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私たちはつい「何者かにならねば」と今の自分を否定して、違う何かになろうとしてしまうものです。
それは短期戦だったらいいんですけど、長期戦になるならば、その目的は達成されず、ただただ疲労感と虚しさが残ることになるでしょう。
「何者か」になる必要なんてないんです。だから、自己肯定から始めて行きましょう。
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タイトルでドキッとしたみなさま、こんにちは。今日は私たちがほとんど無意識で思ってしまう「何者かにならなければならない」という呪いについて語って行きましょう。
<問1>
ちなみにみなさまには「何者」になろうとしてきた、あるいは、なろうとしているのでしょうか?
<問2>
仕事において、パートナーシップにおいて、人間関係において、どんな自分になればよいと思っていたのでしょう?
<問3>
そして、何者かになったならば、何が手に入ると思っているのでしょう?
<問4>
いつ頃から「何者にならば」と思うようになったと思いますか?
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まずはじっくり考えてみましょうか。
ずいぶんと小さいときに「いい子」にならねばならない、と思ってきた。
「いい子になれば、母の愛が手に入ると思ってた。
それが「いい生徒」「いい選手」「いいバイト」「いい社員」「いい彼氏・彼女」「いい妻・夫」「いい母・父」になろうとしているところにつながっている。
「面倒見のいいお姉ちゃん」になれば、お父さんやお母さんの愛情が手に入ると思っていた。
「ちゃんとした子」になれば、お母さんから怒られないと思っていた。
「ヒーロー(ヒロイン)」になればみんなからチヤホヤされると思っていた。
もっとかわいくなれば、もっときれいになれば、男の人からモテると思っていた。
優秀な成績を修めれば先生からも同級生からも認められると思っていた。
「孤高の一匹狼」になればみんなから一目置かれると思っていた。
「可愛がられる後輩力」を見に着ければ、どこに行っても浮かないと思っていた。
「忍耐力のある人」になれば、今の状況でもやり過ごせると思っていた。
「わがまま言わない子」になれば、みんなからいじめられないと思っていた。
「調整役」になれば、みんなから必要されると思っていた。
「圧倒的な成績」を残せば、昇進できると思っていた。
「完全無欠」になれば、誰にも負けないと思っていた。
「男性性が優位な人」になれば、今の会社でやっていけると思ってた。
「心の広い女」になれば、男の人が私から逃げて行かないと思っていた。
「いつもニコニコしてる人」になれば、みんなから愛されると思っていた。
もちろん、「何者」というのもたくさんあると思います。
友達の前では「調整役」をやって、親の前では「聞き分けの良い子」になって、彼氏の前では「物わかりの良い子」になり、職場では「目立たないふつうの子」をやって、とか。
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もちろん、こうした「何者か」を求めるのは「そのままのわたしでは愛されない」という“確信”があるからです。
だから、今の自分を否定して、何者かになって、愛されよう!という戦略を立てるのです。
なので「何者かにならねば」という思いには必ず「自己否定」が付いてきます。
そして、その「自己否定」は「心の傷」を伴うものですね。
そのまま、素のまま、ありのままでいたら怒られた/嫌われた/否定された/直せと言われて、傷つき、そんな痛い思いをしないように「何者か」を目指したわけです。
あるいは、周りの空気を読んで自分で自分を否定し、つまり、自分を傷つけ、「何者か」を目指したのです。
それはすごく痛い思いを伴うものだったと思うんです。
けど、愛されるために/必要とされるために/ここにいられるために/嫌われないために/許されるために/受け入れてもらうために、という必死な思いがあったので、その痛みを無視することになったのかもしれません。
とっても辛かったはずなんですけどね。
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ただ、その後の人生で何度も「今の自分ではダメだ」と思って、自分に鞭を打って、「何者か」になろうと頑張ってきたから、それは「良いこと」「正しいこと」だと思っている人も多いと思います。
そのために「変わらなきゃいけない」と思って頑張ってる方も多いと思います。
でもやっぱり「今の自分じゃだめだ」という否定があるんじゃないかと思うんです。
そうした思いを「向上心」だと思っている方も多いでしょう。
「今の自武じゃダメだ」「もっと○○にならなきゃダメだ」と自分を否定することがやる気になるのはほんの一瞬です。
だからスタートダッシュを切りたいとき、3か月間だけ頑張ろうと決めたときならば、そのやり方も悪くはありません。
けれど自分を変えるなどの長期プロジェクトに挑むならば、それは自分を傷つけ続けることになります。
ちなみにそうした「向上心」だと思って自分を否定し、傷つけ続けるMなやり方をすると、その傷がのちに「プライド」というものに変わります。厄介な方のプライドね。
「何者かになろう」とすること自体は悪いことではないのですが(TPOに合わせる必要があるときだってあるし)、それが「自己否定」であるならば“問題”なのです。
「今の自分でもいいんだけど、もっと○○になれば、さらに人生は楽しい」みたいに思えるならば、何者かになろうとすることは良いことになります。
ちょっとした違いですが、心理的にはめちゃくちゃ大きな違いです。
自分を否定して、一旦、マイナスに自分を落とし込んで、その反動でプラスを目指そうとする・・・それはまるで貯金するために最初に借金するようなものですね。
自己肯定して、何者かを目指すならば、プラスをさらにプラスにする意識です。
すでに貯金はあって、それを増やすために投資を始めるようなもの。
みなさんはどちらがお好みでしょうか?
