しづらいものかもしれませんが。
〇両親なりに与えてくれた愛を受け取る=両親に感謝できることを探す。
自分が欲しい愛じゃなかったかもしれないけど、両親なりに与えてくれたんだな、という愛に気づく、受け取る。
必要だと感じられた方は自分なりに向き合ってみられると良いと思います。
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「才能」というのは持って生まれたものもありますし、家庭環境の中で磨かれて行くものもあります。そして、それが一致することもあります。
心理学には「両親が与えてくれなかったものは、自分が与えに来たもの」という格言があるんですね。
Rさんのケースでいえば、両親はRさんを理解してくれなかったわけですが、それはRさんが与えに来た(両親を理解しにきた)からだ、という風に解釈できます。
だから、Rさんの理解力は才能と言えるのです。
そして、その才能は「理解されない」という環境の中で磨かれます。
両親に与えに来たものは、“世界”に与えに来たものと言えるからです。
そうして今度は「相手を理解すること」によって、人々を孤独から救うことがヴィジョンになり、ライフワークになっていきます。
それが自分の才能であり、それに素晴らしい価値があることを受け入れると、それを与えることが喜びになり、自分を理解してもらうことへのニーズはなくなっていきます。
「人を理解することが自らの喜びであり、また、人を理解することで相手を喜ばせているから」です。
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自分の才能を知るためにぜひご利用ください。
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◎東京:9/27(日)スタート!自己探求ラボ in 神楽坂~自分自身を様々な角度から深く知ることができる全6回~
親との関係をじっくり見つめなおしてみませんか?
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◎オンライン:9/28(月)& 10/1(木)20:30-22:00 母と向き合う2days~いい娘・息子を卒業して、私の人生を生きるために~
◎新しい学び「どうしたらいい?」が解決する 自分と他人の心理学(池田書店)
◎11/21,22,23 ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398
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