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でも、プラスからプラスというのはときに「ぬるい」「ゆるい」ように感じるんです。
否定し、自分を傷つけ、何らかの怖れを使った方が、効果的なように思えてしまうんです。
確かに「痛み」や「怖れ」は私たちを駆り立てるのに十分なエネルギーを持ちます。
だから、瞬発力はあるんです。
動き出しは早いです。
そして、何とか成果を得ようと必死に頑張ります。ブーストかけます。
それですごく早く物事が変わっていくように思うんです。
けど、そうして長期間、自分を傷つけ続けるのはどうでしょう?
息切れしますよね。疲れちゃいますよね。
思ったような成果がすぐに現れなければ嫌になっちゃいますよね。
つまり、持久力、継続力に問題が出てくるんです。
だから、短期間勝負だったらいいですよ、って先ほどお話したわけです。
一方、自己肯定から始めるのは、プレッシャーも緊張も薄いです。
だから、パースはゆっくりになります。
つまり、瞬発力はそんなにありません。
また、必死に頑張るって感じではないかもしれません。
けれど、地道に物事を続けることができます。
すなわち、継続力や持久力があるのです。
だから、長期プロジェクトには圧倒的にこちらが向いています。
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とはいえ、「今の自分ではダメだ。もっと女としての魅力的にならなければ、結婚相手なんて見つからない」と焦っている婚活女子は多いでしょう。
事実、今時点で結婚相手が見つかっていない、という純然たる事実が目の前に立ちはだかるのです。
結婚したいのに結婚できないとするならば、自分に何か問題があるとしか思えないじゃないですか。
自分が魅力的じゃないから、自分がダメだから、相手が見つからない、と思っちゃうじゃないですか。
だから、やっぱり「今の自分はダメだ」という結論に執着しちゃうのも無理からぬことだと思います。
でも、まずは、そういう思いから自分を魅力的にするのって楽しいでしょうか?幸せでしょうか?もし、それが楽しいのであれば、全然OKです。
ただ、結婚相手が見つからない理由が果たして「今の自分がダメだから」というのは真実なのでしょうか?
私のブログなどを愛読していらっしゃる方はもっと細かい「うまく行かない理由」を分析されてることでしょう。
ラスボスおかんのことが解消されていないから。
中学時代のコンプレックスを今も抱えているから。
昔の彼に言われた言葉がトラウマになっているから。
ずっと男運が悪くて、ロクな男に出会えてないから。
そうすると「おかんのことを許せてない自分」を嫌悪し、否定しちゃうんです。
おかんとのことで傷ついている自分をさらに自分で傷つけようとしちゃってるんです。
この意味、分かりますよね?
だから「おかんのこと許せてなくてもうまくいくときはいくよ」という絶望的(?)な話をお伝えすることもありますよね。
問題が解消されたからうまく行くわけでもないんです。
ただうまくいく確率が上がるだけです。
おかんのことが解消されていなくても、そんな自分を許してあげていいんです。
そして、一旦、そんな自分を受け入れてから、おかんを許すプロセスに向き合ったらいいんです。
それがプラスからプラスということなのです。
そしたら、苦行ではなく、楽しみながらそのプロセスを進めるようになります。
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「何者かにならなければ愛されない」という思考から、「何者かになったらもっと楽しい」という思考に切り替えていきましょう。
そこで向き合うべき課題は、今の自分がもっと素晴らしくなるための課題になるんです。
プラスからプラスへ。
「何者か」な自分にわくわくできますように。
「何者か」な自分に「なりたいっ!!」と思えますように。
ぜひ、<問1>で浮かんだ「何者か」にその言葉を入れて何度も越えにだして言ってみてください。
「いい子になればもっと楽しくなれる」を何度も言ってみるんです。
「男性性が優位になれば、もっと楽しく仕事ができる」と何度も言ってみるんです。
その心の素直な反応はどうでしょうか?
もし、わくわくしてきたなら、いい子になって、男性性を優位にしていきましょう。
けれど、そうでないならば、心はそうなることを望んでいません。
心が望んでいないのだから、実現はけっこう難しいと思います。
その思いを手放した方がずっと楽になるでしょう。
「もっといい女になれば、男たちにちやほやされて、毎日が超楽しくなる」
そこでときめくような、わくわくするようにしていきませんか?
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とはいえ、そこで傷ついた心もまだありますよね。それを癒す場を作りましょう。
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◎東京:8/30(日)11:00-18:00 「あのときの私を癒す1DAYヒーリング ~インナーチャイルド・セラピー & トラウマセラピー~」
◎東京/オンライン:8/29(土)13:00-17:00 自分軸を取り戻すワークショップ~頭では分かってるのに、体はまた他人軸に戻ってしまうあなたへ~
◎オンライン:8/25(火)20:30~心理学講座「“我慢していることに、気づけないくらい我慢してた”あなたへ~抑圧・我慢・忍耐の心理学~」
◎新しい学び「どうしたらいい?」が解決する 自分と他人の心理学(池田書店)
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